みなさま、こんにちは。お久しぶりの今回は、わたしの推し作家テス・ジェリッツェンの新作、“PLAYING WITH FIRE”(2015年11月刊)を紹介したくて出てまいりました。刊行からまだそれほど経っていないので未訳なのはあたりまえなのですが、笑って許してください。

 ジュリア・アンズデルはバイオリニスト。イタリアでの演奏旅行を終えた彼女は、あるアンティーク・ショップで古い楽譜に引き寄せられる。《ジプシー》と題されたその楽譜には、《インチェンディオ》という別の曲の楽譜もはさまれていた。インチェンディオとはイタリア語で“炎”を意味する。作曲したのは、L・トデスコという無名の人物だった。

 アメリカに帰国したジュリアが難曲の《インチェンディオ》を夢中で練習していたとき、飼い猫が無残に殺され、三歳の娘のリリーが血のついたガーデニング道具を持っていた。ショックを受けるジュリア。それから何日もしないうちに、またわれを忘れて《インチェンディオ》に挑戦していると、太腿にガラス片を刺される事件が起きる。そばには手を血まみれにしたリリーがいた。

 猫を殺したのも自分に傷を負わせたのもリリーだと訴えても、夫は信じてくれない。娘の精神状態を心配してさまざまな検査を受けさせるが、どこにも異常は見られなかった。リリーの異常行動が《インチェンディオ》に触発された可能性を小児神経科医から指摘され、ようやく原因を突き止められるかと安堵したジュリアだったが、その検査でも問題は認められなかった。

 不安が募るなか、ジュリアは階段から落ちて怪我をする。そんな場所にあるはずのないおもちゃの車を踏んで足をすべらせたのだ。娘の仕業だ! このままだとリリーに殺されてしまう。しかし、夫はまともに取り合ってくれず、精神科を受診したほうがいいとまで言い出す始末。

 夫に紹介された精神科医をしぶしぶ訪れたジュリアだったが、なにをどう答えても結果は決まっていたようで、検査入院を勧められた。入院してしまったら二度と出られないかもしれないとこわくなったジュリアは、納得したふりをして、準備が必要だと言い繕って帰宅する。

 そんな彼女を待っていたのは、イタリアからの手紙だった。楽譜を買ったアンティーク・ショップに《インチェンディオ》の出所と作曲家について問い合わせをしていたのだが、前回“調べてみる”と返事があった数日後に、店に強盗が入って店主が殺された、と知らせるものだった。

 入院を逃れ、《インチェンディオ》の真実を探るため、ジュリアはイタリアへ飛ぶ……。

 今回の新作は〈リゾーリ&アイルズ〉シリーズではなく、単発物です。自らもバイオリンを弾くジェリッツェンは、本作の重要な鍵となる《インチェンディオ》を作曲する熱の入れよう!(iTunesやAmazonで購入可)

 残念ながら、本作では殺人事件は起きません……じゃなかった! 起きます。起きますが、猟奇的なものではないし(えっ!?)、イタリアの政界を揺るがす大スキャンダルに発展はするものの、メイン・イベントでもありません(えっ!?×2)。その代わりと言ってはなんですが、幼い娘のリリーにおびえ、夫の理解を得られず、精神科の病院に入れられそうになり、自身の正気にも確信が持てなくなっていき——といった具合にじわじわと追い詰められていくこわさを味わえます。

 最初は「《インチェンディオ》が人を凶行に駆り立てるパラノーマルなの?」と思わせられますが、そこはジェリッツェン、きちんと現実的な謎解きを用意してくれています。ヒントはあちこちにちりばめられていますよ〜。ちりばめすぎたかもしれないとジェリッツェンが心配しているほどです。わたしはヒントには気づいたものの正解にはたどり着けず、すべてが明かされたときには「そういうことか〜! なるほど。やられたわ」となりました。

 ジュリアのパートである現在と、作曲者トデスコのパートである過去がそれぞれに語られる構成となっており、《インチェンディオ》にまつわる物語がまた哀しくて、胸を衝かれるのです。

 〈リゾーリ&アイルズ〉シリーズの邦訳は残念ながら止まったままですが、ドラマは好調のようでシーズン7まで放映が決定していますし(※)、シリーズ十一作めの “DIE AGAIN” が NY Timesのベストセラー・ランキングに顔を出し、Goodreads の Choice Awards 2015 ではベスト・ミステリ&スリラー部門でノミネートされるなど、本国では安定の活躍ぶりです。単発物の邦訳でもシリーズ再開でもいい(できれば両方がいい!)、ジェリッツェンの作品を日本語で読める日がまた来ることをひたすら願いつつ、今日もまた勝手に宣伝活動に勤しむのでした。

(※)2016年1月7日、本ドラマはシーズン7で終了とアナウンスされました。

辻 早苗 (つじ さなえ)

東京生まれ→関西育ち→横浜在住。サスペンスとロマンスを主食とするホンヤクモンスキー。最新訳書は『愛の炎が消せなくて』(カレン・ローズ著/二見文庫)。

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