書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 関東では桜の盛りも過ぎ、川に花筏が浮かぶ時季になりました。お花見の飲み過ぎ食べ過ぎで体調を崩されていませんか? こんなときは家でゆっくり読書がお勧めです。今月も、書評七福神のベストをお送りいたします。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

吉野仁

『ぼくは君を殺さない』グレアム・キャメロン/鈴木美朋訳

ハーパーBOOKS

 昨年、『殺人鬼ジョー』『見張る男』『YOU』など、犯罪者の視点から描くサイコなものに上質な作品が目立った。世間的にはたいして話題にならなかったけど。本作もまた連続猟奇殺人犯が主人公で、まずは女を殺す場面からはじまり、別の女をつかまえて地下室に監禁する。のだが、そこから先、次第に妙なドラマへ流れていき、後半、まさかそうくるとは、という驚きの展開へ突入。斬新。プロットの巧みさが光る。昨夏に新創刊の海外エンタメ文庫レーベル、ハーパーBOOKSは、ミステリー系だけ可能なかぎり読んできたが、やっとここへきて当たりをつかんだ。

酒井貞道

『心理療法士ベリマンの孤独』カミラ・グレーベ&オーサ・トレフ/茅律子訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 ヨハン・テオリン『夏に凍える舟』は傑作なのだが解説者が私なのでパス。私の言いたいことは全て解説に書いたので、そちらをご照覧ください。で、七福神としては、キャロル・オコンネル『ウィンター家の少女』との間で悩んだものの、同格なら新顔を優先しようと思ってこちらにしました。

 作中では、夫の死によって心に傷を負った心理療法士が、不気味なストーキング行為と、それが関係していると思しい連続殺人事件に4か月間にわたって悩まされる。殺人犯ではないかと疑われ、元々塞ぎ気味だった主人公は、精神的に一層追い詰められる。真相の意外性もさることながら、特筆すべきは、一人称の筆致だ。どこまでも冷たく静かであり、悔恨の情に満ちた省察は、読みやすくも胸に染み入る。主人公の患者たちの苦悩も鮮度が高い。サクサク読めることも、訳者含めて賞賛すべきだろう。

川出正樹

『夏に凍える舟』ヨハン・テオリン/三角和代訳

ハヤカワ・ミステリ

 死者が蠢く舟に遭遇した、裕福な一族の末息子ヨーナス。同じく少年時代に、死者にまつわる怪異譚を体験したことのある齢八十を超える元船長イェルロフは、ヨーナスの話が気にかかり調べるうちに、七〇年の時を経てスウェーデンに帰ってきた男の不穏な動きを察知する。

 四季折々に異なる顔を見せる美しくも鄙びた島を舞台にした〈エーランド島四部作〉の掉尾を飾る本書は、哀しく苛酷な過去に根ざした犯罪、厳しい自然環境と骨絡みの幽霊奇譚、ローカルな舞台とグローバルな背景、そしてミステリ・ファンのツボを突く仕掛けといったシリーズの長所が遺憾なく発揮された逸品だ。特に中盤で明かされる事実には、思わず、えっと声を出してしまった。

 今回、孫たちに占領された母屋から逃れてボートハウスの簡易ベッドに横たわったイェルロフが、「静かな夏の夜にどこか天然の港で碇を下ろして船室に横たわるようだった。同じように狭いベッド、同じように森羅万象に近く、同じように安らぐ感覚」を憶えるシーンがとても印象的だ。四部作を読み通して改めて実感したのだけれど、結局の所このシリーズを愛して止まないのは、この人生に対する諦念に深く共感するからだ。

