みなさま、こんにちは。

 今年も暑い夏がやってきました。夏のレジャーや帰省のおともに本は欠かせません。夏休みの読書感想文も書かなきゃですしね。何より、今年も半分が終わり、翻訳ミステリー大賞的には半分以上が終わり、翻訳者としてはそろそろ大賞候補について考えないといけません。「本を選ぶ」。なんと悩ましくも楽しい作業なのでしょう。

 そんなわたしは最近、本を読んでいて、食べ物が出てくるたびに付箋を貼ってしまいます。食いしん坊だからというだけじゃなくて、世話人として参加させていただいている「翻訳ミステリーお料理の会」で、つぎは何を作ろうかと、つねに考えているせいです。みなさまも翻訳ミステリーに出てくる料理で、作ってみたい、食べてみたいというものがありましたら、ぜひ mys.cooking@gmail.com までお知らせください。もちろんコージーにかぎらず、ハードボイルドでも本格でも冒険小説でもノワールでも、翻訳ミステリーであればジャンルは問いません。

 では、六月の読書日記とまいりましょう。

■6月×日

 影のあるイケメン警部ジャック・キャフェリーにまた会える!

 そんな思いでいそいそと手に取ったモー・ヘイダーの『人形(ひとがた)』はシリーズ六作目。ハルキ文庫のころから大好きなんですよ、このシリーズ。前作『喪失』の内容をちょっと引きずっているので、新参者にとってはもしかしたらハードルが高いかもしれないけど、それを補ってあまりあるおもしろさだった。

 イギリス・ブリストル市、ビーチウェイ重警備精神科医療施設では、謎の事件が頻発していた。?ザ・モード?と呼ばれる不気味な小びとの幽霊が次々と患者を襲っているという噂に、患者もスタッフも怯えている。ついに院内で死者が出て、憂慮した上級コーディネーターのA・J・ルグランデは、女性院長メラニー・アローの反対を押し切って、エイボン・アンド・サマセット警察重大犯罪捜査隊のジャック・キャフェリー警部に相談する。

 一方、前作の事件で大けがをしてからおよそ一年が経過し、なんとか本調子に戻りつつある潜水捜査隊隊長のフリー・マーリーは、ある重大な出来事をひた隠しにしていた。キャフェリーはそれを知りながら彼女をかばいつづけ、解決策を見つけようとしていた。

 フリーに対してやたらと俺様なキャフェリー……イケメン最強伝説は健在だ。前作でたいへんなことになっていたフリーも元気になったみたいだし。しかし、相変わらずこのふたりの闇は深いなあ。できればカップルになるのではなく、デレ禁止で、このままツンツンの間柄でいてほしいな、なんとなく。

 得体の知れない怖さの?ザ・モード?って、なんかキングのホラー作品に出てきそう。あるいは、『1Q84』のリトル・ピープル的な感じ? なんかあれ、個人的にトラウマになってるんだよね……重要アイテムの?人形?はただひたすら怖い。でも最後にはちょっと見方が変わって、なんともせつない思いをさせられたりもする。このへんのところがうまいなあ。

 ラスト付近は思いもよらない急展開で「え?え?え?」と動揺しつつもページをめくる手が止まらない。読みながらそんなに引っかからなかった数々のエピソードが、一気に別の意味を持ち、それまでまったく真相に気づかなかった自分のボケ具合にも驚愕。いやこれは著者の書き方がうまいからなんだけど。そして、だからこそおもしろさ倍増なんだけど。

 それにしてもA・Jめっちゃいい人。凡人ジョー(アベレージ・ジョー)、略してA・Jなんて、かわいそうな呼び名だけど、本書の主人公的存在。みんなに愛されてるのがわかるし、彼の誠実さはこの作品のなかで光っていると思う。

 A・Jの偏屈なおばさん、?辛抱のない?ペイシェンスが作るボリューミーな田舎料理もおいしそうだ(「おばが盛りつけた料理を残さず食べたら、家一軒分ほどもある巨体になるにちがいない」)。とくに気になったのは「ゆで卵と、刻んだアサツキとコリアンダーを添えた、本格的な英国風カレーピラフ」。ケチャップをかけて食べるらしい。

「新参者にとってはハードルが高いかも」と書いちゃったけど、これまでのいきさつはちゃんとわかるようになっていますので、安心してお読みください。

■6月×日

 幽霊もの(?)のコージーといえば、今や古書でしか買えなくなってしまった、なつかしいアリス・キンバリーのミステリ書店シリーズ(『幽霊探偵からのメッセージ』など)がすぐに思い浮かぶ。幽霊探偵はミステリ書店に取り憑いていたが、E・J・コッパーマンの『海辺の幽霊ゲストハウス』の幽霊が出没するのは、ニュージャージーの海辺に建つ古い屋敷。しかも幽霊は男女ひとりずついます。

 バツイチのシングルマザー、アリソンは、九歳の娘メリッサとともに故郷の町ハーバー・ヘイヴンにあるヴィクトリア様式のお屋敷に移り住み、ゲストハウスにするべくリフォームの真っ最中。なるべくお金をかけたくないので、得意のDIYでみずから壁を塗ったりタイルを貼ったりしていたところ、あることがきっかけで、このお屋敷の元オーナーであるマキシーと、彼女が雇っていた探偵ポールの幽霊が見えるようになってしまう。屋敷を離れることができない幽霊たちから、自分たちを殺した犯人をさがしてほしいとたのまれたアリソンは、遅々として進まないリフォーム作業のかたわら調査を進める。

 いや〜楽しかった〜!

 アリソンのリフォームのセンスが気に入らないひねくれ者のマキシーと、イケメンだけど気弱でなんかたよりないポールという、幽霊のキャラもおもしろいけど、いちばんおもしろかったのは、ロレッタ、アリソン、メリッサの、親子三代の女性たちの関係性ややりとり。親バカのロレッタとおしゃまなメリッサに手を焼くアリソンという図が、なんだかとても好きだ。ぼやきながらもへこたれないアリソンに、エールを送りたくなる。

 そして三人に共通するある特徴というか特技というか、これがすごく効いている。アリソンの一人称によるちょっぴり自虐的な地の文もユーモラスで、思わずくすっと笑ってしまう。好きだなあ、こういうの。

■6月×日

 ずっと気になっていたミステリー界の新女王カリン・スローターのスリラー『プリティ・ガールズ(上下)』を一気読み。戦慄のおもしろさです。

 アトランタに住む三十八歳のクレア・スコットは美人のセレブ妻。夫ポールは成功した建築家で、夫婦は何不自由なく暮らしていたが、ある日路地で暴漢に襲われ、ポールは死亡。残されたクレアは途方に暮れる。

 四十一歳のリディア・デルガードは元ヤンのシングルマザー。トリマーをしながら女手ひとつで娘のディーを育て、ガソリンスタンドの整備工をしているリックというパートナーがいる。ポール・スコットの死を知ったリディアは、ポールが「せいぜい苦しんだことを願う」。

 実はこのふたり、三姉妹の次女と三女。ポールが原因で仲たがいをしていた姉妹は、ポールの死をきっかけに十八年ぶりに再会する。

 このポールがもうね、とんでもないやつなんですよ。なんとパソコンに猟奇ポルノの動画をコレクションしていて、しかもそれは、若い女性が拷問され、レイプされて殺される様子を撮影したものばかり。夫の遺品を整理していたクレアがこの動画を見つけてしまったことから、物語は大きく動きはじめる。

 三姉妹の長女ジュリアは二十四年まえ、十九歳のときに行方不明になったきり、その姿を見た人はだれもいない。父親のサムは捜索に没頭するあまり妻に離婚され、失意のうちに自殺。一時期はバラバラになってしまった家族だが、ヘヴィーな経験をしているからこそ、その絆は固い。警察もFBIもだれも信じられない状況で、信じられるのは家族の絆だけ。なんでも夫にまかせきりでたよりない妻だったクレアがどんどん強くなっていくのがたのもしい。ラストはじんときます。

 物語がスピーディで飽きさせないし、いろんなあれやこれやがつながってきて、まさかの展開となる後半は、さらにスピードアップ。サイコスリラーとしてのおもしろさはきっちりおさえながら、家族の再生の物語でもある。この作品、翻訳ミステリー大賞レースで、わたし的にはけっこういい線いくかも。

■6月×日

『楽しい夜』は、『変愛小説集』『変愛小説集?』につづく岸本佐知子編訳のオモシロ短編コレクション。今回はテーマを決めずに、岸本氏の「なんか今、ものすごく面白いものを読んでしまったぞ!」という喜びと興奮を共通項に選ばれた作品集だ。

 収録作品は、マリー=ヘレン・ベルティーノ「ノース・オブ」、ルシア・ベルリン「家事」、ミランダ・ジュライ「ロイ・スパイヴィ」、ジョージ・ソーンダーズ「赤いリボン」、アリッサ・ナッティング「アリの巣」、同「亡骸スモーカー」、ブレット・ロット「家族」、ジェームズ・ソルター「楽しい夜」、デイヴ・エガーズ「テオ」、エレン・クレイジャズ「三角形」、ラモーナ・オースベル「安全航海」。新人も大御所もいっしょくたのバラエティ感が楽しい。

 家族水入らずの感謝祭のディナーに、なぜかボブ・ディランを連れて帰省し、気まずい雰囲気になる「ノース・オブ」は、サヤインゲンの頭をちょん切る手伝いをするボブがシュール。オカルトチックな「三角形」や、せつない「テオ」、ラストでがらりと印象が変わる「楽しい夜」など、どれも味わい深い。「次はどう来る?」とわくわく感が止まらない。

 とくに印象的だったのは「アリの巣」。「地球上のスペースが手狭になったので、人類は全員、他の生物を体表もしくは体内に寄生させなければならないことになった」世界で、骨にドリルで穴をあけて、なかにアリの巣を作ることにした女優と、彼女の体のメンテナンスをするドクターの話で、まさに「変愛」小説。体表にフジツボを寄生させたり、豊胸手術をして詰め物のなかに小型の水棲生物を住まわせるよりは、骨にアリの巣のほうがいいかも……でも、この結末はイヤだなあ。へんてこさMAXなのに、お話としてはよくできていて引きこまれた。

 同じ作者の「亡骸スモーカー」には「遺体の髪をタバコのように吸う」と、「遺体の生前の記憶が映画みたいに頭の中に映し出される」という特異体質の男性(葬儀場で働いている)が出てくるのだが、こんな人が警察(鑑識)にいたら便利だろうな。ミステリーではこういう人がたまに出てくるけど、喫髪(?)する人はいなかったような……

 いちばんいいなと思ったのは「安全航海」。死にゆく「祖母」の意識のなかで繰り広げられる、「祖母」だらけのクルーズの様子がなんだかほのぼのしていて、死出の旅路なのにくすっと笑えてしまうところがすてき。ラストで「祖母」が静かに自然と一体化していく様子は、ただもうひたすら美しくて泣きそうになった。そこにはおそらく、現実世界で子供や孫に見守られているという心安さもあるのだろう。すてきな「お迎え」のかたちだ。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はリンゼイ・サンズの新ハイランダー・シリーズ第三弾『くちづけは情事のあとで』(二見文庫)。

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