全3回/その2 第13回『ウィンブルドン』

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大矢:さて続きましては、今年の2月14日に行われた第13回のレポですね。バレンタインデーということもあって「デートだから欠席」という届け出があったり、なぜか男性メンバーからチョコの差し入れがあったりと、いろいろとフリーダムな名古屋読書会・冬の陣です。

片桐:第13回名古屋読書会の課題作はラッセル・ブラッドン『ウィンブルドン』。「スポーツものをやりたい」という意見から、文庫が再刊されたこともあり、本作が選ばれたという経緯だったという記憶があります。境遇の異なる二人のテニス選手の友情を描いた作品でして、個人的には「おれの中の腐女子」がキャーなどいうタイプの作品ですね。

大矢:あなたの中の腐女子……? えーっと、それは今度詳しく聞くとして、ゲストには東京創元社から担当編集者の宮澤氏が、そしてわざわざ一般参加枠で翻訳家の田辺千幸さんがはるばるいらしてくださいました。三人の女子大生が初参加したことも記しておきましょう。

片桐:メインの登場人物はオーストラリアのテニス選手ゲイリー・キングと、ソ連出身のヴィサリオン・ツァラプキン。友人として、またライバルとして高め合っていった二人は、奇しくも女王陛下の観戦するウィンブルドンの決勝戦で雌雄を決することになります。しかしその裏では、とある犯罪計画が進行していました。果たして二人の決勝戦、その行方はどうなるのか——。

大矢:この作品は1977年に発表され、日本でも高評価を得たものの、ずーっと入手できない状態が続いてたのよねえ。復刊して下さった東京創元社には足を向けて寝られない。あたしの中のお蝶夫人が「よくやったわ、ひろみ」と褒めているよ。誰だよひろみ。

片桐:「テニスの上手さを言葉で表せている」「細かいルールが分からなくても、一気に読ませる勢いと雰囲気がある」という評価の反面、「テニスを知らないのでキツかった」「ルールの解説が一切ないので、知ってたらもっと面白かったと思う」という意見も出たのは、スポーツものの宿命といったところでしょうか。「二人の出会いから物語が始まるので、最初は『早く事件起きないかなあ』と思っていたのが、いざ当の決勝戦になってみると『事件よりも試合パートを読みたい!』という気分になった」という感想からは、スポーツ小説として非常に読ませる作品だっということが伺えます。

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大矢:テニスに関しては、経験者のよしだ熊猫さんの素晴らしい解説レジュメが補ってくださいましたね。私もラケット持っていったんだけど、特に使いどころもなく、くらりを載せて遊んでました。そうそう、この回は東京創元社のプレゼント当選者がこぞってくらりを持ってきてたんだったわ!

片桐:男二人の友情ものということで、名古屋読書会擁するお姉さま方からも貴重なご意見を頂きました。「初読時BL的に読んで面白かった」「熱烈な友情の一線を超えてるよコレ!」なんて感想もありましたが、「出会いと友情が描かれる前半は萌えたけど、中盤以降ツァラプキンがキングから巣立っていくのが寂しくもある」というのは、恐らく皆の一致した意見だったのではないでしょうか。その巣立ちの最高潮である決勝戦で事件が起こる、というのがこの作品のミソなわけですね。

大矢:つくづく思ったんですけどね、腐女子には「ナチュラルボーン腐女子」と「後天的腐女子」がいるわけですよ。で、後天的な目から見るとこれはめちゃくちゃ腐りやすい話だと思ったの。したらばさ、「ここまで露骨すぎると妄想の余地がないからダメ」という意見がナチュラルボーンの皆さんから出たのには驚いた! ただ男ふたりが仲良くしてりゃいいってもんでもないのね。深いわ〜。この世界、深いわ〜。……あ、ごめん、事件の話ね。どうぞ。

片桐:決勝戦の裏側で起きていた犯罪計画については、「スパイ系の話になるかと思ったら違った」「なんか首謀者の動機ショボいなー」「いやでも当時は斬新だっんじゃない?」「なるほどー」という流れに。ちょっと肩透かしを食らった方も多かったようです。

大矢:テニスが書けるなら動機は何でもよかったんじゃ……

片桐:他に語られたのは、キングの母や弟、ウィンブルドンの事務局長マレー大佐など脇役たちの魅力。さらには「犯罪計画の実行犯もプロフェッショナルでカッコいい」という意見もありました。テニス選手はもちろんのこと、大会運営や敵役のプロ根性が光る作品だともいえましょう。反面人気がなかったのは前述した「ショボい動機」の首謀者、それから女性テニス選手ブリッツおねーさん。特に後者は「事態をくちゃくちゃにするこういうタイプの人いるよねー」など散々な言われよう。

大矢:「エースをねらえ!」で言えば、音羽先輩タイプね。

片桐:あと「キングと女王(クイーン)が出てきたので、ツァラプキンという名前の意味が気になる」なんて感想もありました。ちょっと気になりましたので読書会後にロシア人の知人に聞いてみところ、「ツァラプキンは多分動詞tsarapat’(掻く)から。ヴィサリオンはスターリンの父が有名だけど、最近はあまり見ない名前です。苗字が軽くて名前が重厚な感じなので、全体的にはミスマッチな印象」とのことです。名前に意味があったかは結局謎ですが、一応ご報告まで。

大矢:むしろ「ヴィサリオン・ツァラプキン」のニックネームがなぜ「ラスタス」なのか、ってのが謎。でもって彼がゲイリーに電話をした第一声「ラスタスだよ」に、「芦田愛菜の真似をするやしろ優」の写真をつけてツイートした加藤篁さんの責任をここで追及したい。あのリリカルな場面を、もう笑いなしには読めない体になっちゃったのよ名古屋メンバーは! どうしてくれるのよ!

片桐:毎回恒例の「次に読む一冊」は、スポーツ小説つながりで佐藤多佳子『一瞬の風になれ』、三浦しおん『風が強く吹いている』。スポーツミステリでは天堂真『鈍い球音』、カー『テニスコートの殺人』。イギリス王室ものではジョー・ウォルトン《ファージング》三部作、映画ですが『英国王のスピーチ』などが挙がりました。

大矢:そして二次会では、これまたはるばる関東から遠征してくださった三門優祐氏とわれらが片桐くんの「あたPONビブリオバトル雪辱戦」が開催されたことをご報告します。三門『サンドリーヌ裁判』vs.片桐『火星の人』。結果は……まあ、察してください。また酒も入ってたしね。火星がどーん! ……ってことで次は第14回『シャイニング』ですね。

大矢 博子(おおや ひろこ)

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書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、《SFマガジン》(早川書房)「ハヤカワ文庫SF総解説」に執筆参加。たまに書評同人を作る。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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