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名古屋読書会登山部

富士山頂『北壁の死闘』読書会レポート〈後編〉

 そして迎えた富士登山当日。心配していたことが現実になってしまった。

〈前編〉の執筆者きょんたさんの痛めていた足の具合が思わしくなく、勇気ある撤退が決まったのだ(そして、そのような事情で急遽レポートを加藤が引き継ぐことになりました)。

 彼女の知識と経験に頼り切っていた我々にとっては大ショック。そもそも部員の多くは彼女抜きで山に登ったことが無かったのだ。

 しかし嘆いてばかりもいられない。悔しい思いと心配とで、ご自宅でのたうち回っているであろう彼女のためにも、なんとしても無事の登頂と下山の報告を持ち帰らねばと誓う我々なのでした。

 さて、ここからは「私たちも富士山で読書会を」と考えられておられるに違いない全国読書会の世話人の皆さんのために、読書会だけでなく富士登山の顛末もレポートさせていただきます。よかったら参考になさってください。

 7/11日(土)午前10時、山梨県立富士北麓駐車場に関東方面からの3人と名古屋方面からの5人が集合した。富士山がはっきり見えて気が引き締まる。やや雲がかかっているものの、雪はほとんど無いようだ。快晴。

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「がっはっはっ。だって俺、晴れ男だもん」全身を緑色に包んだミステリー作家くろけん氏が誇らしげに笑う。「何を隠そう私も晴れ女」とは札幌読書会から参加のマダムK。「あたしもー!」と旅人Tも続く。うん、アナタはいかにもそんな感じだよね。「まいったか!雨男!」「ぐわーやられたぁぁぁ」って、断っておくけど、俺は自分を雨男だと認めたことはないからな。

 全員揃って乗合いバスでスバルライン5合目へ。すでに標高は2300Mを超える。各自、体調に問題がないかを確認しつつ昼食をとり、低気圧低酸素に体を慣らしてゆく。

 午後1時、吉田口より登山開始。6合目までの整備された緩い登り道を歩きながら覚悟を固めてゆく。一般的に高山病は2500Mあたりから出始めると言われるので、自分の体調を見極める大事な行程でもある。とりあえずここまでは大事なさそうだ。

 そして、6合目からはいよいよ斜面へ。ガレ場と岩場が連続する登り道だ。ガレ場とは砂利や石が堆積した道のことで、とにかく足が滑って歩きづらい。我々が目指すのは8合目にある今日の宿舎である山小屋だ。先は長い。

 2時間ほど歩き続け、もうすぐ7合目というあたりで雲のなかに入り、視界が急に狭くなる。そして、このあたりから体調の良い者とそうでない者のペースに差が出はじめる。しかし、ここまで来たら山小屋まで頑張るしかないのだ。黙々と歩いていると突然雲を抜け、遮るものが何もない太陽が頭の上に現れる。凄い! 下界を見下ろせば、雲の切れ間から樹海がのぞき、雲の下にはうっすら遠く八ヶ岳や奥秩父の山々の影が。

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 絶景にしばし疲れを忘れたつもりになるが、疲労は確実に蓄積されていたのであった。

 心配していたことではあったけど、このあたりから何人かの部員の異変が顕著になってゆく。ある者は二足歩行を諦め、さながらサルと化し、またある者は脳への酸素供給不足からか幼児退行を起し「疲れた疲れた疲れたの!」とダダをこねだす。ペースはさらに落ちてゆく。ふざけているように思われるかもしれないが、これはかなり深刻な事態なのであった。

 我々が登っているのはフジ北壁。正確には東北側だ。日が陰るのが早い。ただでさえ体力が限界に近づいている者がいるのだ。なんとしても明るいうちに山小屋に辿り着かねばならない。

 登山道の端でぐったり横たわる若者を何人も横目に見ながら上を目指す。山小屋のたびに小休止を繰り返しつつ、それぞれのペースを守ってひたすら歩き続ける。

 19時過ぎになんとか全員が今日宿泊する山小屋に到着した。ぜえぜえはあはあ。すでに世界は遥か下。見渡す限りの雲海だ。しかし、その景色を愛でる余裕はすでにない。

 息も絶え絶えといった態で山小屋にチェックインすると、今日のねぐらである二階の大部屋に案内された。男と女の区別もなく、二人で一畳ほどのスペースにシェラフで寝ることになる。

 まずは食事だ。メニューはハンバーグカレー。上から見ても斜めから見ても(おそらく逆立ちして見ても)普通の業務用カレーとハンバーグと福神漬である。しかし、これが涙がチョチョ切れるほど旨かった。

 食事を終えると、あとは寝るしかない。本当はモーレツに風呂に入りたい。いま体を洗えるのならば、千葉読書会に魂を売り渡してもいいと思うほどだ(<深い意味はありません)。しかし、現実は甘くなく、手を洗うことも顔を洗うことも着替えることすらできないのだ。

 おやすみなさい。明日は1時起床、1:30出発予定です。

 そして12日(日)午前1時。外へ出てみれば降るような星空が! 感動という言葉が陳腐に思えるほどの大パノラマが頭上に広がる! 来てよかった、しみじみ思う。世界は美しい。そして今日も天気がよさそうだ。

 準備を終え、頂上でのご来光を目指す。日の出予定時刻は4:30だ。それにしても、人が多い。昨日はバラバラに登ってきた人たちが、今は一点を目指すのだから当然か。上を見ても下を見てもヘッドライトの列が続いている。

 結論から言うと、我々は9合目の渋滞のなかでご来光を迎えた。それでもこのあたりはご来光鑑賞ポイントらしく、最初からここに場所を決めてカメラをセッティングしている人も多い。我々も足を止め、その時を待つ。雲がうっすら色づき、やがて光が空に溢れ出す。来た! ああ、心が洗われるとはこのことか。まさにプライスレス。

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 そして、予定より遅れること約2時間、全員が登頂に成功。一時は登頂を諦めるべきかと考えたほどだっただけに喜びというより安堵で体中の力が抜けた。すでに太陽は頭の高さを超え、周りの景色もハッキリ見える。目にする何もかもが別世界だった。ついに来た。我々は来たのだ。

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 しかし我々のミッションはこれで終わりではない。むしろ、ここからが本番だ。読書会の開始である(ここからは〈ミッション・インポッシブル〉をBGMにお読みください)。

 課題本はボブ・ラングレー『北壁の死闘』。1982年の作品だ。言わずと知れた冒険小説の金字塔。アイガー北壁を扱った小説のなかでも、代表選手と言っていいのではないだろうか。どんな話かはこれを読まれたし。

 冒険小説にはラムネがよく似合う 第2回 ボブ・ラングレー『北壁の死闘』の巻

 今回、この本を課題本に選んだのには、いろいろ理由がある。一つは、世界最高難度のアイガー北壁だが、実は標高は富士山とほとんど同じなのである。そして我々の登山道は山梨側、つまり北壁だ(<壁でないだろうって? いま言った奴は一歩前へ出ろ)。とまあ、これほど今回の富士山頂読書会にふさわしい課題本は他にないのである。きっと登山部員たちも、このシチュエーションとロケーションを前にして共感しまくり称賛を惜しまないに違いない。

「何故そこまでして高いところに行きたがるのか。馬鹿じゃないのか」(<それを富士で言うな)

「そもそも計画が無謀すぎる。主人公が何を考えているのか分からない」

「なにこの結末。意味わかんない」

「聞き書きって体裁なのに、主人公とヒロインしか知らない話が多すぎる!」

「恋愛要素いらねー」

 なんということだ。これでは普段の読書会と変わらないではないか。君たち周りを見たまえ、頭の上の大きな太陽を。眼下に広がる雲海を。そして地獄の釜のようなあの火口を。

「私はこれを読んで雪山には近づかないと決めました」

「ユングフラウへは行ってみたいな。アイガーは御免だけど」

「バブルのころは、ユングフラウが新婚旅行のメッカだったのよね〜。また行きたいわ(遠い目)」

 おお、ちょっと山っぽい話になってきたぞ。

「ヘンケいいやつ!」「ヘンケ嫌い!」「なんで! 組織には憎まれ役が必要なんだよ」「あんな人が必要とされるところにいたくない!」「いやいや、悪いのは彼の上司だよ」

 まあまあ、落ち着きたまえ。

「薄っぺらい部分(派手なアクション部分)をハリウッドで映画にしたら面白そう」

「戦争を絡ませずに純粋なスパイ小説にすれば、もっと楽しめた気がする」

 もとより冒険小説が好きそうなメンツでは無かったが、まさかこれほどとは。もちろん彼らも「面白かったけど」という前置きをしたうえでの発言だったことを書き添えておきます。

 こうして、日本一高いところでの読書会は無事(?)幕を閉じたのでした。やはり読書会は面白い。たとえ自分の好きな本が散々にdisられたとしても……しても……。……。(お前ら覚えとけよ)

 そういえば北上さんが言ってたっけ。読書はどこまでも孤独な作業だって。99人がつまらないと言っても自分が面白ければそれでいいって。

 でも仲間と感想をシェアするとこんなにも楽しい。体験や感動を共にすれば、なお楽しい。

 読書と登山は似ているかも知れない。登山も本当の意味で誰も自分を助けてはくれない、個人的な営みだ。でも仲間がいれば頑張れる。

 来てよかった。たとえ自分の好きな本が散々にdisられたとしても(もう一回言っとく、お前ら覚えとけよ)。

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 そして午前11時、我々は下山道へ向かった。

 以上が名古屋読書会登山部による富士山頂読書会の顛末です。こうして念願だった「日本一高いところで読書会」を開催することができました。

しかし、少し時間が経った今になって思うのは、「日本一」云々に意味があったのではなく、面白い本と素敵な仲間との出会い、そしてここへ至る長い道のりにこそ意味があったのだということ。

 翻訳ミステリーを愛する皆さん、最後まで読んでくださってありがとう。楽しんでいただけたでしょうか。

 読書会でお会いできるのを楽しみにしています。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

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