メグレシリーズ以外のジョルジュ・シムノン作品へと入る前に、番外編をお届けする。

 実はこの連載を始めてからもっとも悩まされたのは、日本でジョルジュ・シムノンの詳しい書誌資料がほとんど流通していないということであった。この連載は霜月蒼さんの連載「アガサ・クリスティー攻略作戦」(後に改稿され『アガサ・クリスティー完全攻略』講談社、2014として書籍化)を手本にジョルジュ・シムノンの作品を順番に読んでゆくのが目標なのだが、とくに初期作品においてはその順番を決めるのがそもそも非常に難しかったのである。

 日本で流通している書誌が正しいとは限らない。いままで述べてこなかったが、とにかくシムノンの書誌は最新のものを信頼するのがベスト、という方針を固めるまでに、私は仏語圏で出ている書誌資料を見つけては購入・確認することを繰り返し、比較検討を重ねた。連載開始時に深く考えず「ペンギン・クラシックスの新英訳版の刊行順序に従う」と直観的に決めたのは結果的によい方策だった。なぜなら新訳版ペンギン・クラシックスは2013年11月からの刊行であり、その順序はすなわちほぼ最新書誌と見なせるからである。ただ、これで最善だったと自分のなかで確信するまでには、かなりの時間が必要だった。

 もしあなたがジョルジュ・シムノンの作品を順番に読もうと思い立ったとき、まず何をするだろうか? Google に「ジョルジュ・シムノン」とキーワードを入れて、書誌を検索してみるだろう。ある程度まとまった日本語の書誌ページはいくつかヒットする。私の場合もそれらのページは大いに参考になった。しかしそれだけでは足りないことに気づくだろう。シムノンの著作は膨大である。それらの情報をつねに最新の状態に管理しておく手間は並大抵のものではない。

 それでもシムノンは海外ミステリーの範疇なので、森英俊『世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]』(国書刊行会、2003)という資料があり、ここでフランス・ミステリーの翻訳を手がける平岡敦氏の解説と、ペンネーム作品を含めた著作リストを見ることはできる。ウェブ検索すると、この事典をつくっていたときの森氏と古書店主の会話が残っており、森氏が刊行間際までベストのシムノン書誌を提供しようとしていたことがわかる。いま日本で出版されているシムノン書誌ならたぶんこれがいちばんだろうが、それでも完璧とはいえない。これは仕方のないことだ。事典の刊行後、仏語圏ではシムノン生誕100周年の2003年に合わせて有用な書誌がいくつも刊行されたからだ。しかし本連載を始めたときには、そうした事情も私はよく知らなかった。シムノンの翻訳を最晩年まで熱心に手がけていた長島良三氏の訳者あとがきや解説本も参考になったが、長島氏の記述には思い違いやミスも多いということに気づき始めたのは、メグレものを実際に5、6冊読んでからのことだった。

 ジョルジュ・シムノンはかつてべらぼうに売れた作家であるし、ペンギン・クラシックスでメグレ長編全75作品刊行プロジェクトが始まっている(しかもかなり順調に刷を重ねている)ことからもわかるように、いまも欧米では親しまれている。これだけ有名な作家なのだから、しっかりとした先行研究がたくさんあるはずだ。私はそう考えた。

 さすがにシムノンの蒐集で世界と勝負するつもりはない。だから私に必要なのは、どこにどんな書誌資料があり、どれを見れば確実で、かつ目的の情報にたどり着けるのか、まずそれを調べることだった。

 この連載をきっかけのひとつとしてシムノンを読んでいらっしゃる方も、自分でシムノンの生涯や書誌情報を調べてみたいと思うときがあるだろう。今回は私なりに資料を探し、考えた結果を皆さまにお伝えしたい。ジョルジュ・シムノンについて調査したいとき、何を参考にすればよいのか。ただ私が困ったのは、フランス語が読めないことなのである。だからフランス語がわからない人でも目的の資料に行き着けることが肝心だ。ある程度の覚悟は必要だが、そんなに怖じ気づく必要もない。私だって必要な部分はいまも Google 翻訳に原文を打ち込んで英語に訳して読んでいるのだ(翻訳家の方にしてみれば目を剥くような行為だろうがお許しいただきたい)。これから紹介する資料は、そんな語学力の私でも充分に役立ったものばかりである。

