家にこもっていつまでも長袖姿でいたら、もう4月下旬なんですよね。もしかして、もうじゅうぶん暖かいのでは? ってことで、半袖着てベランダでビールでも飲みながらさくっと読める軽めの本はいかがでしょうか。ミステリでもユーモアがあるとなおよし、って気分なんで、パーネル・ホールの控えめ探偵スタンリー・ヘイスティングズのシリーズを選んでみました。今回ご紹介するのは、現時点でのシリーズ最新作となる第20作  “A FOOL FOR A CLIENT” (2015年)です。

 少しだけおさらいから。こちらは第1作の『探偵になりたい』(邦訳1989年)から第14作の『休暇はほしくない』(邦訳2005年)まで紹介されている人気シリーズです。ニューヨーク・シティ住まいの主人公スタンリーは俳優や作家では食べていけず、アラフォーで仕方なく、事故調査専門のローゼンバーグ&ストーン法律事務所の調査を請け負う探偵になった人物。そもそもそんなに本気で探偵業をやるつもりはなかったわけですが、気弱なりにがんばる姿と周囲の人々との軽妙なやりとりが読み手の心をつかみました。『休暇はほしくない』では息子をサマー・キャンプに預けて妻アリスと休暇を楽しむはずが(原題 “COZY” らしくレシピつき)、いつものように、事故調査の探偵なのに、なぜか殺人事件に巻きこまれておりました。

 最新作では、スタンリーに仕事をまわしてくれるボスであるローゼンバーグに殺人の疑いがかかります。恋人が自宅のベッドで殺害されているのが発見され、深夜までローゼンバーグが一緒だったからです。しかも間の悪いことに、本シリーズではおなじみの殺人課の部長刑事サーマンとマコーリフが登場するのですが、この事件を担当するのは、仕事のできないほう、ふたりとは馬の合わないほうのサーマン。スタンリーは少しでもローゼンバーグに有利な情報を集めようとします。恋人は裁判所の事務官で、大企業の不正会計裁判にかかわっていました。彼女に恨みを抱いている者はいなかったかつついてみると、結構な収穫あり。

 スタンリーは無実を信じて疑わず、凶器の包丁に指紋が残っていたのは、テイクアウトの料理で包丁を使ったからと言われれば素直に納得しますが、帰宅時間について本人と目撃者の証言が食い違うこと、部外者が簡単に侵入できるアパートメントではなかったことがわかり、合鍵についての質問をはぐらかすローゼンバーグの老獪な回答をあたえられた読み手は考えこむことに。このあたりの絶妙な感じはさすがキャリアの長い作家です。

 そして白眉は法廷パート。ローゼンバーグは弁護士をほかに依頼せず、自分で自分の弁護をする決断を下します。タイトルの “A FOOL FOR A CLIENT” は、弁護士のそのようなおこないは愚かなことであるという言いまわしからとったもの。その決断も怪しく見えちゃうわけですが、裁判はショーであると言い切るローゼンバーグの派手な綱渡りに感心していると、我らがスタンリーは期待を裏切らず、またやらかしてしまうのです。

 このシリーズ、やはり楽しいですね。適度な毒とお色気(ひさしぶりにこの言葉を使いたくなりました)をユーモアでくるんである。会話文が短いこともあって、かなり読みやすい原書だとも思います。シリーズ中の時の流れはゆっくりしているようで、スタンリーの年齢については「中年」という表現のみ、若い女性に言い寄られたりしています。それでもちろん、愛妻アリスにピシピシとお小言を頂戴しているんですが。本書刊行は2015年、アリスは YouTube に投稿とかお手の物なんですが、スタンリーはいまだにポケベルを使っていて周囲からめずらしがられています。マッチョの対極にあるスタンリーですが、作者のパーネル・ホールはロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズを読んでミステリを執筆しようと思ったというのがおもしろい。

 俳優、脚本家、歌手、探偵などの経歴をもつパーネル・ホールは邦訳があるのものでは、『パズルレディの名推理』(邦訳・2001年)から始まる別シリーズがあって、そちらは本国では去年、第20作となる新作が刊行されています。スタンリーのシリーズの続きは執筆されるんでしょうかね。このシリーズ、邦訳はすべて『~い』で終わるよう統一されていて、原題はすべて単語ひとつだったんですが、本書では複数の単語が使われとる!!! というのが小さな驚きでした。もし邦題をつけるとしたら、どういうのがいいと思いますか? 「つらい」はすでに使われているので『弁護士はつらい』は却下、ここは『自己弁護はとくい』とか? でも「自己弁護」って字面はなんかスマートじゃないし。ここは原題に寄せて背表紙に2行に渡る長いタイトルにするとか。楽しいアイデア募集。

三角和代(みすみ かずよ)
“ビールに合わせるのはフライドポテトしかない”。訳書にトルーヘン『七人の暗殺者』、リングランド『赤の大地と失われた花』、タートン『イヴリン嬢は七回殺される』、カー『盲目の理髪師』、カーリイ『キリング・ゲーム』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、アンズワース『埋葬された夏』、テオリン『夏に凍える舟』他。ツィッター・アカウントは@kzyfizzy

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