全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! お元気ですか? 連休は映画三昧しようと楽しみにしていた方も多いかと思いますが、ごぞんじのとおり映画館はのきなみ休館になり、全ての新作映画が公開延期になってしまいました。そこでしばらくの間はこの連載も、ご家庭で楽しめる配信作品を取り上げることにいたします。なにとぞご了承ください。今回は急遽番外編として、サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』(中村有希訳/創元推理文庫)と、原題と同じタイトルの映画『ザ・リトル・ストレンジャー』(Amazon primeで配信中)をご紹介します。


 ウォリックシャーの深い森に建つハンドレッズ領主館。かつては栄華を極めたその美しい館も、エアーズ家の偉大な領主を失い、二回の大戦をやり過ごした今、見るからに荒れ果ててしまいました。その館からある日メイドの具合を見に往診してほしいと連絡があり、かかりつけ医師の代理として屋敷を訪れたファラデー医師が、この物語の語り手です。

 四十代で独身の寡黙な医者ファラデーは、十歳の頃一度だけ屋敷を訪れたことがありました。母親が以前女中をしていたつてで庭園で開かれたパーティに参加した際、その荘厳で美しい館にすっかり魅了され、普段のおとなしい彼ならけっしてやらないことをしでかしてしまったのです。

 三十年ぶりに訪れた館で彼を迎えたのは、娘のキャロライン・エアーズ。世が世ならとうに裕福な貴族にでも嫁いで優雅な人生を送っていたはずですが、館にかかる莫大な維持費と税金のために今や二人しかいない使用人と一緒に館をきりもりしています。館で唯一の男性となった弟ロデリックは戦争で片足を負傷し、やり場のない憤りをつのらせています。ファラデー医師からすると、二人はやや浮世離れした母エアーズ夫人をつらい現実からかばおうと無理をしているように見えました。というのも姉弟が生まれる前、この館で夫妻は幼い長女スーザンを亡くすという悲劇に見舞われていたからです。

 はたしてファラデー医師が診察したメイドのベティは仮病でした。わけを問いただすと、この館には何かいる、怖くて暇をもらうために嘘をついたというベティ。その場はいなして事なきを得ましたが、このことでファラデーはエアーズ家と近づきになり、医師としてロデリックの病状も診るようになります。かつての憧れの屋敷に通う喜びをひそかにかみしめていたファラデー医師でしたが、少しずつ奇妙なことが館に起きていることに気づきます。そしてある日、家族に大きな不幸をもたらす悲惨な事件が起きたのです。

 館が朽ちていくにつれ、不穏な影が一族に覆いかぶさります。心をむしばむような怪事件の連続は、ファラデー医師にある決意を抱かせることになるのですが、それはどんな結果をもたらすことになるのでしょう。ハンドレッズ領主館は呪われた幽霊屋敷なのか、それとも……。最後の一ページを読み終わったとき、背筋が凍るような衝撃を味わうとともに、もう一度最初から読み直したくなるような作品です。

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 さて、映像化された『ザ・リトル・ストレンジャー』は、監督レニー・エイブラハムソン(『ルーム』)、ファラデー医師をドーナル・グリーソン(『ピーターラビット』)、キャロラインをルース・ウィルソン(ドラマ『刑事ルーサー』)、ロデリックをウィル・ポールター(『ミッドサマー』)、エアーズ夫人をシャーロット・ランプリング(ドラマ『ロンドン・スパイ』)という豪華キャストで作られました。

 上下巻の原作を二時間以内に収めているためやや駆け足気味の脚色で、少しだけ原作にはない場面も作られていますが、基本的な内容はほぼ原作に忠実といえます。ですが大きな違いといえば、明らかに“真相”をはっきりさせているところでしょう。そのために原作の持ち味である幻想的な部分や不穏なあいまいさが消え去り、結末の受け取り方による物語の広がりが狭まってしまったように思えて、筆者はそこがちょっと惜しい気がしました。ただし屋敷のたたずまいや、室内の光線の具合、衣装の凝り具合(とりわけキャロラインの経済状況がうかがいしれる時代遅れのドレスなど)、そして役者陣の演技は見ごたえがありますので、原作ファンの方はぜひ一度ご覧になるといいと思います。

 最後に余談ですが、おもてむきは華やかな貴族の館といえども、とくに戦後は維持費や税金で家計は火の車だということを、筆者はイヴリン・ウォー『一握の塵』で初めて知ったのですが、最近ではドラマ『ダウントン・アビー』でも言及されていますね。その他にもいくつかの映像作品で、自分の屋敷の一画だけオープンにして見物料を取っているシーンなどがありますので、気になる方は探してみてください。
 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(村岡直子訳/小学館文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho











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