■大原則:最新の書誌を参照すること

 ジョルジュ・シムノンについて調べる際の大原則は、とにかく最新の書誌に頼るのがベストだということである。どんな書誌資料でも完璧ということはない。シムノンほど膨大な量の作品を残した作家だと、どれだけ調べ上げても漏れが残るのは必至だ。よって、どんなにすごいと感じた資料であっても鵜呑みにせず、必ず最新の書誌と比較して、もし記述に違いがあったらとりあえず最新の方を信頼しておく、という態度で臨むのがよいと思う。

 ではどの書誌が最新なのか? これは本当に時々刻々と変わるのでわからないとしかいえない。だが少なくとも現時点で最善と思える資料はある。最善のものを見ておけば、後に古い資料にあたっても混乱することはない。

■Omnibus社のウェブページは「最新ではない」

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 私もしばらく気づかなかったのだが、シムノン全集(Tout Simenon)の版元である Omnibus社[英語風ならオムニバスだが、仏語風ならオムニビュスか?]のウェブページ( http://www.toutsimenon.com )に記載されている書誌は、決して最新のものではない。ウェブページなのでつい「いつも最新の情報が載っている」と思ってしまうのだが、実は同社が後に出したメグレ全集(Tout Maigret)全10巻や硬質長編小説集(Les romans durs)全12巻の書籍版の方が、詳しくて新しい情報が載っているのだ! さすがにこれには「やられた!」と嘆きたい気持ちになった。【註1】

 2002-2004年に刊行された Omnibus社のシムノン全集全27巻は、かつて Presses de la Cité社[プレス・ド・ラ・シテ]から出た全集の再版で、シムノンが刊行した小説や自伝をほぼすべて読めるという点ではとてもよいのだが、掲載されている書誌情報はいまひとつだ。各作品の冒頭には、何年にどこの出版社から刊行、というごくそっけない記述しかなく、巻末にまとめて書誌リストが載っているがそれも最小限の情報のみで、執筆場所や刊行月までは書いていない。私は最初、このシムノン全集があれば充分だろうと思って27冊揃えたのだが、結局同社のメグレ全集や硬質長編小説集も集めざるを得なかった。ただシムノン全集版はメグレシリーズ・ノンシリーズを問わずほぼ刊行順に収録されているので、すぐページをめくって原文参照ができること、「シムノンの作品を順番に読む」という目標達成のために目次そのものがひとつの指針になることが特長である。

 シムノンは律儀(あるいは偏執的?)な性格だったのか、何年何月にどこで何という小説を書いたか、いつ出版契約を交わしたか、という詳しい情報がかなり残っており、フランシス・ラカサン氏を始めとする研究者によってまとめられている。またどこの雑誌の何号にどんな記事や小説を寄せたかという情報も、熱心な蒐集家たちによって調査が続いている。

 2007-2008年刊行のメグレ全集と2012-2013年刊行の硬質長編小説集には、そうした刊行当時の最新書誌情報が載っている。だから書誌情報も確認しつつシムノンを原文で読みたいという人は、いまならシムノン全集ではなく、メグレ全集と硬質長編小説集を最初に揃えるのがよいかもしれない。ただ、これだけでは読めないものもある。メグレものではなく、しかもシムノン自身が「硬質小説」に含めなかった作品、つまり初期のミステリー短編集『13の秘密』とか、単行本未収録でシムノン全集にのみ収録された新発掘のノンシリーズ短編、あるいは晩年の口述筆記による自伝群などだ。まあ、そこは仕方がないので、どうしても読みたいときだけシムノン全集の該当巻などで埋めることになる。近年Omnibus社からはジャンルミステリーの短編作品だけを集めた『Nouvelles secrètes et policières 1929-1938』『同 1938-1953[謎解き・探偵もの短編集](2014)も出たので助けになるだろう。結果的にはこの方が安くてお得になるはずだ。

