中国の上海では6月13日から21日までの間に『第18回上海国際映画祭』が開かれ、最新の日本映画も数本上映されることになっていましたが、6月8日に中国の文化部が発表した有害アニメのブラックリストに名前が記載されていたのが原因かは断言できませんが、劇場版『進撃の巨人』の上映が禁止されました。

 私個人としては一般人が警察や法律に代わって悪人に制裁を行う内容の『予告犯』の方が『虎も蝿もまとめて叩く』反腐敗運動を進めている現代の中国社会によっぽど悪影響をもたらすのではと思うのですが、これは予定通り上映されたようです。

 このように何かと規制で騒がれて表現の自由がないと認識されている中国ですが、最近ではネットの規制が地上波よりも緩いことを理由の一つとして有名な中国ミステリ・サスペンス小説がネットドラマ化されています。

◆有名小説の映像化

 中国の国家新聞出版広電総局によりますと、2014年に中国で制作されたテレビドラマは15,000作を超えるそうですが、ネットドラマは今後三年でテレビドラマの制作数を上回ると言われており、2014年では10作品以上が『億超え』の再生数を叩き出しました。『心理罪』も億超えしたネットドラマの一つです。

 中国刑事警察学院の犯罪心理学教師でもある人気サスペンス作家・雷米の代表作『心理罪』(2007年)は2014年末から中国の動画サイト『愛芸奇』にてネットドラマの放送が開始され、2015年6月の時点で総再生数が億を超えました。

 また本作は第5シーズンまでの制作が予定されており、それに必要とされる制作コストや宣伝費用などは合計で5億元を超えると言われ、『史上最もお金のかかるミステリ・サスペンスドラマ』とささやかれています。

 そして『中国の東野圭吾』と言われているミステリ作家・周浩暉が誇る『刑事羅飛』シリーズの一作『死亡通知単 暗黒者』(2009年)のネットドラマが2014年6月から『テンセント』で放送が開始され、全46話の総再生数は既に5億を超えました。

 中国ミステリ・サスペンス小説の映像化は読者の待望であり、制作された内容は原作ファンのみならず海外ドラマファンの観賞にも耐えるものでした。従来の中国製ドラマの構造に因われず海外のミステリ・サスペンスドラマの雰囲気を取り入れ、更に現代中国の問題点や社会矛盾も描いています。例えば『死亡通知単 暗黒者』ではおから工事をした会社や人身売買犯などを真犯人が裁き、悪人は必ず報いを受けるという原作の醍醐味を見事に映像化しているようです。法の網から逃れた犯罪者ばかりを狙う真犯人は中国というお国柄からヒーローとして描かれることはありませんが、現実社会に不満を持つ視聴者の溜飲を下げる内容になっています。

◆中国ネットドラマの可能性

 ミステリ小説を原作にして、かつミステリ専門誌とコラボしたネットドラマもあります。

『X Girl』(2013年)はこのコラムでもお馴染みである中国のミステリ専門誌『歳月推理』と『推理世界』に掲載された作品のトリックなどを借りて制作されたミステリ色の強いネットドラマです。記憶を失った三人の女性が自分たちの正体を探すべくうだつの上がらない男の警官と協力して難事件を解決していくというストーリーで、上述の2作品とは異なり一般人である彼女らが探偵として活躍します。

『歳月推理』は第2シーズン制作のために『X Girl杯』を開催し原作を募集しましたが受賞者の発表は行われたものの、第2シーズンの続報は今のところありません。このような話を聞くと、上で紹介した『心理罪』が第5シーズンまで制作が予定されていて、5億元かかることになるという話もあまり信用できなくなります。

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 ですが『歳月推理』は2015年4月に映画監督・陳建勇と契約してミステリ映画を作っていくことを宣言したので、『X Girl』がこのまま流れたとしても別の掲載作品が映像化されることになるでしょう。

 また、本コラムの第9回第10回に紹介したミステリ作家・亮亮『季警官的無厘頭推理事件簿』もネットドラマ化の話が進んでいるということですので、今後は『心理罪』や『死亡通知単』のような有名作品ではなくても映像化する機会があると考えて良いでしょう。

 そして話は少し違いますが2015年5月21日にオフィス北野と提携したことがあり日本でも知名度がある映画監督・賈樟柯が記者会見の席で映画会社の設立を宣言し、中国で初めて東野圭吾の小説を映画化する計画があると発表しました。

 この『計画』が現在どの段階まで進んでいるのかはわかりませんが、映像化ブームのおかげで海外ミステリを映像化するという選択肢が将来一般的になるかもしれません。

◆現状、ネットドラマは原作超えできない

 しかしこのようなブームに危惧することがあります。ネットドラマの規制が緩いとは言え審査は存在するので全ての作品が順調に映像化できるとは限りません。そして、2013年に中国でタイムスリップを題材にしたSFネットドラマの制作が禁止されましたが、その原因は粗悪な内容にあると言われています。

 ミステリ・サスペンスには不可欠な暴力や残酷シーンが問題になる他に、警察側を軽視した描写も対象になる可能性があります。上述の東野圭吾作品の映画化のニュースに際し、ネットでは『白夜行』の映像化は無理だろうという声が上がりましたが、それはあの作品の舞台を中国にして制作する場合、原作のオチが中国の実情にそぐわないと中国人が思っているからです。

 とは言え、あまりに当局に阿った作品だと今度は原作ファンから糾弾されます。粗悪なドラマを作り続ければ原作ファンと『お上』の両方を怒らせることになりますので、ブームも程々にというのがいち小説読みの意見ですが、ブームが波に乗れば原作小説よりも先に映像作品が日本人のミステリ好きの目に触れる機会が増えていくと思うのでやはり応援したいです。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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