■『這么推理不科学』(こんなミステリは非科学的だ)■

20151222230023.jpg

【写真も筆者】

本格ミステリの非主流派、無厘頭探偵業界の非常識枠

『謎解きはディナーのあとで』よりも滅茶苦茶で、『SHERLOCK』よりもぶっ飛んでいる

名探偵コナン、ホームズ、金田一がこぞってオススメしない一冊!(帯文)

 本コラムの第9回で紹介した『季警官的無厘頭推理事件簿』に続き、中国ミステリにまた新たなコメディ系小説が生まれました。ただし本作の主人公は謎解きに熱意を傾けるのではなく、事件の犯人がカンフーの使い手だったら良いなぁと本気で考えるカンフーバカで迷探偵と名探偵の一人二役をこなす困った輩です。

 まずは6つの短編からなる本書の紹介をします。

 被害者が人間業とは思えない殺され方をされた殺人事件を担当していた女性刑事の宋然は偶然出会った武侠小説家の韓格に事件の相談をする。すると韓格は事も無げにしかし真剣に、こんなことができるのは30年以上修行した武術家しかいないと断言する。宋然はそんな意見を相手にしなかったが、韓格は事件現場にまで着いて来てしまい、容疑者の一人をカンフーの達人だと思い込んでぶん殴って倒してしまう。呆気にとられる宋然を尻目に韓格は言う。確かに彼女はカンフーが出来ない、だがだからと言って容疑が晴れたわけではない、と。そして彼は現在までにわかっている事実を基に誰もが考えつかなかった推理を披露するのであった。

 事件の一報を聞いたときの韓格は単なる武侠小説オタクの発想から出た参考にもならない推理しかしません。彼は事件を不可能犯罪にさせている要素に対して、水の上を走って近道をしてアリバイを作った(水上漂)、毒に耐性があるから被害者と一緒に毒を飲んでも死ななかった(百毒不侵)、気功で遠くにいる人間を殺した(隔空打物)などの武侠小説で培った知識を披露してアンフェア極まりない推理を大真面目に説くので不可能犯罪を更に難解にさせます。これで実際にカンフーの達人が犯人だったら、「這么推理不科学(こんなミステリは非科学的だ)と叫びたくなりますが、そこは中国のミステリ専門誌『歳月推理』に載った作品ですので再現性はともかくちゃんとしたトリックが、先程までカンフー云々言っていた韓格自身によって明かされます。面白いのは犯人がカンフーの達人だと思い込んでいるのが韓格だけで、犯人側にはそうやって事件現場を混乱させてやろうと言う意図が全くないことです。

『歳月推理』に掲載されたと書きましたが、中国のミステリ小説の単行本には収録作品の初出が書かれていないことが多く、この本も同様でしたので百度百科(中国のウィキペディアみたいなもの)を調べてみたところ収録されている6作品のうち4作品が2011年9月号と12月号及びそれから4年後の2015年6月号と9月号に掲載されていたことがわかりました。道理で『隔空打物』という気功で遠くにいる人間を殺すというとんでもない内容にデジャヴを感じたはずです。私は4年前に雑誌上ですでに読んでいたのですね。

 作者の張斂秋は2011年にミステリ小説家としてデビューするより前に、武侠小説家としてこのジャンルですでに何度か賞を受賞しています。

 さて、武侠小説家という肩書きでやはり思い出すのは本コラムの9回10回で取り上げた『季警官的無厘頭推理事件簿』の作者の亮亮です。彼もインタビューでもともとは武侠小説を書いていたと語っています(第10回参照)。

 そして本書の帯文に「『謎解きはディナーのあとで』よりも滅茶苦茶で…」というキャッチコピーがあるのも見逃せません。もしかして『季警官的無厘頭推理事件簿』の売れ行きを見た本書の出版社が(2作は別の出版社から出ている)王道からちょっと外れたミステリが受けると確信して張斂秋に白羽の矢を立てたのではないでしょうか。

 短編のストーリーは事件に色恋沙汰を絡ませた単純な構成で面白みに欠けると言うか、多分この作家は自身が考えたトリックと武侠小説のネタを如何に上手に絡めて書くか、ということだけに興味があり、ストーリーは二の次なのでしょう。

 もしもこの作品のトリックが一般のミステリに使用されていたらただの駄作に成り下がっていたでしょうが、犯人の意図とは関係なく探偵役の韓格に犯罪を無理やりカンフーと結び付けさせることでどんなとんでもなく現実では不可能に思えるトリックも魅力的に輝きます。最初に探偵によるとんでもない推理を挟み、最終的にはその探偵自身が論理的に謎を解くわけですから、どんなトリックでも武侠小説に出てくるカンフーよりはマシだと読者に推理を受け入れさせるわけです。

 本書には武侠小説に登場するような現実離れした技は実際には出てきません。そして中国ミステリには本当に武侠小説の舞台をミステリの場に選んだ『冥海花』(2011年)という本もあるので、本書を武侠ミステリのジャンルに入れることは出来ませんが、武侠小説とミステリの食べ合わせの妙に気付かせてくれた一作でした。

阿井 幸作(あい こうさく)

20131014093204_m.gif

中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/

・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25

・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737

現代華文推理系列 第二集●

(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー