第21回『太陽がいっぱい』——イタリア縦断ウルトラなりすまし! みんな! 完全犯罪をやりとげたいかーーっ!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』をテキストに、翻訳ミステリーとその歴史を学ぶ「必読! ミステリー塾」。最近めっきり寒くなってきましたが(札幌は雪でまっ白です……)、せめて本のタイトルくらいはギンギンにまいりましょう。第21回目となる今回のお題はパトリシア・ハイスミス『太陽がいっぱい』。1955年の作品です。

「息子を連れ帰ってほしい」——富豪グリーンリーフ夫妻の依頼を受けたトム・リプリーはイタリアへ向かった。金も女も思いのままにできる放蕩息子ディッキーに会い、ともに過ごすうちにやがてトムは彼に憧れと嫉妬を抱くようになる。二人で訪れたサンレモ、イタリアの強く照りつける太陽そして海。愛憎と欲望の渦巻く中でトムの心にふと芽生えた殺意。偶然にも二人は背格好が似ているうえに、トムは人の真似をするのが得意だ……トム・リプリ—の完全犯罪への挑戦が始まる。

 著者パトリシア・ハイスミスは米国の作家で、1921年テキサス州フォートワース生まれ。1995年没。学生時代から文学作品を愛読し、大学在学中に短編小説の執筆を始めました。

 ヒッチコックが映画化した『見知らぬ乗客』(1950年)が長篇の第1作です。そういえばこの作品を「ゴーン・ガール」の主要メンバーでリメイクする話は何処へ行ってしまったのだろう……?

『太陽がいっぱい』はトム・リプリー・シリーズの第一弾で、フランス推理小説大賞を受賞しました。1960年にアラン・ドロン主演、1999年にマット・デイモンの主演で2度映画化されています。

 私はアラン・ドロン版(監督ルネ・クレマン、音楽ニーノ・ロータ)の映画がとても好きです。「これぞシネマ!」という映像美と思わずうめき声がでそうになるあのラスト!

 あのなんともいえない終り方がいかにもフランスミステリっぽくって、原作もフランス産であると信じて疑いませんでした。その後ハリウッドで映画化と聞き、ちょっとやめてよ、なんでもアメリカっぽくするのはさぁ……とエラソーに言った後で「うっそ、アメリカの小説だったの!?」と驚いた記憶があります。

 タイミングよくCSで放映されたので視聴しました。いや〜もう映画鑑賞というより美術鑑賞ですね、あのアラン・ドロンは! 歩く美術品! 神が創った最高の美! 神様のドヤ顔が目に浮かぶね!

 で、小説の方はというと映画ですっかり満足しきって読んでいなかったのです。自分にとっての「太陽がいっぱい」はあの映画がすべてでそれ以上でも以下でもない、他の要素(それが原作であっても)は必要ないとすら思っていたという惚れ込みようだったもので。たまにそういうことってありません?

 今回本を読んでけっこう戸惑いました。トム・リプリー、小物すぎる……。特に前半、ディッキーと行動を共にしている時はまるで強い犬に媚びへつらう負け犬のよう。

 アメリカ横断ウルトラクイズのキャッチフレーズの一つに「知力、体力、時の運」がありましたが、トム・リプリーは「モノマネ、度胸、時の運」。彼がディッキーになりすましてきわどい隠蔽工作をしながらイタリア各地を逃げまわるシーンは、あまりの無計画、あまりの楽観主義にハラハラするやら呆れるやら。完全犯罪を狙うには危なっかしすぎる。

 あんた一体何がしたいの、小手先で人を騙すくらいならちっとは地道な努力をしたらどうだい、自分もロクなもんじゃないクセに人を蔑むなんて最低だよ、あたしゃあんたをそんな風に育てたおぼえは……とだんだん浅香光代化していく自分に苦笑いです。

 そしてアラン・ドロンの映画とは決定的に違うラスト。こうなる以外に他はないとわかってはいたものの、やはり戸惑う。こんなことがあっていいのかい? たとえお天道さまが許してもあたしゃ許しゃしないよっ!……と浅香光代ふたたび。

 今更ムリな話ですが、この作品は続編がでていない段階で読んでみたかった。だって続編があるってことはトム・リプリーが最悪の結果(=死)にはならないと保証されているわけでちょっと残念。いやいや別に人の死を願ってるわけじゃないですよ。誰も信じないだろうけど。

 この結末、最後のセリフを心の中で反芻すればするほど続編を読みたくなります。ハイスミスはその後のトム・リプリーにどんな人生を与えるのか、“罪と罰”をどんな風に読者に提示するのか大変興味があります。

 それにしてもイタリア警察が無能すぎる。いやいやそこ気づくでしょ、調べるでしょっていうポイントが満載だもの。この本、イタリアの人が読んだら怒らないのかしら?

