全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

 お年寄りからお子様まで、幅広いファンを獲得した記念すべき第1作目『もう年はとれない』から1年、ついに続編が刊行されました!! 『もう過去はいらない』(原題 Don’t Ever Look Back )——なんとシビレるタイトルなのでしょうか! このタイトルだけで、タバコをくわえたクリント・イーストウッドが西日に向かって目を細める場面が勝手に頭の中に浮かび上がってくるほどです。もちろんその手には相棒の357マグナムが。

 物語は前作の続きから始まります。メンフィス警察の伝説の刑事バック・シャッツ(87歳)は、かつての戦友の死の間際の一言から事件に巻き込まれ、孫の“テキーラ”ウィリアムの助けを借りて解決したものの、捜査中に大怪我を負うことに。妻のローズとともに介護付きの老人向け住宅に居を移したのですが、生来のがんこ気質に、協調性があるとはお世辞にもいえないシャッツのこと、同ホームの住人に斧を振り回すというパワフルな復活シーンで読者をひきこみます。

 88歳になったシャッツの前に現れたのは、40年以上前にある事件を起こした凄腕の強盗イライジャでした。現役時代のシャッツに苦汁をなめさせた彼もいまや78歳。

「伝説の元殺人課刑事88歳 VS 史上最強の大泥棒78歳」という帯の惹句で——

 おお! これはもしや禁断の恋片思いしていた相手が40年後に決着をつけにくる話なのでは!!

 と勝手に思い込んで(または、よぼよぼになった銭形警部がロマンスグレーとなったルパン三世を追いかけている姿を脳内で変換)ドキドキしていたのですが、さすがに違いました。<残念(?)

 命を狙われており、シャッツに助けを求めにやってきたというイライジャ。しかし実は二人の間には、シャッツの刑事としての信念を揺るがすほどの衝撃の因縁があったのです。本書では、先立たれた息子の幼い頃の思い出を含む、事件が起きた1965年当時の回想と、現在(2009年)のエピソードが並行して描かれます。

 前作のレビューでも言及しましたが、この作品のもっとも素晴らしいところは「老い」の扱いです。

 作者フリードマンは、97歳で亡くなった祖父をモデルとしてバック・シャッツを登場させたそうです。現役時代の過去パートでは、いかにシャッツが有能な警官で、他の警官からも一目おかれる存在だったかが描かれているのに対し、その彼が今や認知症の不安にさらされ、ただ歩くことさえも思いどおりにならない老人になったという現実。それは確かに悲しいことで、誰も逃げることはできません。自然に受け入れる人もいるでしょう。ですがシャッツは“忘れたくないことメモ”にこう記しています。

わたしは夜の運転をあきらめ、次に運転そのものをほぼあきらめた。テレビの前で煙草を吸わなくなれば、室内でも吸わなくなる。好物も食べなくなる。階段も上らなくなる。

 なにかを妥協していくにつれ、老いに対する抵抗という壁がだんだんと低くなっていき、ついには生きる意義そのものを失ってしまうであろうことを確信している一方、シャッツは煙草を吸い、つらいリハビリを続けます。前作よりさらに体の自由がきかなくなっている描写は、読むだけでも結構つらいのですが、逆にそれは作者が目を背けずに祖父を見守っていた証ではないでしょうか。そこには身内としての愛情だけではなく、戦争や不幸を乗り越え、生涯あきらめずに生きてきた一人の男に対する深い尊敬の念も感じられます。

 過去の亡霊ともいうべきイライジャがシャッツに残した爪痕とはいったい何だったのでしょうか。時代はまさに公民権運動まっただ中。前作を既読の方はご存じのとおり、シャッツはユダヤ人です。この先はぜひご自分で確認していただくとして、随所で伏線が張られているように、本書は謎解きの趣向がパワーアップしています。扱われている題材がかなりシリアスなため、全体的にやや重い印象もあるものの、シャッツのいかしたへらず口は健在です! 個性あふれるキャラクターたちとの再会を楽しみながら、そして前作を凌ぐほどの不屈の精神に全力で惚れつつ、濃厚なミステリーをお楽しみください!

 さて、“監督したユダヤ人のドン・シーゲルが電話してきて、いくつか質問をした”と前作に書かれていたほど『ダーティハリー』度の高いこのシリーズ、映画でハリーが脚を負傷して病院で手当てしてもらうシーンで、ズボンを切るという医者に「脱ぐから待ってくれ。29.5ドルもしたんだ」と言うのですが、本書の回想パートでシャッツがある人物に止血する場面では「おれのシャツで止血することもできたが、これは五ドルしたし(以下ネタばらし回避のため省略)」って言うんですよ! 偶然の一致かもしれないですが、ちょっと興奮しました(笑)。ちなみに当時のレートからするとシャッツのシャツ(ダジャレにあらず)は1,800円ぐらい、映画は’71年作なので、レートがちょっと下がって1万円弱ぐらいでしょうか。メンフィスとサンフランシスコなので、だいぶん物価が違うのかもしれませんね。

 前回ご紹介した『エクスペンダブルズ3』の他にも、引退した CIA職員がチームを作って悪に立ち向かう『レッド/RED』(2010)や、シャッツそのものとしか思えない『グラン・トリノ』(2008)など、美老人映画が次々と作られていて嬉しい限り。

 その一つ、イギリスBBCの人気ドラマ、『ニュー・トリックス 〜退職デカの事件簿〜』(CS チャンネル銀河にて放映中)はいかがでしょう。ロンドン警視庁の女性警視サンドラは、左遷同様の状況で新設部署を受け持つことになりますが、そこは過去の未解決事件専門班。しかもスタッフは融通の利かない退職刑事3人だった…という、ちょっと『特捜部Q』も彷彿とさせる設定ですが、こちらは2003年開始から今も続いている長寿番組。とはいえ、やはり設定が設定だけに、いろんな理由でメンバーが消え去り、現在はメンバー全員が新しくなっています。第一シリーズではパソコンどころか携帯も満足に使えない彼らでしたが、各々の得意技術を駆使し、なおかつベテランならではの知識とノウハウで、次々に難事件を解決。結構本格的な謎解きミステリーに、三人三様の食えないオヤジ感が大変微笑ましく、ミス・マープルのファンの方などには特にオススメです。

◆BBC公式HP→ http://www.bbc.co.uk/programmes/b006t0qx

チャンネル銀河番組予告

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

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訳者自身による新刊紹介 ダニエル・フリードマン『もう過去はいらない』(野口百合子) 当サイト掲載記事

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