■3人の研究者・蒐集家──基本の書誌

 いま世界的に名の知られたシムノンの研究者・蒐集家は3人いる。この人たちの代表的書籍をまず手元に置いておきたい。

  • ピエール・アスリーヌ氏

1. Pierre Assouline, Simenon: biographie, Gallimard, 増補版1996(原著1992)[シムノン:伝記]

2. Pierre Assouline, Autodictionnaire Simenon, Omnibus, 2009[シムノン自身の辞典]

 すでに本連載でもピエール・アスリーヌ氏の研究には何度か言及してきた。アスリーヌ氏は作家・ジャーナリストで、かつては雑誌編集者でもあったらしい。日本では評伝『ガストン・ガリマール』(みすず書房、1986)、『カーンワイラー』(同、1990)、小説『密告』(作品社、2000)、共著の評論『ウィキペディア革命』(岩波書店、2008)が翻訳刊行されている。とくに『ガストン・ガリマール』『密告』はシムノンと密接な繋がりがある。

 シムノンの評伝はいくつも出ているが、決定版といえそうなのが[1]だ。私のようにフランス語が読めないという人は、後述する英訳版を持っておくとよい。巻末には刊行順に並べられたシムノンの著作リストがあり、とても使いやすい。

 シムノンの言葉を辞典風にまとめた[2]を紹介するのは、アップデートされた巻末の書誌がやはり有用だからだ。こちらは出版社・叢書ごとに並べ替えられており、最初は見づらいと思ったのだが、調べてゆくうちにこの意義がだんだんわかってきた。シムノンは初期から中期、後期へと移る際に取引先の出版社を変えており、これが彼のキャリアに大きな影響を与えている。その変遷が見て取れる。

  • ミシェル・ルモアヌ氏

1. Michel Lemoine, Lumières sur le Simenon de l’aube (1920-1931), Céfal, 2012[シムノン黎明期の輝き(1920-1931)]

2. Michel Lemoine, L’autre univers de Simenon: Guide complet des romans populaires publiés sous pseudonyms, Éditions du C.L.P.C.F., 1991[シムノンの別世界:ペンネームで発表されたポピュラー作品完全ガイド]

 ルモアヌ氏はこのほかにも興味深いシムノン関連本を出しているが、まずはシムノンのペンネーム時代の作品群を見渡すために、この2冊を持っておきたい。[1]は1931年までのペンネーム刊行作品を、すべてカラーの書影つきで紹介した贅沢な本で、眺めているだけでも楽しくなる。たんにタイトルを列記した書誌と違って、書影やページ数がわかると、個々の本の佇まいが見えてくる。「なるほど、この本は艶笑譚の類なのだな」とか、「この本は長編ではなくて小冊子だったのか」といったことがわかる。以前にシムノンは一年で40冊以上もペンネーム作品を出していたと紹介したが、この資料をじっくり見ていると、必ずしもすべてが数百枚の長編だったわけではないことがわかってほっとする。シムノンだって人間だったのだ。

 [1]は書影にページを割いているので中身の紹介は本文の一部抜粋に留めているが、[2]には各作品の詳細なあらすじが書かれている(書影は載っていない)。この2冊を見た上で、自分の財布と相談しつつ、興味を持ったペンネーム作品を海外古書販売サイトで探してみるといいだろう。

  • クロード・マンギー氏

1. Claude Menguy, De Georges Sim à Simenon: bibliographie, Omnibus, 2004[ジョルジュ・シムからシムノンへ:書誌]

 マンギー氏はシムノンに関するおよそあらゆるものを集めている鬼の蒐集家で、彼のコレクションはときおり古書市の目玉となり、それ専用のカタログまで出回ったりする。[1]は以前にも紹介した通り、ペンネーム時代の長編・短編、本名名義の小説・ノンフィクション作品まで網羅した、現時点でもっとも詳しい書誌資料だ。雑誌掲載のものはその号数まで追跡してあるので、書籍にまとまらなかった初期ペンネーム作品を探すときはいちばんの助けになる。シムノン全集やメグレ全集の Omnibus社から刊行されているのがポイントで、おそらく後年のメグレ全集は、このマンギー氏から全面的な協力を得て書誌情報を刷新していると思われる。

 以上の5冊はシムノンを攻略しようとする際の必携書だといえる。これらを手元に置いておけば、何かわからないことがあっても深みに嵌まることはない。

 さらに以下の資料も紹介しておく。

 Omnibus社のページよりも充実したシムノン書誌サイト。ウェブ上のシムノン書誌ならここがもっとも信頼できると思う。フランスでも幻の作品となっているメグレもののオリジナルラジオドラマ脚本作品『Le soi-disant M. Prou』[プルー氏と呼ばれた男]についても詳しい情報あり。この脚本作品は正式なメグレシリーズにカウントされていないが、シムノン自身の筆によるもので、本当はこれを読まない限りメグレシリーズの完全攻略とはならない!(後述する「ジョルジュ・シムノン友の会」から2003年に同人復刻されたが、私は持っていないのだ。日本で所持している人はいるのだろうか?)。

  • The official Georges Simenon website( http://simenon.co[ジョルジュ・シムノン公式ウェブサイト]

 シムノンの息子ジョンが運営している公式ページ。

  • Le Centre d’études Georges Simenon et le Fonds Simenon de l’Université de Liège( http://www2.libnet.ulg.ac.be/simenon/[リエージュ大学ジョルジュ・シムノン研究センター・シムノン財団]

 リエージュ大学ジョルジュ・シムノン研究センターのウェブサイト。簡潔な書誌、作者紹介、映画化リストなど。近年は更新されていないようだ。しかしシムノンにする資料ならここが世界でもっとも充実したコレクションを誇っているはずで、後述するシムノンの研究機関誌「Traces」[足跡]の発行元でもある。西尾忠久、イラスト=内山正『ベルギー風メグレ警視の料理』(東京書籍、1992)に、この研究センターへの探訪記がある。

  • Maurice Piron, L’univers de Simenon: Guide des romans et nouvelles (1931-1972) de Georges Simenon, Presses de la Cité, 1983[シムノンの世界:ジョルジュ・シムノンの長編ならびに短編群(1931-1972)のガイド]

 ミシェル・ルモアヌ氏のコレクションをもとに、シムノン名義で刊行された小説のあらすじをリエージュ大学のモーリス・ピロン教授がまとめた本。書影は載っていない。

  • Robert Demeyer, Simenon en volumes: essai de bibliographie exhaustive des oeuvres de Georges Simenon publiées en volumes de langue française, Biblio-argus, 2003[シムノン大全:仏語出版されたジョルジュ・シムノン本徹底書誌の試み]

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 タイトル通り、フランスで出版されたシムノンの本を、異本・再版含めすべてリストアップする試み。よほどのマニアでない限り本書を参照する必要はないと思うが、念のため。ペンネーム時代の短編集収録作品のタイトルもすべて載っているのはありがたい(ただしリストは収録順ではなくアルファベット順)。2003年当時の平均古書価も記されている。

■歴史的意義の高い研究書

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1. Thomas Narcejac, Le cas Simenon, Le Castor Astral, 2000(原著1950)[シムノンの場合は]

2. Thomas Narcejac, The Art of Simenon, translated by Cynthia Rowland, Routledge & Kegan Paul, 1952[シムノン論]

3. André Parinaud, Connaissance de Georges Simenon, Tome 1. Le secret du romancier, Presses de la Cité, 1957[ジョルジュ・シムノン学 第1巻 作家の秘密]