加藤:ずいぶん寒くなったと思ったらもう12月じゃありませんか。毎回書いてる気がするけど、ここんところ時間が経つのが早くない? ついこの前まで蝉が鳴いてなかったっけ?

 そう、冬と言えばマラソンシーズンの到来です。先月、11月14日には金沢読書会にお邪魔して、翌日の金沢マラソンを走ってきましたよ。昨年の11月は神戸読書会を襲って、そのあと神戸マラソンを走ったっけ。本を語って、酒を飲んで、ヘロヘロになりながら42キロ走る、夢のような2日間。すっかり病みつきになっちゃいました。お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。

 さて、今回の課題本、僕はあえて角川文庫の青田勝訳『リプリー』で読みました。1971年の訳だそうですが、ぜんぜん古さを感じさせないところは流石です。ちなみに、読み始めた11月の時点ではamazonで買えたのに、いまは品切れになっています。

 でも、ぶっちゃけ、タイトルは『太陽がいっぱい』のほうが断然いいですよね。なんかこう、退廃的というか破滅的というか、ニーノ・ロータのあの名曲そのものの気怠く怪しい、クラクラするような感じがいいですね。

 そもそも「リプリー」で真っ先に思い浮かぶのは、アラン・ドロンでもマット・デイモンでもなくてシガニー・ウィーバーだし。

 ところでニーノ・ロータとみのもんたってちょっと似てません?

 そんなこんなで、読み始めた『リプリー(=太陽がいっぱい)』でしたが、まるで初読のような新鮮さでした。まあ実際、初読だったんですけどね。

 それにしても、ルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』もマット・デイモン主演の『リプリー』も見ていたので、なんとなく内容を覚えてるかなと思ってたけど、何も思い出さなかった。

 逆に、唯一記憶に残っていた(つもりの)場面がついに出ないままに終わったのには驚いた。逮捕されたリプリーが法廷で「太陽が眩しかったから」って言うんじゃなかったのか?(<本当にそう思ってました)

 正直に言うと、とにかく前半は話に乗れなかったなあ。トム・リプリーという男に全く魅力を感じないし、共感もできない。さらに、彼の立居振る舞いにいちいち違和感を覚える。なんだか変だぞ。

 むむむ、これってもしかして、いわゆる腐案件なんじゃないの? と思ったら、やはり当サイトの連載『読んで、腐って、燃え尽きて』で♪akiraさんが書かれてた(究極の自己愛が醸しだす耽美——『リプリー』)。

 それにしても、畠山さん(珍しく)いいところに目を付けたね。続編が書かれているってことはリプリーは無事なまま話が終わるに違いないって。今度会ったらご褒美にブラックサンダーを奢ってあげるよ。

畠山:ありがとう。でも奢ってもらうなら、ひつまぶしの方がいい。

 確かにトム・リプリーって一筋縄ではいかないというか、ちょっとやそっとでは読者に理解をさせてくれない人物だよね。なぜあれだけ傲慢になれるのか、罪悪感を持たずにいるのか、そもそも何を求めているのかさっぱりわからない。物欲は強いみたいだけどね。

 幼少期に叔母から執拗に苛められたことで猜疑心の強い小心者になり、それがやがて努力もせずに見栄を張る人間になってしまったとは想像できます。気持ちはわからないじゃないけど、やっぱりダメンズのど真ん中。金持ちという要素以外はディッキーもダメンズか。

 でもダメな奴ほど目が離せない。というかそう思わせることこそがダメンズの真骨頂! 読み進めていくうちに罪が軽いうちに捕まって欲しいような、このまま逃げ切って欲しいような変な親心が芽生える。さすがの浅香光代も剣を抜く気になれないのです。あれ? 今頃確認しますけど、まさかあの女剣劇の大スターを知らない世代がいるですって?(ググりましょう)

 かの淀川長治先生も言及されているので腐案件ではありましょう。♪akiraさんの「究極の自己愛」というご意見にも完全同意いたします。

 誤解を生みやすい言い方になってしまいますが、もしかしたらハイスミスはトム・リプリーの卑しさを演出するために「ゲイ」という要素を使ったのだろうか。女に嫉妬をする男、同性の関心を引くためにへつらう男というのはひどくさもしくて惨めったらしい感じがしません? ハイスミス自身も同性愛者だったそうですから、物語のついでに世間の同性愛に対する強い偏見を皮肉った……というのは考えすぎでしょうか。

 ハイスミスについては柿沼瑛子さんのこの記事をお読みいただくとよいでしょう。しかーも! この記事で柿沼さんが「陽の目を見させたい」と熱望されていた『キャロル』今月発売! ハイスミス唯一のレズビアン小説だそうです。これは楽しみですねー♪♪

 なんだかんだ言いながらトム・リプリーひとりのことでこれだけ語れるんだから、やっぱりすごいぞ、ハイスミス。こんな主人公、滅多にいないでしょう。

 そういえばイタリア警察が無能といいましたが、ディッキーの両親もヘンじゃない? どうしてさほどの交友関係もない男が息子を連れ帰ることができると思ったんだろう? 屈強な探偵でも雇った方がよかったんぢゃ……おっと、おいちゃん、それを言っちゃぁおしまいよ。(by車寅次郎)

加藤:犯罪者が主人公のミステリーは珍しくないけど、シリーズ化されたものって、実はあまり多くないのではないでしょうか。何故なら、犯罪者はいずれ捕まる運命にあり、また、そうであるべきというのが一般的な読者のニーズだからです。

 それでも(結果として)シリーズ化したものは、大きく2つのパターンに当てはまると僕は思うのです。

 一つは、凄腕のプロが颯爽と活躍する話。新しいところではグレイマンとかゴーストマンみたいなカッコよくて読んでスカっとするもの。彼らはもともと法や道徳の埒外にいて一般人と交わることが少ないし、多くの場合、敵側がより無法な悪人なので、彼らに声援を送るのに抵抗はあまりありません。

 もう一つは、ドートマンダーバーニー・ローデンバーのような愛されキャラの犯罪者たち。彼らが盗んだり騙したりする相手は悪人か大金持ちか公権力。それは必ずしも主人公の信条というわけではありませんが、結果として読者の支持を勝ち取っています。毎回お約束のようなトラブルに巻き込まれるところもポイントですね。

 総じて彼らは犯罪者だけど救いようのない悪人ではなく、思わず応援したくなる何かを作者から与えられていると思うのです。一般人を殺すなんてことは、まずあり得ないというのも共通するところ。

 しかし、このトム・リプリーは明らかに違います。

 それでも、この話は読み進めるにつれて、いつの間にか心情的に寄り添うようになっているところが凄いと思うのです。気付くと、トムのピンチに手に汗握り、危機を脱する度にホッと息をついている自分を発見して読者は驚く。

 いやいや、違う違う。こいつは自分勝手な理由で罪の無い人間を殺したヒトデナシだから。警察に捕まって罰を受けるべき男だから、と頭では理解しているにも係わらず。

 そんなわけで、読み終わった直後は、清々しい気持ちになってたりしたけど、少し時間が経つと「この結末はないだろ、ハイスミスさん」って思えてくる。なかなか無いよなーこの感じ、というのが今回の感想です。

 なんだか最初から最後までハイスミスさんの掌で転がされたというか、見事に術中にはまったということなのでしょうね。

 僕のように映画は見てるけど、原作は未読って方も多いと思うので、是非この不思議な感じを味わってみて欲しいです。

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 リプリーものの映画では『アメリカの友人』もお薦めなのです。監督はヴィム・ヴェンダーズ、リプリーを演じるのはなんとあのデニス・ホッパーですよ。

 トム・リプリーは、社会の倫理と自分に内在する行動規範とが対立するときには常に自分の方を選択するという人物で、単純な犯罪者キャラクターとは一線を画しています。ピカレスク小説の主人公が常に社会と対立するように描かれているのに近いと私は感じます。内面を掘り下げていってもおそらくは虚無であり、リプリーは常に何かの鏡像として存在します(だから自己愛的な傾向のある人の目には彼は究極のエゴイストとして映りますし、皮肉な読者には社会現象のカリカチュアライズに見えるでしょう)。シリーズ後期の作品『リプリーをまねた少年』などにも顕著ですが、彼は常に自身を否定し、自己存在のパロディを演じ続けることで新しく生まれ変わっていったのでした。リプリー・シリーズを追いかける行為には、真のキャラクター小説を読む喜びがあります。何度も何度も読み返したくなる作品だと思います。

 さて、次回はカトリーヌ・アルレー『わらの女』ですね。また、楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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