みなさま、こんにちは。いよいよ読書の秋に突入ですね。でも、出版各社が年末のベストテンねらいで続々と目玉作品を投入してくるこの時期は、そうそうお気楽にもしていられなくなります。だって読みたい本だらけなのに、時間はかぎられているし、読み残し本もまだどっさり……

 ところで、どさくさにまぎれて宣伝しちゃうと、10月末に拙訳のハンナ・シリーズ最新刊(16巻)が出ます。ジョアン・フルークのこのシリーズはこのところ毎年10月に出させていただいているので、わたしにとって10月はハンナの季節。現在絶賛ゲラ進行中&レシピ試作中です。でもそのまえに、9月のお気楽読書日記、いってみましょう。

■9月×日

 うれしいことにコージーブックスからまた新シリーズが!

 アン・ジョージの『衝動買いは災いのもと』は、おばあちゃん姉妹探偵シリーズ第一作。アガサ賞受賞作なのね。そして作者はピュリッツアー賞候補の実力派。これは期待しちゃいます。

 人気のバック・シャッツにはかなわないけど、コージーヒロインも高齢化が目立ってきました。主流はアラサーからアラフォーへ、という感じだし、アガサ・レーズンや〈卵料理のカフェ〉のみなさんは五十代、〈お料理上手の事件簿〉のみなさんは六十代。年齢を感じさせない若々しさと年の功の強みという、アンビバレントな魅力を持つ彼女たちの活躍は、高齢化社会に生きるわれわれにとってたのもしいかぎり。

 本書の主人公パトリシア・アン(通称マウス)は六十歳、姉のメアリー・アリス(通称シスター)は六十五歳。ふたりとも孫もいるおばあちゃんですが、マウスは小柄でやせ形で几帳面、シスターは大柄でふくよかで豪快。片やひとりの夫と四十年連れ添い、片や三人の夫に先立たれ、現在は四人目の男性と交際中という、何から何まで対照的な姉妹です。

 ある日シスターがカントリー・ウェスタン・バーを衝動買いし、姉妹は店を見にいきます。三人の夫が多額の遺産を残してくれたらしいけど、お店を衝動買いって、どんだけお金持ちなの! ところがその翌日、前オーナーのエドが店内で遺体となって発見され、姉妹はビビりまくりながらも、無関係を装うわけにはいかず、事件に巻きこまれていきます。

 仲がいいんだか悪いんだかわからない、姉妹のやりとりがいちばんの読みどころ。ふたりの過去や日常がわかる会話がおもしろかった。女同士の会話って、読むのはもちろん、訳しててもすごく楽しいんだよね。自分も参加してるような気分になるからかな。シスターがマウスのいびきを録音しちゃうのも、悪趣味だけど思わず笑っちゃいます。マウスはほっとくとすぐに寝ちゃって、気がついたらよだれたらしてたりするけど、夜は眠れなくてイライラ。そりゃそうでしょう、と思うけど、これって老人あるあるだよね。うちのおばあちゃんがそうだったなあ。六十代といえばまだまだ現役感が強いけど、ときどきこんなところを見せてしまうのがかわいい。

 ところで、シスターが入れこんでるラインダンスってなに? マウスも同じ質問をしてるのに、シスターはスルー。もちろん宝塚のショーでやるアレじゃないのはわかってるけど、どんなものなのかとWikiで調べたところ、ダンスフロアに整列し、一斉に同じステップを踏むダンスだそうで、ちょっとパラパラを想像しちゃったわ(古い?)。社交ダンスみたいにスポーツの一種で、競技会とかもあるらしい。

■9月×日

 サマンサ・ヘイズの『ユー・アー・マイン』は妊娠・出産にまつわる怖〜いお話。ノーマークだったけど、大矢博子さんの「金の女子ミス・銀の女子ミス」で紹介されている(→こちら)のを見て、これは読まなければ! と思い、あわてて購入。そして一気読み。うわ〜こう来たか〜からの後半を読むスピードはわれながらハンパなかった。もうね、とにかくやられた感がすごいです。サマンサ・ヘイズ、ただものではないな。

 しかし! これはネタバレせずに説明するのが非常にむずかしいタイプの話だ。

 出産を間近に控え、ベビーシッターを雇うクローディア。有能なベビーシッター、ゾーイ。クローディアの妊婦友だち。事情により子供を手放さなければならない女たち。子供に手を焼く母たち。それぞれに事情を抱える女性たちの、育ってきた環境や考え方によって、さまざまな妊娠や出産や子育てがあるのが興味深かった。妊娠・出産にまつわる問題って、切実なだけに、心温まるものにもなりうるし、心底ぞっとするものにもなりうるのね。

 ちなみに、妊婦の腹が切り裂かれる事件を捜査する刑事のロレインとアダムは夫婦。これってめずらしくない? ラブラブのときはいいけど、夫婦仲が冷え込んでるときにコンビで仕事をしなくちゃならないのは気の毒だわ〜。どこがいいのかまったくわからないダンナだし、奥さんストレスたまりまくってるし。でも続編ではこの夫婦が主人公らしいです。