4. Francis Lacassin & Gilbert Sigaux, Simenon, Plon, 1973[シムノン]

5. 長島良三編『名探偵読本2 メグレ警視』パシフィカ、1978【註2】

6. 松村喜雄『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史 日本推理作家協会受賞作全集52』双葉文庫、2000(原著1985)

 5冊の基本書誌以外にも、歴史的に大きな価値を持つ研究書はある。

 日本では推理作家ナルスジャックのシムノン研究が部分的によく知られている。中田耕治編『推理小説をどう読むか』(三一書房、1971)に訳載され、その後[5]にも訳語をアップデートして掲載されたトマ(トーマ)・ナルスジャック「メグレ警視論」(小副川明訳)は、[1]からの抜粋である。[2]はその英訳版だ(巻末に英訳タイトル・合本タイトルの一覧あり)。シムノン作品における「シンパシー」ということについては第2章の副題にもなっており、ここからいわれ始めたのかもしれない。この問題については私も興味があるので今後じっくり考えていきたい。

 [3]は全三巻でシムノンの全貌を分析しようとした野心的大著だったが、小説家としてのシムノンの出自を扱った第一巻しか刊行されなかった。しかし巻末のアンドレ・パリノー氏とシムノンの対談録は、シムノンの作家性を知るうえで重要な内容だと高く評価された。

 シムノンの研究で優れた業績を残したひとりがフランシス・ラカサン氏だ。かつての Presses de la Cité社版シムノン全集(現在の Omnibus版の前身にあたる)は彼の監修で編まれたものだろう。彼はシムノンの初期作品集やエッセイ集もいくつかまとめている。そのラカサン氏が作家のジルベール・シゴー氏とともに編んだ[4]は、おそらくシムノン研究を一気に成熟させた力作だった。共著者のシゴー氏も1967年から1973年にかけて出た Éditions Rencontre発行の Oeuvres complètes[全集](メグレシリーズ・ミステリー作品全XXVIII巻、ノンシリーズ作品・エッセイ他全44巻、計72巻)を編纂しており、当時初収録の講演録やエッセイを読者に広く紹介し、シムノン研究に大きく貢献している。

 [4]の巻末にはシムノンの著作リストも載っている。いまとなっては情報も古くなり、あえて参照する必要はなくなったが、執筆年月まで記載したこの書誌は、当時としては画期的なものだったはずだ。たぶん長島良三氏は[5]を編纂する際に[4]を参考にしたと思う。そして日本の読者は[5]を大いに参考にしながらシムノンを読んでいったと考えられるので、日本においてもシムノン書誌研究のルーツはラカサン、シゴー両氏にあるのだ。

 そして松村氏の[6]はフランス・ミステリーの精神性をヴィドック回想録とフィユトン(新聞連載小説のことだが、著者は深い意味を込めて用いている)から説き起こした評論書で、シムノンについてかなりのページが割かれており、当時のシムノン研究書にも言及し、[1, 3, 4]については詳しい紹介も載せている。シムノンという作家をフランス・ミステリー全体から眺めるためにぜひ読んでおきたい一冊だ。1985年の晶文社版には多くの書影も掲載されている。

■ペンネーム時代の作品を調べる

1. Claude Menguy, De Georges Sim à Simenon: bibliographie, Omnibus, 2004 [ジョルジュ・シムからシムノンへ:書誌]

2. Michel Lemoine, Lumières sur le Simenon de l’aube (1920-1931), Céfal, 2012[シムノン黎明期の輝き(1920-1931)]

3. Michel Lemoine, L’autre univers de Simenon: Guide complet des romans populaires publiés sous pseudonyms, Éditions du C.L.P.C.F., 1991[シムノンの別世界:ペンネームで発表されたポピュラー作品完全ガイド]

4. Pierre Assouline, Autodictionnaire Simenon, Omnibus, 2009[シムノン自身の辞典]

5. 松村喜雄『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史 日本推理作家協会受賞作全集52』双葉文庫、2000

