——レビュー不可能案件に挑むのだ!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

加藤:GWも遠い昔。春が来たかと思ったらもう梅雨ですよ。

 5月の話題といえば、イングランドのプレミアリーグ、岡崎慎司選手が所属するレスターの優勝。これってムチャクチャ凄いことだったみたいですね。

 なんてったって、イギリスの主要ブックメーカーの倍率が軒並み上限の5001倍。宇宙人発見とかプレスリー生存とかと同じ、いわゆる「不可能案件」認定だったのだとか。昨年のラグビーW杯での日本代表の優勝オッズが1001倍だったことと比べても、その凄さが分かります。「レスターの優勝」は現地では完全にネタ扱いだったのでしょうね。♪西から昇ったお日様が〜東〜に沈〜む〜♪的な。

「不可能案件」といえば、この「必読!ミステリー塾」では、第7回カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』とか第16回ヘレン・マクロイ『暗い鏡の中に』あたりは、まさにそんな感じでしたね。どう考えてもあり得ないと思うような状況を作り上げ、それをひっくり返す快感を堪能しました。

 そして、今回で26回目を迎え、セカンドクオーターに突入した「必読!ミステリー塾」ですが、また新たな試練が訪れたようです。

 今回のお題はフレッド・カサック『殺人交叉点』どう書いてもネタに触れてしまう系のレビュー不可能案件。この本には長編と中編の間くらいの2作『殺人交叉点』と『連鎖反応』が収められています。それぞれこんなお話。

 誰もが単純な事件だと思って疑わなかった10年前の二重殺人事件。実は真犯人は弁護士である「私」なのであった。そして、時効を数日後に控えたある日、警察も見放したこの事件は意外な展開を見せはじめる……(殺人交叉点)

 婚約者との結婚が決まった主人公は、別れようとしたもう一人の交際相手から妊娠を告げられ窮地に陥った。今のサラリーで両方を養うのは不可能と考えた主人公は、昇進のために邪魔な上司を殺し、そのポストへ就こうとするが……(連鎖反応)

 作者のフレッド・カサックは1928年生まれのフランスの作家であり脚本家。88歳の現在もパリで暮らしておられるようです。1970年に『日曜日は埋葬しない』でフランス推理小説大賞を受賞。1973年には『殺人交叉点』でミステリ批評家賞を受賞しました。

 本作『殺人交叉点』は日本でも人気が高く、フレンチミステリー嫌いで有名だった故・瀬戸川猛資さんが「〇〇の〇〇ミステリベスト3」の1位に本作を挙げておられます。

 あらすじに書いた通り、本作は最初から犯人や犯罪の手段を明らかにしている「倒叙」もの(つい最近覚えました)。『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』みたいなやつですね。どちらもほとんど観たことも読んだこともないけど。

 ミステリー塾では、第18回アイラ・レヴィン『死の接吻』や、第21回パトリシア・ハイスミス『太陽がいっぱい』なんかがそうでした。第23回ノエル・カレフ『死刑台のエレベーター』もそう呼べるかも。

 しかーし、本作は殺人事件の犯人も動機も方法も分かっている筈のに、最後には思いもよらぬ真相に驚かされるのです。

 ああ、書けねえ書けねえこれ以上書けねえ。そもそも、我々に、この本の魅力をネタバレせずに伝えることが出来るのだろうか。まさに試練であります。西川きよしの嫁であります。(それはヘレンであります)

 とはいえ、2年以上のミステリー塾の連載は伊達ではないハズ。我々だってそれなりに(あくまで、それなりに)鍛えられているに違いない。ついにその成果を見てもらうときが来たようですな。ふっふっふっ。腕が鳴るぜ。

 よーし、カプセル怪獣ハタケヤマ、いっちょガツンとかましたれ。

畠山:おう! 任しとけぃ!(ええええっ?)

 この前読書会仲間と飲み会をしたんですが、ある本の話題でまだアタシが一言も言わないうちから「ダメよ! ラストを言っちゃ!」と釘を刺されました。相当信用がないと判明。ひょっとして、無意識のうちにやらかしてるんだろうか……?