 あと、クローディアがマカロニチーズを作るシーンがあって、「おお!」と思った。いや、別になんということはないシーンなんですけど、十一月に翻訳ミステリーお料理の会の調理実習でマカロニチーズを作る予定(→こちら)なので、マカロニチーズが出てくるとつい反応してしまうのです。そうか、あんまりお料理得意じゃない人でも作れて、子供にもわりと好評なのね。ふむふむ。なら大丈夫かな。なんかそう思って読んでると、やたらと出てくるんですよ、マカロニチーズ。そういえば以前の日記でもマカロニチーズのことを書いた気がするな……

■9月×日

 今年のコンベンションを騒がせた憎いヤツ、ニック・ハーカウェイ。こうなったら『エンジェルメイカー』をスルーするわけにはいかないだろう。ポケミス700ページ超がいかに分厚くても。

 大物ギャングの父への反発から、祖父のあとを継いで機械職人になったジョー。ある日、友人からたのまれて機械仕掛けの「本」を修理したために、世界に滅亡をもたらす(かもしれない)歯車が動きだし、さまざまな思惑を持った人びとがジョーを追いはじめる。

 まさに冒険活劇で、おもしろそうなものは全部詰めこみました、という感じ。とくにイーディ・バニスターがスパイになったいきさつと、新人スパイ時代のエピソードがおもしろかった。長い話なので、これくらい脱線があったほうが頭が切り替わっていいかも。九十歳になってもかっこいいしね、イーディ。

 登場人物はかなりの人数にのぼるが、ちょい役にいたるまで個性的なキャラづけがされているのでみんな印象に残る。主人公のジョーがいちばん普通かも。ポリーがああいうキャラだったのは意外だったな。

 エピソードが膨大でストーリーも込み入ってるけど、おそらく一気に読めば問題なし。逆に、長い話だからとちびちび読むと全体像がわからなくなります。ロマンスあり拷問ありと振り幅がすごいので、振りまわされながら読むのもまた楽し。

 問題は〈理解機関〉。「ある状況における真実を誤りなく知ることができるようにする装置」で、いろんなことがわかるのはいいことのような気がするけど、「宇宙の基調を完全に知覚すると、不確定なものがなくなり、選択の余地がなくなる」のはたしかに困る。相手のことを完全に知ることができるなら、平和にも利用できそうなものだけど。

 シーラッハの『禁忌』に出てきた「ケンペレンの悪名高い作品〈トルコ人〉」が登場。これが出てくるだけでなんかミステリアスだわ。実際は「に似たチェス指し自動人形」だけど。テストに受からなくて葬儀屋になるのが遅れている人が〈おくれびと〉って、ベタだけど受けた。

■9月×日

 セバスチアン・ジャプリゾの『シンデレラの罠』は、つねにオールタイムベストに顔を出すフランス・ミステリの傑作で、ずっと読みたいと思っていた。そう、恥ずかしながらわたくし、まだ読んでいなかったんですね。てへ。この夏『新車のなかの女』の新訳版も出て、その帯に“『シンデレラの罠』の変格を本格に綴りかえた新たな傑作”とあったので、まずはこれを読まなければ。

 病院で目を覚ますと、「わたし」は顔と頭を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で、記憶もなくなっている。周囲の人たちの話によると、「わたし」は「ミ」ことミシェル・イゾラという名の二十歳の娘で、友人の「ド」と滞在していたカデ岬の別荘で火災に遭い、火傷を負って皮膚移植をしたのだという。ミはドを助けようとしたようだがドは死亡し、後見人だという歳上の女性ジャンヌはミをだれにも会わせまいとする。カデ岬で何があったのか? ジャンヌは何を知っているのか? 「わたし」はほんとうに「ミ」なのか?

 意味深な目次、おとぎ話のような冒頭の章、登場人物は少なく、主人公はアイデンティティを失っている。これはおもしろくないわけがない、と思って読みはじめると、すっきりした文体ながら、意味深なセリフと描写の応酬で、どんどん引き込まれていく。主人公が記憶喪失なので、だれがうそをついているのか、だれがほんとうのことを言っているのかわからない。そして少しずつ思い出される記憶がだれのものなのかも……

『シンデレラの罠』は「なによりもまず読者への罠」とあとがきで紹介されているとおり、どこかで引っかかると真相を読みちがえてしまうというスリリングさも大きな魅力だ。ちなみに本書は新訳版で、旧訳ではあいまいだった視点がはっきりしているため、正しく謎解きができるはずなのだが、それでも目はくらまされてしまう。そこがまた楽しいんだけど。

 無駄がない、隙がない、古さを感じさせない。とにかく、すごくよくできています。さすが、傑作。これで満を持して『新車のなかの女』が読めるぞ。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。八月にリンゼイ・サンズの新ハイランダー・シリーズ第二弾『愛のささやきで眠らせて』が出ました。趣味は読書と宝塚観劇。

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