霜月蒼

『ぼくは君を殺さない』グレアム・キャメロン/鈴木美朋訳

ハーパーBOOKS

 女性をさらっては自宅の地下牢に監禁(したりしなかったり)して惨殺する草食系シリアル・キラーが、ある女性を監禁したはいいが殺すタイミングを何となく逸してしまい、とりあえず監禁し続ける一方で新たな女性を殺したり、おいしそうな料理を作ったり、殺すつもりで接近した女性にホの字になったりという生活が語られてゆく。『清掃魔』『殺人鬼ジョー』より品がよく、『さよなら、シリアルキラー』よりはだいぶ鬼畜、芸風がかぶる『YOU』のニューヨーカーらしいリア充感の代わりにロンドンではないイギリスのシケた感じが香る。このあたりのヘンな殺人鬼小説がお好みの方は試す価値ありです。ベン・ウィショー主演で映像化すると面白そうだな。

北上次郎

『マプチェの女』カリル・フェレ/加藤かおり・川口明百美訳

ハヤカワ・ミステリ文庫

 1カ月遅れの紹介だが、いやあ、面白い。アルゼンチンがこれほどとんでもない國だとは知りませんでした。船戸与一に西村寿行を足したような小説で、やや壊れ気味ながらその圧倒的な暴力の嵐に酔いしれる。

千街晶之

『ウィンター家の少女』キャロル・オコンネル/務台夏子訳

創元推理文庫

 何というか、少々やりすぎ感が漂う小説であるとは思う——主人公キャシー・マロリー刑事の言動が、ではなく、それを綴る著者の筆致が。冒頭の登場シーン、ラストの悪人との対決シーンなど、過剰なまでに芝居がかった演出が施され、マロリーが人間離れした物の怪のように描写されている。ただし、わざわざこのような書き方をする小説家は少なくとも米国ミステリ界には他に殆どいないし、そういうバロック真珠めいた歪さも含めてオコンネルという作家の魅力だとも感じる。複雑に入り組んだ事件の構図や、著者十八番の心理的駆け引きも読み応え充分。

杉江松恋

『夏に凍える舟』ヨハン・テオリン/三角和代訳

ハヤカワ・ミステリ

 3月は短編作品しか読んだことのなかったコリン・ワトスン『愚者たちの棺』も出てて、裸足で電線の上を歩いて感電死した男、という奇妙極まりない状況から始まるのが楽しかったのだが、探偵小説というよりは小さな共同体の中の当てこすりしあいの部分のほうがおもしろかったので、ちょっと一般にはお薦めしかねる。もう1冊、先月出たミック・ジャクソン『10の奇妙な話』という短編集もよくて、特に冒頭の1編などはジョイス・キャロル・オーツ『生ける屍』を連想してしまうような皮肉なもので大好物だったのだが、月違いということでこれも見送り。

 となるとやはり重量級の傑作『夏に凍える舟』を挙げるしかない。島の四季を4つの長編で描くというアストリッド・リンドグレーン『やかまし村の春夏秋冬』を思わせる(実際情景描写などでは重なる面もある)連作で、まずその情景の美しさに心を持っていかれる。作者自身の祖父をモデルにしたという老水夫の主人公・イェルロフのキャラクターもよく、それで2つめのダウン。そして今回は、物語が1/3ほど進んだところで出てきたびっくり展開に不意打ち気味でやられてしまい、見事にTKO負けを喫した。情景だけではなく時間の流れをも味方につけた素晴らしい作品だ。

 ご存じのとおりテオリンは翻訳ミステリー大賞授賞式に合わせて来日してくれて(なんとスウェーデン大使館の招聘ですよ。感謝!)、役得で2日間いろいろ話す機会を得たのだが、話の中でいちばん驚いたのは彼が妖精などの民間伝承を愛する人物で、その起源は前述のおじいちゃんにしてもらった不思議なむかしばなしだったという事実だった。それって水木しげるの『のんのんばぁとオレ』じゃん!

 この欄初登場のレーベル作品と北欧ミステリーの2作が印象的な月でした。さらにひさびさのキャロル・オコンネルもあり、大満足。毎度のことながら、読みたい本が目白押しで困ってしまいますね。さて、来月はどんな傑作習作が紹介されますことやら。どうぞお楽しみに。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