 というわけでこの後を読まれる皆様はご注意あそばせ。

(大丈夫です、ちゃんと勧進元とシンジケートの中の人が目視および指さし確認してますから)

 さぁ、『殺人交叉点』です。なんと「交差点で人が殺される話」じゃないんですよ。これだけでも驚きです。おかしいなぁ、スクランブル交差点を全員が渡り切ったら道路の真ん中にししし死体がーっ! というシチュエーションだと思ったんだけどなぁ。(最近、『「罪と罰」を読まない』を読んだので、未読の状態で頓珍漢な予想を立てることに躊躇いがなくなりました。この本、オススメよ♪)

 フレンチミステリというと「なにをやられるかわからない」というイメージがあり(主にピエール・ルメートル君、キミのことだ)、本書もあちこちに「驚愕」の惹句が見受けられるので、よーし、来るなら来い、そう簡単に騙されるわけにはいかないんだゼーッ(Z)と気を引き締めて読み始めました。ところが意外にも事実の提示が明瞭にされていて何が何やら五里霧中という感じではありません。

 それよりもひたすらルユール夫人が怖い。すごいんですよ、妄執の塊で。夫人が溺愛するボブがヴィオレットに手をだした、というか無理やりコトに及ぼうとしたのに「まったく、あのあばずれときたら!」「初聖体拝領に臨んだ小娘みたいに恥ずかしがったりして」……いやちょっと奥さん、言ってることメチャクチャですから! 恥ずかしがる純情な子を”あばずれ”って言いませんから! わけわからん! 怖ぇぇ!

 夫人に比べれば真犯人の思考の方がよっぽど常識的で軽く同情をすら覚えてくるのですが、後半、謎の黒づくめ男、喪黒福造みたいな人がでてきてからお話しはどんどんサスペンスフルになっていきます。この人はルユール夫人とは別の意味で怖かった〜。いついきなり「ドーン!」っていうのかと思うと気が気じゃなく……(大平透さんのご冥福をお祈りいたします)

 そしてラストは驚愕、というより呆気にとられる感じです。私、思わず「はあ!?」と誰にともなく聞き返してしまいました。これからお読みになる方に自信をもって予言します。ラストを読んだら絶対もう一度ページを捲りなおしますよ。あっちこっちと確かめますよ。そしてあまりに巧くできてることに感嘆しますよ。コレ、翻訳するの大変そう〜〜。

 加藤さんはどうだった? まぁ、万が一にも先にオチに気づいたってことはないでしょう。それはレスターの優勝よりありえない。

加藤:ああ、確かに笑うセールスマンっぽかったかもねー。

 それにしても『殺人交叉点』にはとにかく驚かされました。巧いなあって。時効が成立するのかしないのかって最後までドキドキしながら読まされました。まさに作者の思うツボ。こういう本でネタバレ全開の読書会をやると、きっと盛り上がるのでしょうね。途中でオチに気がついたって人には、どこでそれが分かったのか是非聞いてみたい。

 そして、もう一つの『連鎖反応』は、これまたタイプの違う話で面白かったです。

 もう最初からおかしいの。結婚が決まった主人公が愛人に別れを切り出したら妊娠を告げられる、ってところから物語は始まるんだけど、普通ならこの愛人をどうにかして殺そうって話になると思うでしょ。それがならないのですねー。

 結婚生活を維持しながら、こっそり養育費を払い続ける方法を考えた主人公が思いついた秘策は、上司を殺すことによって自分が自動的に昇進し給料アップという方法。

 ありえねー。てか、これがフランス人の思考法なのでしょうか。イタリア人男性にとっては綺麗な女性に声を掛けないと失礼と感じるみたいな。

 でも、直属の上司を殺すとすぐにバレちゃうから、ずっと上席の人を殺して玉突き式に全員昇進すれば怪しまれないという。

 この発想と設定自体がムチャクチャで面白いんだけど、そんなに思い通りに事が運ぶはずもなく……って話。物語が終わったあと、「ポカーン」ってなってる読者にむけて、作者がヤッターマンのナレーションみたいに「説明しよう!」ってネタを明かしてくれるところも面白い。

