全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! まだ微妙に蒸し暑い日もあったりしますが、とりあえず暦の上では芸術の秋。というわけで今回は、容疑者の一人としてなんと実在の芸術家が出てくる、ローリー・R・キング『パリの骨』(訳・山田久美子/創元推理文庫)をご紹介します。

 舞台は1929年。芸術の都パリには、画家、音楽家、作家など、世界中からたくさんの芸術家が訪れていた。しかし抱いた夢の大きさについていけず、祖国に帰る金すらなくし、なんとか生きながらえる者も少なくなかった。一方で一握りの成功者たちの夜毎の宴には、必ずと言っていいほど、海外からやってきた若く美しい女性たちが花を添えていた。私立探偵ハリス・スタイヴサントは、失踪したアメリカ人女性フィリパ・アン・クロスビーの捜索依頼を受けるが、捜査を続ける中、彼女もそんな取り巻きの一人だったことが判明する。

 元BOI(FBIの前身組織)捜査官で、大柄なアメリカ人スタイヴサントは、深酒して翌朝には隣に寝ている相手の名前すら忘れてしまうような男ですが、無骨な外見にもかかわらず、意外に責任感が強く、フランス語が達者。社交的な一面もあり、おまけに直感が鋭いということで、探偵としても優秀のようですが、モテ要素もまずまずと言えるのでは。そんな彼にとって、実はフィリパは単なる失踪人というだけではありませんでした。

 地道な聞き込みを行っていく中で、ル・ドーム、ラ・クーポールといった実在のカフェに、モンパルナスのキキ、パブロ・ピカソ、マン・レイ、リー・ミラー、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルド、コール・ポーター、フランシス・ピカビアなどのビッグネームが次々と登場したり、カフェに集う人々の口の端に上ります。もちろんこの物語はフィクションであり、彼らはその1キャラクターとして登場しているだけですが、当時のパリの華やかさ、猥雑さ、自由さがいかに芸術家たちをひきつけてやまなかったかが感じられて楽しいです。

 彼女の複雑な人間関係があらわになっていくにつれ、失踪の謎は混迷を極めます。さらに、スタイヴサントにはうかがい知ることができない、芸術とその表現という壁が彼の前に立ちはだかるのです。

 世界恐慌直前の、狂乱の時代。アーティストだからと不道徳は許され、素行が悪くて女にけしからんことをしても当然だったと書かれているように、犯罪行為と芸術的表現の線引きが曖昧で、それが一連の捜査を不気味に撹乱します。グラン=ギニョールのどぎつい描写も不気味ですが、ややもすると悪趣味極まりないものになっていた一例が、骨フェチ芸術家モローのアート。どこからか生き物の遺体を集めては、腐肉を食べる甲虫(おそらくシデムシ)を群がらせて骨を綺麗にするくだりは相当の気持ち悪さ。現在も放映中の米TVシリーズ『ペニー・ドレッドフル 〜ナイトメア 血塗られた秘密〜』で、博物館の館長が発掘遺体を同処理していた場面はかなりショッキングでした……。

 え、まさか腐るってその意味!?……って思われた方すみません! もちろん違います!! 

 捜査が行き詰まったスタイヴサントは、3年前のある事件で知り合った友人ベネット・グレイを頼ることに。彼は戦争の後遺症から、人の発する嘘や欺瞞に含まれる耳障りな音が感知できるようになり、人間嘘発見器と呼ばれていましたが、その特殊能力はベネットの精神と肉体を傷つけ、今は人里離れたコーンウォールの奥地で隠遁生活を送っています。

 一人の女性の消息を探るうち、次から次へと明るみに出る不気味な事件の数々。ベネットの真実を見極める能力は、事件解決への鍵となるのか、それともいたずらに彼に苦痛を強いるだけなのか。ベネットの妹でかつての恋人だったセアラを巻き込み、スタイヴサントがたどり着いた戦慄の真相とは! 

