◆【祝】横山秀夫『64』、インターナショナル・ダガー賞ノミネート

 日本時間の2016年5月21日未明、英国推理作家協会(CWA)インターナショナル・ダガー賞の「第一次候補」8作が発表され、そのうちの1作に横山秀夫『64(ロクヨン)』が選出された。『64』は日本では2012年10月に刊行され、『このミステリーがすごい!』で第1位になるなど高い評価を受けた作品である。そして2016年3月にはイギリスでその英訳版『Six Four』(ジョナサン・ロイド・デイヴィズ訳)が発売され、やはり高い注目を浴び、インターナショナル・ダガー賞へのノミネートという成果を上げることとなった。英国推理作家協会賞(CWA賞)への日本作品のノミネートはこれが初である。

 『64』は2013年に韓国台湾で翻訳出版されており、今後はアメリカ(2017年2月予定)、フランス、イタリア、オランダでの刊行も予定されているという。

 インターナショナル・ダガー賞については2年前に「紹介記事」を寄稿させていただいたが、改めて説明すると、これは英国推理作家協会賞(CWA賞)の翻訳ミステリー部門であって、イギリスで対象期間内に翻訳出版された長編ミステリー(かつ、出版社がエントリーの届け出をした作品)が審査対象となる。

 今年は例年と異なる点があるので、その説明も必要だろう。インターナショナル・ダガー賞は従来、前年6月から当年5月に翻訳出版された作品が対象だったが、来年(2017年)からは「前年4月〜当年3月」へと対象期間が変更になる。今年はその移行期間であり、対象となったのは「2015年6月〜2016年3月」の10ヶ月間に翻訳出版された作品である。

 また、発表の方式も変わっている。今までは「最終候補作(5〜7作)発表 → 受賞作発表」という流れだったが、今年から「第一次候補作発表 → 最終候補作発表 → 受賞作発表」と、候補作の発表が2段階になった。『64』は現在、第一次候補(ロングリスト)に選ばれている状態であり、これからさらに最終候補作(ショートリスト)へと絞り込まれ、その後受賞作の発表という流れになる。最終候補作や受賞作の発表がいつになるのかは英国推理作家協会の公式サイトを見ても書かれていないが、朝日新聞の報道によると7月下旬に最終候補作の発表、10月11日に受賞作の発表という予定になっているそうだ。

 なお、今年のインターナショナル・ダガー賞の第一次候補8作には『64』のほか、すでに邦訳の出ているピエール・ルメートル『天国でまた会おう』、ヨハン・テオリン『夏に凍える舟』、そして東京創元社から来月(2016年7月)刊行予定のザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』なども選出されている。第一次候補8作の一覧は以下のとおりである。(未邦訳作品は英題を示す)

  • 【スウェーデン】ヨハン・テオリン『夏に凍える舟』
  • 【スウェーデン】Leif G.W. Persson 『The Sword of Justice』
  • 【スウェーデン】Anton Svensson 『The Father』
  • 【独】ザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』
  • 【独】Cay Rademacher 『The Murderer in Ruins』
  • 【仏】ピエール・ルメートル『天国でまた会おう』
  • 【南アフリカ】デオン・マイヤー(デオン・メイヤー)『Icarus』
  • 【日本】横山秀夫『64』

※Anton Svenssonは、ベリエ・ヘルストレムと組んで小説を発表していたアンデシュ・ルースルンドが新たなパートナー、Stefan Thunbergとともに合作小説を発表する際のペンネーム

 デオン・マイヤー(デオン・メイヤー)はアフリカーンス語で執筆する南アフリカ共和国のミステリー作家で、4度目のノミネート。2012年のインターナショナル・ダガー賞ノミネート作『追跡者たち』のほか、2009年のドイツ・ミステリー大賞受賞作『流血のサファリ』、2010年のスウェーデン推理作家アカデミー最優秀翻訳ミステリー賞受賞作『デビルズ・ピーク』が邦訳されている。

◆インターナショナル・ダガー賞の「その後」

 インターナショナル・ダガー賞について寄稿させていただいてから、もう2年が経ってしまっている。ここでは「その後」の最新情報を紹介したい。まずは改めて、過去の受賞作一覧を示しておく。(未邦訳作品は英題を示す)

  • 2006年【仏】フレッド・ヴァルガス『死者を起こせ』
  • 2007年【仏】フレッド・ヴァルガス『Wash This Blood Clean From My Hand』(東京創元社より近刊)
  • 2008年【仏】Dominique Manotti『Lorraine Connection』
  • 2009年【仏】フレッド・ヴァルガス『青チョークの男』
  • 2010年【スウェーデン】ヨハン・テオリン『冬の灯台が語るとき』
  • 2011年【スウェーデン】ルースルンド&ヘルストレム『三秒間の死角』
  • 2012年【イタリア】アンドレア・カミッレーリ『The Potter’s Field』
  • 2013年【仏】ピエール・ルメートル『その女アレックス』および【仏】フレッド・ヴァルガス『Ghost Riders of Ordebec』
  • 2014年【スペイン】アルトゥーロ・ペレス・レベルテ『The Siege』
  • 2015年【仏】ピエール・ルメートル『Camille』(文春文庫で近刊)

 2年前の寄稿の時点でまだ邦訳が出ていなかった2013年の受賞作、ピエール・ルメートル『その女アレックス』(カミーユ警部シリーズ第2作)が、2014年9月に邦訳出版され日本のミステリー界を席捲したのは周知のことであろう。

 2014年には同シリーズの第1作、『悲しみのイレーヌ』(邦訳2015年)がノミネートされたが、この年はアルトゥーロ・ペレス・レベルテがスペイン人として初受賞している。2015年はピエール・ルメートルがカミーユ警部シリーズ第3作『Camille』で2度目の受賞を果たした。

 2年前の記事で2014年のノミネート作一覧を挙げたが、その中に非常に気になる1作があった。「現在もドイツの東西分断が続いている、という架空の歴史設定の東ドイツを舞台にした」ドイツミステリー、『Plan D』である。これはちょうど今月、ジーモン・ウルバン『プランD』として早川書房から邦訳出版される(6月9日発売、早いところではもう売っているかもしれない)。

 2年前の記事にもう1つ補足をしておこう。インターナショナル・ダガー賞ができる以前の2003年にロシアのボリス・アクーニンが『堕ちた天使—アザゼル』(邦訳2001年、作品社)でゴールド・ダガー賞にノミネートされていると書いたが、この作品は2015年に改訳・改題され『堕天使(アザゼル)殺人事件』(岩波書店)のタイトルで出版されている。同時に『トルコ捨駒スパイ事件』が初訳された。どちらも《ファンドーリンの捜査ファイル》シリーズの1作だが、今後とも邦訳が続いてほしいものである。

◆日本ミステリー英語圏進出の「その後」

 日本ミステリーの英語圏進出に関しては、2年半前に「日本のミステリー小説の英訳状況」(2013年11月)および「アメリカのミステリー賞と日本ミステリー」(2013年12月)という記事を寄稿させていただいた。その後、日本ミステリーの英訳出版は微増傾向にある。そして先月(2016年5月)は、日本ミステリーの英訳書が4冊刊行されるという前代未聞なことが起こっている。

  • 薬丸岳『刑事のまなざし』 A Cop’s Eyes
  • 誉田哲也『ストロベリーナイト』 The Silent Dead
  • 有栖川有栖『孤島パズル』 The Moai Island Puzzle
  • 綾辻行人『Another エピソードS』 Another Episode S / 0 (清原紘「Another 0」[漫画]も収録)

※英訳版『孤島パズル』はamazonのデータで「3月15日発売」となっているが、実際は5月21日発売

 また、年内には以下のような作品の英訳出版が予定されている。

  • 2016年6月:松本清張『聞かなかった場所』 A Quiet Place
  • 2016年7月:中村文則『王国』 The Kingdom
  • 2016年7月:中山七里『追憶の夜想曲(ノクターン)』 Nocturne of Remembrance
  • 2016年8月:野沢尚『深紅』 Deep Red
  • 2016年10月:東野圭吾『ゲームの名は誘拐』 The Name of the Game is Kidnapping

