第16回名古屋読書会の課題作はレックス・スタウト『料理長が多すぎる』。美食家にして超巨漢安楽椅子探偵ネロ・ウルフものの代表作であります。2月13日という次の日に何か予定を控えた人もいそうな日程でしたが、ゲストに翻訳家の柿沼瑛子さんをお迎えし、たいそう盛り上がったことです。

 そもそもなぜネロ・ウルフなのか、『料理長』なのかといわれれば、確か「最近暗めな課題本が多かったから、ちょっとユーモア分を補給したい」「料理が美味しそうなやつが読みたい」などの意見が反映されてのこと。確かにウルフの相棒アーチーは若干ふざけの入るキャラといいますし、探偵が美食家ならご飯シーンも出てくるでしょう。『料理長が多すぎる』なんて、題名からして料理が大きく扱われてそうですしね!

 まずはあらすじを。腕利きのシェフたちが避暑地のホテルに集まって内輪で開く晩餐会に、ネロ・ウルフがゲストとして招待されます。出不精でお外出たくない系探偵のウルフは列車の中でも「やめときゃよかった、列車なんて人間の乗るものじゃない」などとむずかりがち。しかし車内でシェフの一人ベリンと顔を合わせるや、ウルフの目は輝き始めました。料理談義を始める二人ですが、よもやま話の中で、シェフのうち一人ラスジオが仲間内で蛇蝎の如く嫌われていることが分かります。そうこうするうち列車は現地へ。

 しかし晩餐会の前日、シェフたちがプライドを賭けて行っていたソースの利き味会の最中に、一人のシェフが刺殺されてしまいます。果たしてウルフは慣れない環境の中で真相に迫ることができるのでしょうか。

 感想の傾向は、期待が大きすぎたのか「あんまりご飯食べるシーンないね」「そもそも晩餐会のメニュー、これ田舎料理じゃん。デザート適当だし」「『多すぎる』ってくらいだから、シェフたちがバンバン景気よく死んでいくかと思ったけど被害者一人だけかよ!」など、ちょっと拍子抜けという意見が多いものでした。

 他に多かったのは、ウルフとアーチーの関係に注目した感想。「二人のやり取りが面白い」「あわてるウルフを見て喜ぶアーチーがひどいけど笑える」「なんだかんだで二人がツーカーの仲で萌える」「生活力の欠けた探偵と世話焼きの助手ってよくみるパターンだけど元祖なのかしらねー」などなど、二人のキャラに注目して楽しんだ人が多かった模様です。

 また「ネロ・ウルフといえば安楽椅子探偵ってイメージがあるけど、代表作といわれてるこれが安楽椅子してないのは不思議」というまっとうな疑問もありましたが、言われてみればなんででしょうね……。「もう片方の特徴である美食家の側面がフィーチャーされている作品だから」「タイトルがかっこいいから」など、いろいろ答えはありそうです(と思ったら、人気連載の勧進元からも補足が!)。

 ミステリとして見たときの感想は、「インパクトに欠ける」「読者に手がかりを提示してくれない」「わりとウルフが直感に従って行動していくので、謎解きはあっけない」という意見が多数を占め、ここでも物足りなさがあったようです。もっとも犯人と対峙したあとで、追い詰めて罠にかけていく場面は結構良評価。「安楽椅子探偵」といわれて皆が想像するものとはちょっとズレている、そんな作品だということでしょう。

 登場人物たちについてもいろいろな感想がありました。前述したようにウルフとアーチーに萌えた、二人の皮肉の応酬を楽しんだという参加者は多かったですが、「アーチーが若干キザっぽくて受け付けなかった」「ウルフみたいな上司の下で働くのは嫌だなあ」という意見も。

 脇役に関しては「ホテルの黒人スタッフがチョイ役だけどかっこいい!」という意見が印象的。彼とウルフとの会話は、皮肉屋なだけでないウルフの一面を引き出すものでもありました。あとは「ラスジオの奥さんの嫌な女性っぷりヤバいねー」「でもこういうタイプ、程度はともかく結構いるよ」などなど。バレンタインの前日にそういう話をするのはやめよう。

 訳についてもいろいろな意見が出ました。特に、原書にはあったというレシピが載っていないことには、多くの参加者が「コージーなら絶対あるのに!」などとお冠。せやな。

 そして興味深かったのは、原書読みによる「アーチーがふざけるシーンがカットされている」という指摘。なんでも、「アーチーが列車の中でベリンの娘に自己紹介をした後、原書ではしょうもないことを言いまくる(釣りの許可証を探偵許可証と言い張るといった)シーンがある」「後にベリンの娘は郡の検事と良いムードになり、捜査にも絡んでくるけど、このカットによりアーチーの彼女へのスタンスがつかみにくくなっているかも」ということです。確かに冒頭部のアーチーは若干キザっぽい風味がありますが、おふざけシーンがきっちり訳されていればだいぶ印象が違ったことでしょう。訳についての意見をまとめれば、「新訳希望! レシピも訳して!」となります。

 恒例の「次に読みたい本」は、料理ミステリを補給したい人向けにマイケル・ボンド〈パンプルムース氏〉シリーズや池波正太郎〈鬼平犯科帳〉シリーズ、いろんな人員が安楽椅子探偵のサポートに回るスタイルからジェフリー・ディーヴァー〈リンカーン・ライム〉シリーズ、安楽椅子+食べ物なアイザック・アシモフ〈黒後家蜘蛛の会〉シリーズや水生大海『ランチ合コン探偵』、料理長がどんどん死んでいくのが読みたい人向けにナン&アイヴァン・ライアンズ『料理長殿、ご用心』などが挙げられました。またToo Many…つながりで有栖川有栖『46番目の密室』や西村京太郎『名探偵が多すぎる』、ランドル・ギャレット『魔術師が多すぎる』なんかも。

 それはそうと二次会のお店では揚げ物につけるソースがいろいろあったのですが、利きソース会が開かれることはありませんでした。残念。

片桐 翔造(かたぎり しょうぞう)

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ミステリやSFを読む。『サンリオSF文庫総解説』(本の雑誌社)、《SFマガジン》(早川書房)「ハヤカワ文庫SF総解説」に執筆参加。たまに書評同人を作る。名古屋市在住。

ツイッターアカウント: @gern(ゲルン@読む機械)

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