 がっしりスタイヴサントと繊細ベネットの友情はこの本の大きな読みどころの一つだと思うのですが、二人が再会するのは全体の2/3が過ぎた頃なんですよ! うーんもったいない……と思っていたら、なんと本作はシリーズ2作目だったのですね! 山田久美子さんによる訳者あとがきで、未訳の1作目 Touchstone の内容が紹介されていますが、それによると、二人の暗い過去や出会い、政府がベネットを人間兵器として開発しようとする陰謀などについて書かれているそうで、それ、すごく読みたいんですけど! 二人がどうやって親密な信頼関係を築くことができたのか、そうなったいきさつが激しく気になるところです。本作にある、“花柄のエプロンでご飯を作って待っている”ようなサービスシーン(?)がたくさんあるようでしたら、東京創元社さん、ぜひよろしくお願いします!!

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 さて、同じく1929年、アメリカではある作家の処女作が出版され、一躍大ベストセラーとなりました。その作品とは、トマス・ウルフ『天使よ故郷を見よ』。どの出版社に持ち込んでも断られていた原稿が、マックス・パーキンズという一人の編集者によって、アメリカ文学史に残る一冊となったのです。10月7日公開のイギリス映画『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』(2015)は、無名だった若き文豪を励まし、導き、支え、議論を交わし、時には叱りつけ、心血を注いで作家と作品を世に出したパーキンズと、短くも激動の人生を送ったウルフとの深い友情を描いた作品です。

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 ニューヨークの大手出版社チャールズ・スクリブナーズ・アンド・サンズのマックス・パーキンズ(コリン・ファース)は、当時無名だったフィッツジェラルドやヘミングウェイの才能を見出した敏腕編集者。ある日彼のもとに、分厚い原稿の山が届きます。圧倒的な熱量を持った超大作を読み終わった彼は、即座に出版を決めます。執筆した作家志望のトマス・ウルフ(ジュード・ロウ)と握手を交わしたその瞬間から、二人の長く地道な共同作業が始まりました。

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 柴田元幸さんがお書きになったプレス資料によると、30万語近くあったウルフの初稿が、パーキンズの類稀な編集の腕と導きにより、最終的には約6万語が削られたそうです。ジュード・ロウは、身体中からカリスマオーラを発散しながら、そうした大作をものするような作家像を熱演し、一方のコリン・ファースは、芸術家の守り神であるかのごとくどっしりと、なおかつ誠実でありながら冷静なプロフェッショナルをこの上なく魅力的に演じています。動と静、二つの異なる才能がぶつかり合いながら一つの目標に向かって切磋琢磨していくさまは、とても緊張感に満ちていて、銃撃戦やスパイの騙し合い以上に手に汗を握ります。

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 映画はパーキンズとウルフの出会いから別れまでを綴りますが、寝食を忘れて仕事に没頭する二人を家族や恋人はどう受け止めるのか、そして同じくパーキンズに見出されたヘミングウェイ(ドミニク・ウェスト)や、フィッツジェラルド(ガイ・ピアース)はデビュー後にどうなっていたのかなど、彼らを取り巻く人々の心情もていねいに描かれます。劇中でウルフがパーキンズを連れていくジャズバーの雰囲気や、キャラクターに合った衣装の数々もとても見応えがあり、わずか104分の作品ですが、ラストに美しい余韻を残して終わります。アメリカ文学に興味のある方はもちろん、小説がお好きな方全てに観ていただきたい映画です。舞台芸術では数々の受賞歴を持つマイケル・グランデージの初監督作品で、脚本は『007 スペクター』や、前述の『ペニー・ドレッドフル』シリーズを手がけたジョン・ローガンが担当しています。不思議なことに、アメリカ人のパーキンズと作家3人を演じているのが全てイギリス人なので、ぜひその演技にも注目してください。

▼公開情報

「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」

  • 10月7日(金)、TOHOシネマズ シャンテ(先行)ほか全国公開
  • 配給:ロングライド
  • © GENIUS FILM PRODUCTIONS LIMITED 2015. ALL RIGHTS RESERVED.
♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

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