——知力体力総動員! 難攻不落の要塞に潜入せよ!

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:杉江松恋著『海外ミステリーマストリード100』をテキストに、翻訳ミステリーとその歴史をイチから学ぶ「必読!ミステリー塾」。

今回は当連載初の冒険小説、アリステア・マクリーン著『ナヴァロンの要塞』。1957年の作品です。このジャンル、お待ちかねだった方も多いのでは?

 エーゲ海に浮かぶナチス支配下のナヴァロン島。堅牢に築かれた要塞では恐るべき破壊力の大砲が連合軍将兵1200名を殲滅せんと狙いをつけていた。

 この難攻不落の島に潜入し、巨砲の爆破を命じられたのは世界的登山家キース・マロリーを指揮官とする5人の精鋭たち。

 断崖絶壁に囲まれた島への上陸、予想外の悪天候、大怪我や物資の不足、そして追手はナチス精鋭の山岳部隊。次々に襲いかかるアクシデントを彼らは乗り切ることができるのか?

 作者のアリステア・マクリーンは1922年にスコットランドで生まれました。第二次世界大戦中はイギリス海軍に従軍し、日本軍の捕虜になった経験もあるそうです。

 戦後、大学を卒業してから教師になり、戦時中の経験を元に書いた処女長編『女王陛下のユリシーズ号』で大成功。それからは作家に専念して多くの戦争、スパイ、冒険小説を発表し大変な人気作家となりました。しかし晩年はアルコール中毒となり、1987年にミュンヘンで死去。

 この『ナヴァロンの要塞』は長編2作目で、1961年にグレゴリー・ペック主演で映画化されました。また本作の主要人物マロリー、アンドレア、ミラーは後に『ナヴァロンの嵐』で再登場するだけでなく、1990年代にはサム・ルウェリンが『ナヴァロンの風雲』『ナヴァロンの雷鳴』として続篇を書いています。

 さて、冒頭で「冒険小説」と申しましたが、そもそも冒険小説とはなんぞや?

 ググってみると「冒険」とは危険なのを承知のうえで敢えて何かを行う、成功するかどうかわからないことを敢えてやってみること、らしい。

『ナヴァロンの要塞』の「ナチスが占拠している島に行って大砲を爆破してきなさい」という超危なくて超ムリっぽい目的は間違いなく冒険。そこに「特殊任務につく各方面の専門家」という戦隊ヒーロー的ワクワク感(ちょうど5人だし!)が伴うのですから、冒険小説のお手本といってもいいのかもしれません。

 経験を積んだ者ならではの知恵と不屈の精神、極限状態での冷静さとそこから生み出される絶妙の連携、気持ちの良い潔さ、立場を超えて解りあう山の男たち……いや〜堪能、堪能。カッコよくってシビれまくり。もうシビれてシビれて、オバチャン、座布団から立ち上がろうとしてズッコケたじゃないの。

 ミステリー小説は、犯人は誰? 動機は? 過去の因縁とは? などと考えながら読むことが多いのですが、今回思うところはただ一つ。

「死なないで!!」

 成功、生還を願って読む。なんて健全なのでせう!(普段どんだけ不健全なのか)

 誰ひとり死んで欲しくないし、できることなら誰をも殺さないで欲しい。もちろんそうはいかないので、胸を痛めたり打たれたりしながら読んでいました。特に大怪我をした若き登山家スティーヴンズ君のことはまるで母にでもなった気分で心配しまくりでしたよ。(彼の受難は酷すぎると作者に嘆願したい)

 あ、ついノリノリでこのまま語り続けるところだった。

 このお話はどストライクであろう加藤さん、同じ登山を志す者としてどうよ?

加藤:今回久しぶりに『ナヴァロンの要塞』を読み、そのまま続けて『女王陛下のユリシーズ号』に突入し(村上博基さん追悼)、さらに映画『ナバロンの要塞』『ナバロンの嵐』『荒鷲の要塞』を立て続けに観てしまいました。

 とくに映画はツッコミどころもいっぱいだけど、やっぱりいいね〜王道ですね〜。

 ハードボイルドがアメリカのものであるように、冒険小説とスパイ小説はやはりイギリス。そこにハリウッドが絡むと、またちょっと違ったテイストのエンタメになるのが面白いですね。『ナバロンの嵐』にはハリソン・フォードが、『荒鷲の要塞』にはクリント・イーストウッドが、それぞれ主人公とバディを組むアメリカ人将校として出てるって聞いただけで面白そうでしょ。

 さて、『ナヴァロンの要塞』の主人公は世界一のロック・クライマーと目されるニュージーランド人のキース・マロリー大尉。

 このミッションのリーダーに彼が選ばれた理由はただ一つ。ナヴァロン島唯一の上陸可能地点が、島の南側、400フィートの高さに切り立つ断崖絶壁。そこを登ることができるのは、連合軍に人多しといえども彼しかいないからなのであります。

 しかし、彼がその特殊能力を発揮する見せ場は、物語のほんの序盤。嵐のなかの登攀シーンだけだったりします。なんとか上陸に成功したあと、彼はリーダーの役割に徹するのですが、むしろそこからが格好いいのですね。何度も窮地に陥り、そこから脱する度に急造チームに血が通ってくるのにも痺れます。

 実は、きたる7月2日の名古屋読書会は「冒険小説」というテーマが最初に決まっていて、最後まで課題本の候補に残ったのが『深夜プラス1』と、この『ナヴァロンの要塞』でした。

 しかし、北上さんにご推薦いただいたにも関わらず『ナヴァロンの要塞』を最後まで推せなかった大きな理由は、女性読者の反応が厳しいと思われたこと。なんてったって名古屋読書会は参加者の80%以上が女性で、さらに、そのツッコミの鋭さと容赦の無さはつとに知られるところです。ナヴァロン島に上陸したマロリー一行をナチスよりも激しく追いつめるのが目に見えるようでした。そもそも、この話には女性が全く登場しないし、腐りどころも見当たらない。これはダメだと。(とはいえ、同じく腐るはずがないと思っていた『深夜プラス1』も名人の手にかかるとコレだから安心はできないけど)

 いま、この原稿を書いていてつくづく思うのは、冒険小説の面白さ、読みどころを、あまり興味の無い人にどのようにして伝えるのかは、とても難しいってこと。書けば書くほど、不安になってきます。ウニとか牡蠣が嫌いな人に、その美味しさを力説するみたいな虚しい作業に思えて仕方ない。そもそも僕は、それほど冒険小説に強いわけでもないし。

 そーいえば、畠山さんは一時期アンディ・マクナブやクリス・ライアンのSAS物にハマってたっけね。

畠山:あれーっ!? 加藤さんは血液検査でわかるくらいの冒険小説猛者なんだと思ってたけど違ったの? なんだか焼きそば弁当が北海道限定品だと知った時の驚きに近いなぁ。(ワカリヅライ)

 しかも貴方、腐りどころが見当たらないとはなんたること!

 理想の上司みたいな主人公マロリーと、スーパー頼りになる相棒アンドレア、爆発物専門のヘンなアメリカ人ミラー、機械オタクのブラウンに、敵ながらマロリーを尊敬するテュールジッヒ……だれもかれも素晴らしいとしかいいようがない、まさに楽園、腐的にアモーレ!

 ……嗚呼すみません、つい取り乱してしまいました。アタシったらはしたない。(具体的なアモーレ鑑定はあとでこっそりじっくりやりましょう、♪akiraさん!)

 女性読者は勇ましい系の話が苦手、という世の思い込みをスカッと裏切り、私はナントカ部隊と言われると心拍数が上がるタイプです。屈強な男どもがズラッと並んで「いらっしゃいませ♪」してるようなお話は、こっちも気合満点で「さぁ楽しませてもらおうじゃないの!!」的な変な闘志が湧いてくるというかなんというか…って我ながら何なんだ、この表現は。

 ところが、その闘志には不釣り合いなほど武器や乗り物、専門用語に全く明るくないうえに、情景描写の把握もヘタクソなのでぼやーっとした印象のまま読み進めるテキトー読者なのデス…それなのになぜそこまでヤル気満々になれるのか自分でも疑問に感じてはいるのだけど。

 本作では断崖を上るシーンで「オーヴァーハングってなに?」「チムニーってなに? 車? それジムニー」と思ってたり、要塞の周辺や内部の構造は頭の中でほぼピカソの絵のようになったりしていましたが、「順調っぽい」「ピンチかも」程度の理解でまったく問題なし。ご異論のある方もいらっしゃるでしょうが、とにかく問題なし。細かいことは気にせず突き進みましょう!(←特殊任務で真っ先に死ぬタイプ)

 マロリー率いる破壊工作チームは、秀でた才能や卓越なる技能を持った特別な人達ではあるけれど、弱さももちろん持っているあくまで生身の人間。そんな彼らが死線をかいくぐりながら何を思い、考え、何を選び、何を諦め、人を信じ、裏切られ、その向こうに何を見つけるのか。そもそもそこまで生きていられるのか。まるで自分自身がマロリー部隊の6人目の隊員にでもなったかのような距離感でハラハラドキドキ、疲労困憊、もらい泣きです。

 決して連合軍ヒーローだぜヒャッハー! なお話しではありません。マロリー達の果断な行動から苛酷な任務でも同胞の命がかかっていたら否やはなく、生き残るためには殺さなくてはならない戦場のむごさが読み取れます。

 今まで興味がなかったなぁという方も、ぜひ読んでみて欲しいと思います。できれば『女王陛下のユリシーズ号』もご一緒に。鳥肌、むせび泣きの連続ですから!

 ところでハヤカワさん、そろそろ本作も新訳いきませんか? そろそろ<フケツのミラー>に新しい呼び名をつけてあげたい。フケツ…それはいつも薄汚れた格好のミラーの愛称(?)なのです。そのものずばり「不潔」。マロリーなんかはいきなり「フケツ!」って呼んだりするのでちょっと可哀相。てか可哀相を超えてイジメのレベルかも。原文はDustyらしいですね。21世紀の読者には“ダスティ”ミラーでいいかもしれません。

 他にもアンドレアは「手裏剣」使ってるし、要塞内部に「忍びがえし」もありましたしねw(日光江戸村かいな!)

加藤:ちなみに、東京創元社のSさんと北上次郎さんの人気連載「冒険小説にはラムネがよく似合う」の第一回が『ナヴァロンの要塞』でした。

 ●第1回 アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』の巻その1

 ●第2回 アリステア・マクリーン『ナヴァロンの要塞』の巻その2

 改めて読んでみると、Sさん思いっきり引いてるやん。「一気に読破しました。本当に面白かったです。」って書きながら目が泳ぐSさんの顔が目に浮かぶようだもん。

 まあ、気持ちは分からないでもないのですが、こんなガチガチの「ザ・冒険小説」って感じの『ナヴァロンの要塞』にだって意外とミステリーとしての要素はたくさんあるんですよね。どうやったらミッションを成し遂げられるのかが最大のミステリーであるのは当然として、ほかにも、中盤に一行がナチスに捕まったときは「ここからどうやって脱出するのか」は不可能犯罪の謎解きっぽいともいえるし、また途中からは、彼らの行動がナチスに筒抜けになっているのが明らかになってきて、その理由の推理を強いられたりもする。

 嵐に雪に絶望的な絶壁、そして行く先々に待ち受けるナチスと、もうスリルとサスペンスの連続で、作戦立案者の偉い人も、当のマロリーたちも、こんな作戦が万が一にも成功するとは思っていない。そして、マクリーンはこういう絶望的な状況における男たちの矜持や、それでも前へ進むひたむきな熱さを描かせたらもうピカイチです。なんたって、デビュー作が『女王陛下のユリシーズ号』ですから。

 ほとんどノーチャンスだと分かっていながら他に手段もなく、人々の希望を背負って死地へ赴く選ばれし勇者たちという造りは、放射能除去装置を受け取りにイスカンダルへ向かう宇宙戦艦ヤマトであり、デススターの破壊を託されるルーク一行と全く同じ。こう書くと面白くないはずがないって気がしてきません?

 それでも、『ナヴァロンの要塞』がそれらと決定的に違うのは、登場人物が成長しない、プロフェッショナルの話であること。

 彼らは途方もなく困難なミッションを与えられた一組織の一構成員にすぎず、それはもしかしたら、ときに理不尽さや見えないゴールに絶望しながら、社会で働く我々とあまり違わないのかもしれません。そして、その世界には「戦う理由」も「競争相手を葬り去ることの是非」も当然存在しないのです。

 どうか深く考えず、手に汗握りながらマロリーやアンドレアやミラーとともに、ナヴァロン島を旅し、巨砲破壊ミッションをお楽しみいただきたい。畠山さんの清々しいくらいの単純さを見習って。

■勧進元・杉江松恋からひとこと

『マストリード』の100冊を決めるにあたって困ったことの一つとして、冒険小説の里程標的名作がことごとく品切れになっている現実がありました。それこそ、ふたむかし前であれば必読の名著と言われたような作品が手に入らない。選んでは外し、選んでは外しの繰り返しでいくつもの作品が消えていったことを愚痴として記しておきます。そういう時代もあったね、と将来は笑い話になるといいのですが。

 そうした中でさすがに代表作が現役として残っていたのがアリステア・マクリーンでした。『女王陛下のユリシーズ号』の格調の高さを取るか、『ナヴァロンの要塞』の興奮を取るか、と考えて後者に決めましたが、このへんは完全に好みでしょう。マクリーンに関しては初期作品から読み始めれば、まず外れを掴まされることはないはずです。お二人の話にも出てきましたが、ある使命を帯びて男たちのグループが決死行に乗り出す、というプロットに謎の要素を加えたのはマクリーンの功績だと思います。体力勝負だけではなく、知力も尽くしての闘いとなり、物語の幅が大きく広がりました。冒険小説というジャンルにあまり慣れていない読者にもお薦めできる所以でもあります。

 さて、次回はヘンリイ・スレッサー『うまい犯罪、しゃれた殺人』ですね。次回も期待しております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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