「ぼくの前なら泣いてもいいよ。わかってるよな?」

 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』のレイア姫とハン・ソロの名台詞、 “I love you.” “I know.” にぐっと来た方は、この冒頭の引用にも激しくハートを直撃されたのではないでしょうか!(え、私だけ?)——というわけで今回は、復刊ドットコムで大人気、そして去年こちらの連載で募集したアンケート〈あなたが選ぶ腐ミステリー〉でも挙げられた【*1】パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』が、ハヤカワ文庫NVから待望の復刊です!!!!!

 1999年、ロンドン。若い新聞記者が一人の客を待ちわびていた。ようやくドアをノックしたのは、みすぼらしい身なりで猜疑心に満ちた鋭い目つきの中年男。新聞記者が知りたいのは、40年以上前にイングランド東部ノーフォークのパブリックスクールで起きた奇妙な事件の真相。現れた男こそが、当時警察に供述した少年だった。彼が重い口を開いて語り始めたのは……。

 スーザン・ヒル『黒衣の女』を思い出させるような不穏な雰囲気をかもし出す導入部から、舞台は1954年の新学期を迎えたパブリックスクール、カークストン・アベイ校のお決まりの朝へと移ります。

 14歳になったばかりの、明るい茶色の髪をした、繊細な目鼻立ちのスリムでハンサムなジョナサンは、面白い本を夢中で読むことが日曜の午後のいちばんの過ごし方だという、まじめで内気な少年だ。旧家の子弟が代々学ぶこの学校に、いわゆる成金の親の希望で入学させられた彼にとっては、気弱だが親身になってくれる友人たち——分厚いレンズの眼鏡をかけたニコラスと、艶のないブロンドの一卵性双生児スティーヴンとマイケル——が心の支えだった。苦手なラテン語の授業も、いつもなら彼らの助けを借りてなんとかやり過ごしていたのだが、ニコラスが病欠したその日、嫌な教師のいびりから救ってくれたのは、今まで話したこともないリチャード・ロークビーだった。

 抜群に頭が良く自信満々の彼は、思わず目を瞠るような端正な容貌で、長身で運動選手のような体つき、漆黒の髪、男らしい整った顔立ちに恵まれ、深くくぼんだ鋭い青い目は、世の中に対して燃えるような軽蔑の視線を投げかけ、たえず挑戦状を突きつけているようだった(ほぼ原文ママ)。

 この人物描写からおわかりのように、仔犬のような美少年ジョナサン(茶髪)と、男女問わず目が眩みそうなウルトライケメン学生のリチャード(黒髪)。この二人の設定だけで、心の底から万歳三唱される方もいると思います。が! その奇跡の出会いから先、そんな甘美な設定すら忘れてしまうような、身体の芯が冷えきるほどの恐ろしい物語が待ち受けているのです。

 以前もとりあげた映画『アナザー・カントリー』でも描かれていますが、パブリックスクールでは絶対服従が厳守。さらに、どんなにひどいことをされてもそれを告げ口してはならない、という鉄の掟さえもがあるのです。そのため、ジョナサンを含め文系のひ弱な下級生たちは、親の財力をかさにきた鼻持ちならない同級生や、体力で勝てそうもない上級生から執拗ないじめを受けていたにも関わらず、ひたすら我慢の日々を送るばかり。そんなみじめな学校生活で誰にも媚びず、孤高の道を歩むリチャードに、ジョナサンはひそかに——

 ぼくもあんなふうになりたい、ああ、あんなふうになれるのなら、どんな犠牲を払ってもいい。

 ——と崇拝に近いあこがれを抱いていました。

 ところがある日突然、遠い存在だったリチャードと仲良くなったのです。彼は誰にも心を開かないと思っていたのに、自分だけが! 当然のごとくジョナサンは舞い上がります。偏見に満ちた教師やいじめっ子を恐れないどころか、いとも簡単に反撃に出るリチャードをますます崇めつつも近づいていくジョナサンに、今まで誰にも見せなかった優しさと保護を与えるリチャード。しかし彼と親密になることで、ジョナサンはもう他の友だちと以前のようにつきあえなくなるのです。それは一体どういうことなのでしょうか。

 楽しみにしていた休暇直前、実の父親から裏切られ、予定を白紙にされたジョナサンを、リチャードは叔父の家に誘います。優しそうな叔父夫婦に迎えられ、寮の貧しい食事や厳しい規律を忘れて楽しく休暇を過ごすジョナサンでしたが、ある日、思いもよらない人物が訪ねて来たことから事態は急変します。リチャードの嘘とひどい態度を見かねたジョナサンに、リチャードが告げた真実は耐えがたいほどに辛いものでした。全能だと思っていたリチャードの弱さと悲しみを知ったジョナサン。わずかでも痛みを分かち合った二人の間はさらに縮まります。束の間の幸せを味わう二人でしたが、その後、物置小屋で見つけた古いウィジャ盤【*2】が、リチャードとジョナサン、そして巻き込まれた人たちの運命をすっかり変えてしまったのです……。

 ここから先は、ぜひ本書をお読みになって、その恐ろしくも悲しい物語を堪能して下さい。読み終わった後、背筋が凍るか、はたまたやるせない哀しみに目頭が熱くなるか。どちらにせよ、強烈な印象を残してくれる作品であることに間違いありません。

 そして少し落ち着いたら、巻末の大矢博子さんによる、本書に対する愛が溢れた解説をお楽しみください。超がつくほど必読ですよ!! そこで大矢さんが紹介されているおすすめの作品以外に、蛇足ながら私からもオススメしたいのが、リンゼイ・アンダーソン監督のイギリス映画『if もしも…』(1968年)です。規則尽くめのパブリックスクールで、ひとりユーモアと反骨精神を失わないミック(マルコム・マクダウェル)。学校と権威に対して、彼が選んだ究極の反逆とは? イギリスらしいシニカルなブラック・コメディ(と私は思うのですが)の異色作。『アナカン』『モーリス』の耽美で優雅なスクールライフと比べ、ニキビ面がひしめく男子校の生活臭がこもったようなリアル感一杯の描写が満載の作品です(笑)。

 最後に、本書に出てくる「当番生(ファグ)」とは、寮長の身の回りの世話をする新入生のことですが、元来は、上級生がある特定の新入生が古参学生に虐められるのを守ってやり、その代償として新入生が労力(ファグ)を提供したことに始まった制度だそうです【*3】。かつて『アナカン』のウォートンはガイのファグだったんだなあ……と気づいた時、人生の大事なことは全てアナカンから教わった!とあらためて思いました。<それは私だけ

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(写真:© 2014 Twentieth Century Fox Film)

 さて、10代の男子たちが閉じ込められるのはパブリックスクールだけではありません。5月22日公開のアメリカ映画『メイズ・ランナー』では男子たちが巨大な迷路(メイズ)に閉じ込められます。迷路になった高い壁でまわりを囲まれた広場、グレード。そこに月に一度、貨物用エレベーターで届けられるのは、わずかな物資と一人の少年。彼らは自分が誰なのか、どこから来たのか、一切の記憶を持っていませんが、奇妙なことに数日後に名前だけは思い出すのです。一人ずつ増えていく少年たちは、リーダー格の少年の指導で、住処や食べ物の調達など仕事を割り当てられ、ルールに沿った生活を送っています。しかしある日、のちにトーマスと名乗る少年(ディラン・オブライエン)が加わったことで、その静かだった生活が一変するのです。

▼本予告映像(YouTube公式チャンネル)

 原作は先日翻訳が出たばかりの、ジェイムズ・ダシュナー『メイズ・ランナー』(角川文庫)。そこに集められた目的もわからないまま、本能的なサバイバル術を駆使し、日々を送る少年たち。ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』が引き合いに出されることが多いようですが、文明から切り離された若者だけのコミューンが構築される場合、遅かれ早かれ原始的な価値観が台頭してくるという点で、アレックス・ガーランド『ビーチ』も思い出しました。この映画の見所は、少年たちのキャラクター設定と、毎晩構造が変わる巨大迷路です。そして、今まで信じていた世界に疑問を抱き始めた時、初めて直面する危機にどう立ち向かっていくか、自分たちの存在は何なのか、迷路を抜けたら何があるのか……等々、次から次へと突きつけられる難問と謎。さらに、少年たちの熱い友情も見逃せません。海外では10代のファンに絶大な支持を得ているこの作品、案の定、二次創作もかなりあるようなので(笑)、この連載をお読みの皆様にもきっとお楽しみ頂けると思います!

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(写真:© 2014 Twentieth Century Fox Film)

『メイズ・ランナー』

5月22日(金)TOHOシネマズ 日劇他全国ロードショー!

オフィシャルサイトhttp://www.foxmovies-jp.com/mazerunner/

配給:20世紀フォックス映画

© 2014 Twentieth Century Fox Film

【*1】HNみずきさんからご応募いただきました。ありがとうございます。

【*2】Ouija board/降霊の際に使われる、文字が書かれた木の板。こっくりさんのようなもの

【*3】池田潔『自由と規律——イギリスの学校生活ー』(岩波新書)より

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

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