 いずれもすでに紹介した資料である。本のかたちで刊行されたペンネーム作品なら[2, 3]があればだいたいわかる。書籍未収録の雑誌掲載作品まで調べるなら[1]は欠かせない。ただ、マンギー氏ほどのすさまじいコレクターであっても、完璧なリストはつくれないのだということもよくわかる。だからこそ、自分で発見する楽しさも残されているのだ。

 [4]の巻末リストの有用性は、とりわけペンネーム作品を調べているとよくわかる。この叢書の収録作品は戦後に再刊されているものが多いので読み応えのある長編だろうとか、こちらの叢書は小冊子形式なので実は長編というより中短編の長さだったのだ、などということが見えてきて興味深い。

 松村氏の[5]にはペンネーム作品のリストが仮の邦題つきで載っている。ただし松村氏はそれらすべてに目を通したわけではないようなので、[3]であらすじを確認しつつ、自分なりにタイトルを試訳してみるのがよいと思う。

■英訳された書籍を調べる

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1. Pierre Assouline, Simenon: a biography, translated by Jon Rothschild, Alfred A. Knopf, 1997[シムノン:伝記]

2. Trudee Young, Georges Simenon: A Checklist of His “Maigret” and Other Mystery Novels and Short Stories in French and in English Translations, The Scarecrow Press, 1976 [ジョルジュ・シムノン チェックリスト:仏語原著ならびに英訳された?メグレ?と他のミステリー長編と短編群]

3. Steve Trussel, Penguin Maigrethttp://www.trussel.com/maig/penguin/penguin.htm[ペンギン版メグレ]

 フランス語は読めないが、英語に翻訳されているならそちらでシムノンの未邦訳作品を読んでみたい、という人もいるだろう。あるいは英語の文献でシムノンについての記述を見たとき、そこで言及されている作品を特定したいという人もいるかもしれない。

 アスリーヌ氏の評伝『シムノン』の英訳[1]は、巻末の著作リストに英訳版タイトルも併記してあるので、さっと調べるには使い勝手がよい。ただし、イタリックで書かれたものが実際にイギリスかアメリカで英訳出版されたタイトル、ふつうの表記で書かれたものは当時英訳出版されていなかった試訳のタイトルなので、ご注意のほどを。

 古い資料だが[2]はシムノンの著書を出版年順に並べ、それぞれフランスでの再版本とイギリス、アメリカでの翻訳本の書誌をまとめたもの。シムノンの作品はもともと英米であまり売れなかったが、どれも短い作品なので2作品を1冊にまとめたところ売れるようになった、という経緯があるらしい。こうした合本形式では別途書籍タイトルが冠されることも多く、「この長編の英訳を読みたいんだけど、どこから出たんだろう?」と探すとき障壁になりやすい。この資料を使えば、どの作品とどの作品がなんという合本で英訳されたのかわかる。

 より新しいリストとしては次のものがあるが、かなりマニア向けだ。

  • Peter Foord, Georges Simenon: A Bibliography of the British First Editions in Hardback and Paperback and of the Principal French and American Editions with a Guide to Their Value, Dragonby Press, 2005[ジョルジュ・シムノン:英版初刷ハードカバー&ペーパーバックならびに主要な仏版・米版の書誌とその古書価ガイド]

 私が持っているのは1988年に出たものの新装版(?)で、出版社のコピーライト表示はあるが、A4の紙に両面印刷してステープラーで留めただけのもので、製本されてはいない。たとえばアメリカのペーパーバック叢書 Signetでどんな本が出ていたか、といったリストがわかる。

 書影を知りたいという人もいるだろう。書物愛好家は中身を読むだけでなく、造本・ブックデザインの素晴らしさに感嘆し、その手触りさえ慈しむものだ。[3]の個人ウェブページには、ペンギンブックスから刊行されたメグレものの作品に絞ってその書影が掲載されている。ペンギンのシンプルだがときに大胆なデザインは読書心をくすぐるものだ。ペンギンからはノンシリーズの作品もいろいろと出ているので、それらを集めるのも楽しい趣味になるだろう。

