冬からいきなり夏になって春物の出番がなかったとお嘆きの奥様、こんにちは。新入学や新入社でウィークリーの着まわしにお悩みのお嬢様、ごきげんよう。今が何月かなんて聞かないでお願い。もう夏みたいな陽気ですが、3月分です。3月分なんですスミマセン。

 と言いつつ奥付で言えば2月の発行なんだけども、これはやっぱり紹介しておかねば。ロマンスの大御所、ロマンスの女王、ロマンスの神様この人でしょうか♪と言えばノーラ・ロバーツ。長年入手できなかったノーラの傑作群が《ノーラ・ロバーツ ベスト・セレクション》と銘打たれ扶桑社から続々と復刊されてるんですのよ奥さん! 中でもミステリ者の皆様にお勧めしたいのが『サンクチュアリ』(中原裕子訳・扶桑社ロマンス)だ。

 写真家ジョーのもとに届けられた、20年前に失踪した母親の死体写真。母は死んでいたのか!? この写真はいったい誰が何のために送ってきたのか? ジョーは恐怖から逃げるためと母の失踪の真相を探るため、故郷の島に帰るが……。ストーカーもので、明らかに怪しい条件を備えた人物がふたりいて、でもそのどっちが犯人であっても矛盾する点があり、真相は唐突に見えて実はしっかり伏線ありというミステリ濃度の高い作品。

 しかしここで訴えたいのは、故郷の小さな島を舞台にヒロインのジョーとその兄妹、三人のロマンスが同時進行で描かれるってとこ。それぞれがロマンスを通して自分の欠点と向き合い、結果として崩壊家庭の絆が取り戻されるってのがいいんだなあ。家族愛ってのはノーラの全作品に通底するテーマで、ロマンスがただ惚れた腫れただけじゃなく、そのテーマにつながるあたりが彼女の上手さでしょう。

 特にワガママで派手好きという印象しかなかった妹のレイシーが、思わぬ賢さや鋭さを見せる場面はいいぞ。ストーカーに怯える姉をショッピングに連れ出し服を買わせるなんて、サイコーじゃんこの妹。うんうん、キレイな格好すると気分もアガるよね。恋人が大工ってのもいい。家や車の修繕ができる男ってポイント高くない? しかも無骨な兄や神経質な姉のロマンスとは違い、レイシーのそれは思い切り馬鹿っプルだ! 海の中でやってんじゃねえよ海洋哺乳類かオマエらは!(大笑)

 今月のコージーはローラ・チャイルズ『保安官にとびきりの朝食を』(東野さやか訳・原書房コージーブックス)。《卵料理のカフェ》シリーズ第5弾。嫌われ者の刑務所元所長が死体で発見され、スザンヌの友人に嫌疑がかけられます。

 美味しそうな料理描写は最近のコージーの中ではピカイチですね(「血の池地獄の卵」とか「卵のヴェスヴィオ火山風」とか何ぞそれ)。話の流れは良くも悪くも典型的な量産型コージー。しかしなあ、友人は無条件に信じ、嫌いな人は容疑者扱いし、しかも手がかりを得るために他人の家に無断侵入するってパターンはどうもなあ。

 ところで今回の名台詞は保安官の言った「女ってのは失意のどん底にあっても、ヒョウ柄のブラウスにぴたぴたのズボン、天まで届きそうに高いピンヒールで歩きまわるものなのか?」だな。大笑いしたわ。それとこの手のコージーで事件に首をつっこむ素人探偵をナンシー・ドルーに喩えるのはよくあるけど、トリクシー・ベルデンの名が出るのは珍しい。ジュリー・タサムが産み出した少女探偵です。チャド・ハーバック『守備の極意』(土屋政雄訳・早川書房)でも主人公の大学教授の娘が読んでたっけ。

 アンナ・ヤンソン『死を歌う孤島』(久山葉子訳・創元推理文庫)は、北欧版『そして誰もいなくなった』。孤島でのセラピーキャンプに参加した女性7人がひとりずつ殺されていくというもので、いやもうサスペンス満点! 殺され方も斧だの生き埋めだの爆発だのバラエティに富んでるし、食べ物が盗まれたり内輪もめがあったりしてとにかく飽きさせない。

 主人公で犯罪捜査官のマリアはシリーズキャラクターだから死なないとは思って読んだけど、それ以外はホントに「誰が犯人なのっ!」とドキドキしっぱなし。本格のセオリーに則って考えれば犯人を特定するのは難しくないネタなのに、サスペンスに気持ちが全部持ってかれて、ベーシックな推理すらする余裕がなかった。今月の一気読み大賞です。

 おまけに舞台がセラピーキャンプってだけあって、参加者の女性たちがみんなナチュラルに病んでるのがたまらん。「まともな人、ください」と拝みそうになったわ。ホントに狂っちゃった人やワガママな人よりも、「他人に共感する能力が欠如している」イルマがいちばん怖かったなあ。悪気はないのに場の空気がわからない、相手の感情が想像できない。身近にいそうな、いや、もしかしたら自分がこうなんじゃないかっていう怖さ。思わず自分を顧みたね。

 それにしても北欧ミステリって、なんでこうも崩壊家庭ばっかりなんだ。家庭の取り戻し方をノーラ・ロバーツに倣うべきではなかろうか。

20140923091322.png

 今月の銀の女子ミススーザン・ブロックマン『薔薇のウェディング』(島村浩子訳・ヴィレッジブックス)だ。ただし条件付き。シリーズ既刊の『ホット・ターゲット』『潮風に殺意が漂う』もセットで読むこと!

