旧暦の新年も明けて中国ミステリにおいては新年一発目となる今回はこれまで優に100編以上の作品を書き上げたミステリ小説家の軒弦の小説の中から2015年12月に同時発売された『四怪館的悲歌』『斬首城之哀鳴』を紹介します。

『四怪館的悲歌』

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 過去の縁がきっかけとなり有名画家・季尊天の巨額の遺産を得ることになった弁護士・諸葛千諾ら5名は画家が所有する無人島の春泪島へと渡る。だがそこで彼らを待っていたのは主館の四方に建つ『破砕館』、『倒置館』、『錯位館』、『缺失館』という奇妙な館と所有者季尊天のバラバラ死体だった。外部とは連絡が隔絶され、脱出も不能の孤島で遺産相続をめぐる連続殺人事件が起こる。

『斬首城之哀鳴』

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 高校生の宋田田のもとに大企業から全く身に覚えのない招待状が届く。そこには抽選で選ばれた5名の人間に莫大な不動産及び金銭を贈呈する旨が書かれていたが、その会場とは過去に首無し死体が出たと噂され、現在は斬首城の異名を持つ断腸城だった。そして当選者は5名のはずなのに会場に集ったのは宋田田を含めて関係性も不明なら自分が選ばれた理由もわからない6名の男女。断腸城の主人・柳其金の合図とともに惨劇の幕が開け、当選者は首を切断された死体と化す。

 2冊とも軒弦が生み出した名探偵・慕容思?が登場する作品で、本の右上に『長編劇場版』と書いてありますが映画化するのかはわかりません。タイトルからわかるようにいわゆる『館ミステリ』ですが2冊に関連性はなく、どちらから先に読んでも問題ありません。

『四怪館的悲歌』では孤島を舞台に『破砕館』、『倒置館』、『錯位館』、『缺失館』という4つの館を象徴するような殺人事件が起きます。『破砕館』ならバラバラ死体、『倒置館』なら逆さまになった死体が出てきますが、これが見立て殺人なのかそれとも他に理由があるのか館に残った登場人物たちは考えさせられます。また、館ミステリの醍醐味である密室殺人は作者が得意とするところですので、慕容思?が現場に不在でありながらも魅力は他シリーズと遜色ありません。

『斬首城之哀鳴』は宋田田の保護者として付いてきた慕容思?の推理が楽しめます。当選者の役人、医者、教師、官二代(官僚の息子)そして女子高生の宋田田は主催者の柳其金とは全くの無関係なのに大金が貰えると聞いて曰くつきの城までやって来ましたが、甘い話には裏があるわけでお城は瞬く間に陸の孤島と化し、次々に殺されていきます。更に犯人にとって被害者はいずれも殺されるにふさわしい理由があったことが明かされていきますが、被害者同士に接点がないため犯人の動機も杳として掴めません。タイトルからもわかる通りが首無し死体が出てきますので犯人がそれをいつどうやって入れ替えるのかという点が本作の見所でしょう。真相が明らかになると不測の事態が生じて計画を変更した犯人が入れ替えトリックに腐心したことがわかります。

 2冊に関連性があるとすればどちらも実行犯の背後に知能犯がいて、彼らが事件の絵図を描いていたということでしょう。特に『斬首城之哀鳴』では慕容思?の宿敵であり既に死んでいる沈莫邪というモリアーティ教授のような天才犯罪者が生前に仕掛けた計画が彼の思うまま進行し、慕容思?が宋田田を守り抜くことまで予想されています。しかも彼の計画はこれ一つで終わらないことが作中で明言されていますので、読者は今後のシリーズにおいても死者が起こす完全犯罪を楽しめるというわけです。

『斬首城之哀鳴』で主人公格の宋田田は家計を助けるために怪しいイベントに参加し、慕容思?の庇護下にあるので無辜のヒロインのように描写されますが、そこは自分の完全犯罪達成のためなら悪人(沈莫邪の視点)などいくら殺されても構わない殺人計画の舞台装置ぐらいにしか考えていない天才犯罪者が選んだ人間であるので、彼女に対する悪意もちゃんと仕掛けてられていて物語の最後まで気が抜けません。

 今回紹介した2冊は非常に読みやすかったです。それに、実際の再現性は置いておくとして作品には複雑な舞台装置は登場せず、ページには館の見取り図すら描かれておらず、館の内部を深く理解する必要もありません。前述した通り、作者の軒弦は密室ミステリの旗手でして、慕容思?シリーズの『密室之不可告人』(2011年)と『密室謀殺案之天黒請閉眼』(2012年)というタイトルの短編集を出しているほどですので、このような館ミステリはお手の物なのでしょう。今回の2冊よりも少し前に出た『五次方謀殺』(2015年)はSFミステリのジャンルに入りますが、漆黒館を舞台に主人公が何度もタイムスリップを繰り返してその度に殺人事件に巻き込まれるという内容でここでも当然密室殺人が起こります。

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 今回紹介した2冊の冒頭に主要人物一覧が書かれているのも嬉しいところです。

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 日本の新本格ミステリを読んでいるような軽い読み心地と作者の経験に裏打ちされた密室トリックを持つ軒弦の本は是非とも多くの日本人にも読んでもらいたいです。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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