 英訳ペーパーバックの書影の一部は、「小鷹信光文庫 ヴィンテージペイパーバックス」のウェブページでも楽しむことができる。

 メグレシリーズのペンギン新英訳に関しては下記の作家特設ページを見るのがよい。新英訳版ではタイトルも原著のそれに近いものになっている。

 なおペンギンブックスの装丁なら『Seven Hundred Penguins[ペンギンの700冊](Penguin Books, 2007)やフィル・ベインズ『ペンギンブックスのデザイン 1935-2005』(山本太郎監修、齋藤慎子訳、ブルース・インターアクションズ、2010)といった本も出ているので、興味のある方はどうぞ。

■全集に収録されていないエッセイや書簡類を調べる

1. Pierre Assouline, Autodictionnaire Simenon, Omnibus, 2009[シムノン自身の辞典]

2. Claude Menguy, De Georges Sim à Simenon: bibliographie, Omnibus, 2004[ジョルジュ・シムからシムノンへ:書誌]

3. Cahiers Simenon, Les Amis de Georges Simenon, 1988-(2015年10月現在で既刊28冊か)( http://lesamisdegeorgessimenon.blogspot.jp/2009/04/publications-des-amis-de-georges.html[シムノン雑記帳]

 シムノンを調べていて当惑するのは、単行本として過去に刊行された小説作品はOmnibus社の全集に入っているからいいとして、それ以外のエッセイやルポルタージュ作品、書簡類がまとまっておらず、あちこちから出版されていて全貌が見えにくいことだ。ここではどんなノンフィクション作品が実際に出版されているかというよりも、どうやったらそうした情報に行き着けるかという観点から資料を紹介したい。

 まず[1]の巻末には「ÉDITEURS DIVERS」[さまざまな編集者による書籍]としてエッセイ集やルポルタージュ集のリストがある。[2]にも「ARTICLE DIVERS」[さまざまな記事]という章が立てられており、小説作品ではない文章の書誌(雑誌掲載号の情報を含む)がまとまっている。また後述するがベルギーに「ジョルジュ・シムノン友の会」という研究サークルがあり、この年会誌「シムノン雑記帳」[3]にはミシェル・ルモアヌ氏やクロード・マンギー氏も積極的に寄稿していた。私は年会誌のすべてを揃えたわけではないが、手元にあるなかでは4号にシムノンの記事・ルポルタージュ作品リストが、また12号にはシムノンの往復書簡集リストなどが載っており、参考になった。このあたりのリストから自分のほしい資料を探してゆくのがよいと思う。

■研究書や批評を調べる

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1. Pierre Assouline, Autodictionnaire Simenon, Omnibus, 2009[シムノン自身の辞典]

2. Michel Schepens, Bibliographie illustrée des écrits sur Georges Simenon publies en langue française, Les Amis de Georges Simenon, 2010[仏語出版されたジョルジュ・シムノン研究書書誌]

 シムノンの研究書は山のようにあり、さすがに全貌を捉えることは難しい。重要作と思われても私が入手できていないものは多い。展覧会の図録もたくさんあり、またシムノンの生涯をたどった本もさまざまなアプローチで出ている。

 よほどの研究家でない限り何十冊も集める必要はないと思うし、私もそのつもりはない。ただ、どのような研究書が出ているのかがわかるようなリストを手元に置いておくのは有益かもしれない。

 アスリーヌ氏の[1]の巻末には、「SUR GEORGES SIMENON」[ジョルジュ・シムノンに関する本]が24ページにわたって掲げられている。ただ、これだとどれが面白そうなのかわからない。[2]は「ジョルジュ・シムノン友の会」が発行した研究同人誌で、タイトル通りフランス語で書かれた研究書がカラーの書影つきで示されており、こちらの方が想像力を刺激されてわかりやすい。