 ブロックマンの人気ロマサスのシリーズ、《トラブルシューターズ・シリーズ》俗称TSSの最新刊。ついに! ジュールズと! ロビンが! 結婚するのよ! このシリーズは巻によって主人公が変わる持ち回り方式なんだけど、今回の主人公、FBI捜査官のジュールズと俳優ロビンのカップルの話は前述の二作から続いてる。でもってこの結婚式がどれだけ幸せなことなのかを知るには、やっぱり前二作を読んでてほしいのね。話自体はこれを単体で読んでもわかるようにはなってるんだけど、やっぱり歴史を知ってるのと知らないのとじゃあ感動の度合いが違うと思う。いろいろあったんだから。

 ……だって、男なんだもん。ジュールズも、ロビンも。そう、これはロマサス史上たぶん初めての、ヒーロー×ヒーローの結婚式の話なんです。BL小説ではない、正真正銘のロマサスで、ヒーロー×ヒーローの結婚が描かれる。これはすごいことですよ。なぜそんな話を書いたかは著者あとがきでどうぞ(このあとがきがまた泣ける)。そもそもスーザン・ブロックマンって人は従来のロマサスにはなかったような設定を打ち込む人なのよ。TSS第一作『遠い夏の英雄』なんてヒーローがハ……げふんげふん、薄毛だしな!

 今回はサスペンス色も薄めで(ないわけではない)、ホットな場面もほとんどなく(肝心な場面の直前から一気に直後に飛ぶという慎み深さ。でもシャツのボタンは全部ちぎれてる)、ふたりのプロポーズから結婚式当日までが順を追って描かれるというただそれだけの話。でもね、それが幸せなのー。全編から幸せオーラが垂れ流しなのー。ふたりを祝う周囲の人たちが素敵なのー。特に女性たちが素敵なのー。もう読んでてさ、幸せすぎて泣けて泣けてしょうがなかったわ。

 個人的に大好きなのが「もらいゲロ体質」のサム。サムは完全にゲイカップルを受け入れてるわけじゃないけど、でも友達だから理解しようとしている。それで花婿(ジュールズの方ね)介添人を務める。そういう人をちゃんと入れてあるんだよね。でもそんなサムに、自分の嫉妬の悩みを延々話してきかせるジュールズもちょっとどうかw。

20140923091320.png

 そして金の女子ミスは、スーザン・イーニア・マクリール『国王陛下の新人スパイ』(圷香織訳・創元推理文庫)に決定! いやすみません、自分が解説書いた本は金銀にはしないようにしてるんだけど、いや、今月はやっぱこれでしょう。

 第二次大戦中のイギリスを舞台にしたこのシリーズも第3弾。ついにマギーは女スパイとしてベルリンに送り込まれます。ミッションはナチスの要人の家に盗聴器を仕掛けること。ところがそこでマギーが出会ったのは……。

 これまではエスピオナージュとコージーが同居するという一風変わったテイストが魅力だったんだけど、今回はぐっとシリアス。マギーに加え、ドイツ高官の娘で看護師のエリーゼが視点人物を務めます。エリーゼが目の当たりにするナチスドイツの信じられない政策……もうね、ほんと背筋が凍るってこのことだと思う。これまでの二作はスパイものといいながら、どこかまだ「ごっこ遊び」みたいな感じがあったのね(まあ、それが楽しかったわけだが)。今回も潜入作戦のあれこれはまさにスパイ映画を見てるみたいで楽しく読んだんだけど、それがエリーゼの視点になった途端「ごっこ」は吹っ飛ぶ。遊びじゃないんだと。現実なんだと。

 スパイという職業を、あるいは戦時下という舞台を、マギーやエリーゼの目を通して語らせることの意味。それは「生活者の目」ということだと思うの。ル・カレが書くようなエスピオナージュは戦う者の話であり、政治や社会の話なんだけど、このシリーズはたまたまそんな時代に生まれてしまい否応無く事態に直面せざるをえない女性の話。だから戦争も、諜報も、個人の生活への影響が大きく描かれる。子どもの健康だったり、今日のパンだったり、恋人と連絡がとれないことの不安だったり、母と娘の確執だったり。だから本書には、エスピオナージュを読むのとはちがった切迫感と臨場感がある。

 シリーズ全体を通してのテーマである「マイノリティや社会的弱者への差別」も、今回はよりはっきりと前面に打ち出された。なんつってもベルリンだからユダヤ人問題が俎上にあがるのは当然だけど、それ以外にも、弾圧されるマイノリティや弱者の話が次々と出てくる。

 ユダヤ人を差別するナチスは許せない、とマギーは思う。けれどマギー自身も「ドイツ兵なら殺していい」と教えられる。それに違いはあるのか? 弾圧する側の勝手な言い分は、しかし、現代でもどこか聞き覚えがあるような言葉ばかり。戦争は終わったけれど、マイノリティ迫害はまだ終わっていない。

 願わくば、国籍も性別も性的嗜好も健康状態も関係なく、『薔薇のウェディング』のような幸せが、すべての人に訪れますように。

大矢 博子(おおや ひろこ)

20140112173149.jpg

  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

【毎月更新】金の女子ミス・銀の女子ミス バックナンバー

【毎月更新】書評七福神の今月の一冊【新刊書評】バックナンバー

【随時更新】私設応援団・これを読め!【新刊書評】バックナンバー