 「日本のミステリー小説の英訳状況」の寄稿から2年半。その間に、日本ミステリーの英訳をめぐってはさまざまな話題・出来事があった。そこで今回から数回に分けて、「その後」の主なトピックを紹介していきたい。

◆『告白』の快進撃

 湊かなえ『告白』の英訳版『Confessions』(スティーヴン・スナイダー訳)は2014年8月に英米で発売され、各方面で高評価を得た。列挙すると以下のとおりである。

  • 2014年12月、米国『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙で2014年ミステリーベスト10の1作に選出される。
    • ほかの選出作はベンジャミン・ブラック『黒い瞳のブロンド』など。
  • 2015年2月、全米図書館協会アレックス賞を受賞。
    • 「ヤングアダルト世代に薦めたい一般書」に授与される賞で、毎年10冊が受賞作として選ばれる。この年のほかの受賞作はアンディ・ウィアー『火星の人』、ジョン・スコルジー『ロックイン−統合捜査−』など。
  • 2015年3月、ストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞にノミネート。
    • 受賞したのはElizabeth Little『Dear Daughter』(未邦訳)。ほかのノミネート作はトム・ボウマン『ドライ・ボーンズ』、メアリー・クビカ『グッド・ガール』など。
  • 2015年5月、シャーリイ・ジャクスン賞長編部門にノミネート。
    • 心理サスペンス、ホラー、ダークファンタジーなどが対象。受賞したのはジェフ・ヴァンダミア『全滅領域』

 2017年3月には英訳第2作『Penance』も出版予定である。おそらくは『贖罪』の英訳だろう。

 『告白』の英訳者のスティーヴン・スナイダー(Stephen Snyder)氏はほかに桐野夏生『OUT』、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(Remote Control)、吉村昭『仮釈放』(On Parole)、舞城王太郎『阿修羅ガール』(Asura Girl)、小川洋子『博士の愛した数式』(The Housekeeper and the Professor)、『寡黙な死骸 みだらな弔い』(Revenge)などを英訳している。

 『告白』は欧米ではイタリア語訳が2011年に発売になっていたが、続いて2014年8月に英訳、そして2015年5月にフランス語訳が出版された。英語圏進出の話題とは少々ずれてしまうが、この仏訳版は2015年6月、フランス推理小説大賞(翻訳作品部門)にノミネートされている。ほかのノミネート作はジェイムズ・エルロイ『背信の都』、ドン・ウィンズロウ『失踪』、ベン・H・ウィンタース『地上最後の刑事』、ジェイソン・マシューズ『レッド・スパロー』、ザーシャ・アランゴ『悪徳小説家』など。受賞したのは日本未紹介のスペインの作家、Víctor del Árbolの『Un millón de gotas』だった。

 唐突だがフランス推理小説大賞といえば、筆者が偏愛するジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『赤い右手』は1951年のこの賞の受賞作である。国書刊行会《世界探偵小説全集》の1冊として邦訳されたのち、2014年11月に東京創元社から文庫版が出版されたが、この売れ行きが良ければ同作者のほかの作品も邦訳の可能性が出てくる……らしい(というか、訳者の夏来健次氏が「訳者あとがき」で明示的にそう書いている)。皆さん、書店で見かけたらぜひ手に取ってみてください。同じく夏来氏訳の、アンソロジー『密室殺人コレクション』(原書房)に収録されている「つなわたりの密室」も傑作です!

 ……『赤い右手』が好きすぎて最後は少々脱線してしまったが、〈日本ミステリー英語圏進出の「その後」(2)〉に続く。

松川 良宏(まつかわ よしひろ)

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 アジアミステリ研究家。『ハヤカワミステリマガジン』2012年2月号(アジアミステリ特集号)に「東アジア推理小説の日本における受容史」寄稿。論創ミステリ叢書『金来成探偵小説選』(2014年6月)解題執筆。ほかに「日本作家の英米進出の夢と『EQMM』誌」(『本格ミステリー・ワールド2015』)、「日本作家の英米進出の現状と「HONKAKU」」(『同2016』)。マイナーな国・地域の推理小説をよりメジャーな世界へと広めていくのが当面の目標。

 

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