 私はフランス語が読めないので、研究書を参照するといっても、もっぱらリスト類や展覧会図録を眺めることになる。図録は私たち日本人でも楽しめるものが多いので、機会があれば別途紹介したい。ほかにも英語に翻訳された研究書や、もともと英語で書かれた研究書でよいものがあれば、それらも合わせて取り上げられるとよいのだが、そうした本を読むのはもう少しシムノンの作品に馴染んでからになるだろう。

 ウェブで入手できるリストとしては、次のものがよくまとまっている。

 この他、英語圏におけるシムノン評価の例として、カーカスレビュー、アントニー・バウチャー、アントニイ・バークリーの書評を紹介しておく。カーカスレビューのシムノン評は公式ウェブサイト( https://www.kirkusreviews.com )でシムノンの名を検索すれば読める。

 バウチャーの書評は下掲の2冊にまとめられている。バークリーのシムノン評は三門優祐氏により2015年5月に研究同人誌『アントニイ・バークリー書評集vol.2』として邦訳された。Twitterアカウント「バークリー書評集製作委員会」( @ABC_reviews )参照。

  • Anthony Boucher, edited by Robert E. Briney and Francis M. Nevins Jr., Multiplying Villainies: Selected Mystery Criticism 1942-1968, Bouchercon Books, 1973 限定500部、付バウチャーのポートレイト一葉[悪事の掛け算:ミステリー評論選集1942-1968]
  • Anthony Boucher, edited by Francis M. Nevins, The Anthony Boucher Chronicles: Reviews and Commentary 1942-1947, Ramble House, 2009[アントニー・バウチャー・クロニクル 書評とコメント 1942-1947]

【註1】

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 この公式ウェブサイトも、細かく見てゆくとふしぎなことがある。たとえば私が購入したシムノン全集第20巻の表紙と、公式ページに掲載されている書影を見比べてみてほしい。公式ページの書影(各国Amazonの書影も同じ)では、最後に掲載されているルポルタージュ短編「Le Capitaine Philps et les petits cochons [フィルプ船長と子豚たち]のタイトルがなく、リストにも未掲載なのである。他にも第17巻の短編「La nuit du pont Marie」[マリー橋の夜]のタイトルが、表紙や公式ページの目次に未掲載。

【註2】

 長島良三氏は、[5]に収められた書誌に限らず『死せるギャレ氏』という表記を用いたが、そういうタイトルの書籍は存在しないので注意。『死んだギャレ氏』が正しい。シムノンを集めようとするとき誰もが最初に混乱するところだ。

 ただし雄鶏社「おんどりみすてりい」シリーズの近刊として、永戸俊雄訳『死せるガレ氏』というタイトルがアナウンスされたことはある。実際には刊行されなかった。

番外編 シムノンを調べる(後篇)につづく。●

(記事中写真:瀬名秀明)

瀬名 秀明(せな ひであき)

 1968年静岡県生まれ。1995年に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞受賞。著書に『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団(原作=藤子・F・不二雄)』『新生』等多数。

 雑誌「小説推理」2016年6月号(4月下旬発売)から、新作長篇『この青い空で君をつつもう』の短期集中連載が始まりました。商業誌に小説をまともに掲載していただくのは実に2年8ヵ月ぶり。故郷の静岡を舞台とした青春小説です。連載は8月号(6月下旬発売)までの全3回。どうぞご支援よろしくお願いいたします。

●序盤

●大原則:最新の書誌を参照すること

●3人の研究者・蒐集家──基本の書誌

  • ピエール・アスリーヌ氏
  • ミシェル・ルモアヌ氏
  • クロード・マンギー氏

●その他

●歴史的意義の高い研究書

●英訳された書籍を調べる

●研究書や批評を調べる

【註1】


【毎月更新】シムノンを読む(瀬名秀明)バックナンバー