 作者本人も書いてる通り、軽妙でちょっとユーモラスなこのタッチがきっとカサック本来の持ち味なんでしょうね。

『殺人交叉点』と『連鎖反応』というタイプの違う話が読める本書はとってもお得。どちらが好みかってのも半々くらいに分かれるんじゃないかな。未読の方は是非どうぞ。

 そして最後に、今回の一番のサプライズは、本書を読み終わった後に、本棚からもう一冊『殺人交差点』が見つかったこと。えぇ!? 俺、既読だったの!? いやいや、そんなことはないハズ。読んでてひとつもピンとこなかったもの。とか言ってたら、さらに前回のお題『ピアニストを撃て』も出てきたから更にビックリ。

 もしかして早くもボケが始まったのだろうか。まさに○○の○○体験でありました。

畠山:『殺人交叉点』がギラギラとねちっこい昼ドラなら『連鎖反応』はコントに近いかもしれないね。

『連鎖反応』の主人公ジルベールは良くも悪くも子供っぽい、愛すべきおバカさんタイプ。

 保身のために殺人計画を進めながら、一方でふと見つけた蜘蛛に「きみが蠅を食べられるよう、奥さんも、二号さんとその子供も養えるよう祈ってるよ……」などと感傷的になったりする。勝手に同情された蜘蛛も迷惑だよ(笑)あ、でも蜘蛛は交尾の後で雌が雄を食べちゃうことが多くあるらしいから二人の女性の間で進退窮まってる自分に置き換えたとも考えらるのか……。

 結末はまったくもってタイトルどおりの「連鎖反応」。軽妙にテンポよく進むお話はピタゴラスイッチのBGMがぴったりです。でも読了後にページを閉じてじっくり思い返すとススーッと血の引く冷たさと無常さを感じて、これまた乙でございます。

 そしてこの両方のお話に登場するのがソメ警部。正直、そんなに有能なわけでもいい人なわけでもないし、活躍ぶりも疑問なんだけど、急にエドガー・アラン・ポオを熱く語ったりして存在感があるようなないような変な人。絶妙な添え物感があって、ちょっと道化師っぽいかも。もしかすると玄人好み(なんの?)のキャラかもしれません。テレビシリーズでは何度か登場したらしいですね。

 あまりにトリッキーな作品の場合、読書会での感想は「びっくりしたねー」のワンポイントに集中する可能性がありますが、『殺人交叉点』も『連鎖反応』も無くて七癖どころかツッコミどころ満載のプレイヤーが多いのでかなり広がりのあるディスカッションになりそうです。私はぜひルユール夫人キモい! コワい! と語れる同士を見つけたい。もちろん仁徳ある方のルユール夫人擁護論も拝聴したいと思います。

 あーー! ダメだ、ウズウズする! オチを喋りたい! まさか〇〇〇だったとはーって言いたい! こうなったらあの夕日に向かって叫ぼう! 王様の耳はロバの耳———っっ!!

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 フランス産のサスペンスを読んでびっくりした体験。『マストリード』を編纂する上で絶対に欠かせないと思っていた要素です。『殺人交叉点』は瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』などで採り上げられたことで有名になり、最終的には三度目の新訳が出るという思わぬ結果を生みました。二回目の創元推理文庫版『殺人交差点』に、結末を予期させる訳文があると瀬戸川が指摘したからです。私もそのネタばらしを避けるため、わざわざ創元クライムクラブ版を求めて読んだものであります。

 カサックには『日曜日は埋葬しない』という有名な作品もあり、これはハヤカワ・ミステリに収録されています。小説が技巧の産物であることがよくわかり、すべてが文章によるサプライズのためにお膳立てされている。そうしたものを読む快楽をぜひ一人でも多くの方に味わってもらいたいと思います。一時期のフランス・ミステリーでそうした作品が量産されていた背景はよくわからないのですが、1960年代から80年代にかけて邦訳された諸作によってミステリーの楽しさに開眼した読者は多いはずで、これもまた無視してはいけない大きな潮流の一つだと私は思っています。カサック以外の作者では『殺人四重奏』のミシェル・ルブラン、『甦る旋律』のフレデリック・ダールもお薦め。カサック、ルブラン、ダールの三つの名前を覚えておくときっと幸せになれますよ。

 さて、次はアリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』ですね。これまた楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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