11月に中国ミステリ読者にとって悲しいニュースが飛び込んできました。2007年から創刊されおよそ10年の歴史を持つミステリ専門誌の『最推理』が原稿料を支払えずに休刊するというのです。

 武漢銀都文化伝媒股份有限公司(以下、銀都)の董事長・関杭軍は微博(マイクロブログ)にて『最推理』の他に同社が発行する『看小説』『淘漫画』(どちらの雑誌の内容もミステリとは無関係)など多くの雑誌を休刊することを発表し、その理由を語りました。以下に文章の一部を抜粋し翻訳します。

20161114153646.png

『推理之門』2016年11月6日【速報】『最推理』休刊より引用

 『看小説』の毎号の原稿料は4万元(1元=15.7円と仮定して、約63万円)に上る。これは中国の他の出版物を見ても低くはない数字である。今年は資金繰りに困難しており、最大限の努力をして毎号3万元に抑えた。ここ数年、『看小説』の原稿料だけですでに2百万元に及ぶ支出があり、現在も十数万元の原稿料を支払えていない。更に印刷、編輯、出版、物流、市場営業などの費用で巨額の支出となる。……(中略)

 編集者たちもあちこちの書報亭(キオスク)を駆けずり回って雑誌の発行量を伸ばそうとした。しかし、都市や町に一体いくつの書報亭があると言うんだ?……(中略)

 ここ数号の原稿料の未払いに対する作家たちの怒りは理解している。……(中略)『看小説』及び『最推理』の作家やイラストレーターには心よりお詫び申し上げる。そして皆様が法律に従って原稿料を受け取れることを祈っている。

http://www.tuili.com/2010/Article_show.asp?act=search&aid=&bid=125&fid=202098

 ここで述べられている謝罪は主に『看小説』の掲載作家に向けられたものであり、休刊の理由も『看小説』の原稿料すら捻出できなかったからとだけ書かれていますが、『最推理』も同じような理由でしょう。この銀都は2016年6月から10月までのビル管理費や水・電気代の合計3万元すら滞納しており、資金面でかなり困っていたようです。

 しかし、休刊も仕方ないと考える読者も多いのではないでしょうか。『最推理』や『歳月推理』などの雑誌は基本的に本屋には売られておらず、書報亭と呼ばれる街中にあるキオスクに並べられています。だが全ての書報亭にあるわけではなく、例えば私は北京在住ですが私が住んでいる地区の書報亭にはこれらの雑誌が置かれておらず、買うとすれば学生街まで足を延ばす必要があります。また、ここ最近になって書報亭が撤去されており上記の雑誌の販路は減少しています。

 中国の東野圭吾と呼ばれる周浩暉や島田荘司推理小説賞4回連続入選の王稼駿、100篇以上の小説を書き上げた軒弦などを擁した雑誌の最期が資金不足というのは悲しいことですが、これが出版社全体に訪れる悲劇ではなく、時代の変化に追いつけなかった雑誌の淘汰だと思いたいです。

 とは言え、これで中国のめぼしいミステリ雑誌は『歳月推理』及び『推理世界』二誌だけになり、つまりは『推理』一強時代になってしまったのではないでしょうか。『最推理』とは対照的に『歳月推理』は今年で創刊十周年を迎え、『推理十周年紀念特輯』を発行しました。

20161114153647.jpg

 この本、せっかくの記念誌だと言うのに代表者のコメントも関係者の祝辞も全く掲載されていない素っ気ないもので私は構成に対して不満を持っていますが、十名の掲載作家による十篇の書き下ろし作品が収録されています。各作品のタイトルには『一万次悲傷』(一万回の悲しみ)『第七種動機』(七番目の動機)など一から十までの数字が入る工夫がなされており、午曄言?らの看板作家が『歳月推理』十年の功績を労っています。更に、今後は『推理十年精選』と題した傑作集が四冊発行される予定で、現在の読者も過去の名作を読むことができるようになります。

 『歳月推理』は私が中国ミステリにハマったきっかけであるのでこうして十周年を迎えて記念誌を発行することになったのは非常に嬉しいです。これもこの雑誌社が読者と作家を大事にしていたおかげでしょう。『歳月推理』は今回で三回目となる『華文推理グランプリ』を実施しました。今回は三十九篇もの作品が集まりましたが、投稿した作品には『カヴァラン・島田荘司推理小説賞』の入賞作品『神的載體』(神の乗り物・2016年)の作家・遊善鈞や第三回島田荘司推理小説賞の受賞作品『我是漫画大王』(ぼくは漫画大王・2016年)の作家・胡傑の作品もあり、旬な作家を多く紹介しようとする姿勢が見受けられます。

 私は、2016年が中国ミステリにとって出版社の努力が結ばれた年だと理解していただけに今回の『最推理』の休刊は寝耳に水でありました。また、これは今年の出来事ではありませんが『歳月推理』の編集長・張宏利がとある出版社による無断転載を公表しました。彼が言うには、『歳月推理』に権利のある作品を某出版社が国家の定める基準を遥かに下回る非常に安い金額で買い取ろうとしたのですが張編集長は作家の権利を守るためにこれを拒否。するとその出版社は無許可で作品を転載した挙句、作家には使用料をすでに『歳月推理』に支払ったと言ったとのことです。この某出版社及び掲載誌が何であるかは言及しませんが、このことが本当であれば「まさかあの出版社が……」と驚くばかりです。

 不幸なニュースや不実な出版社が存在するからこそ、『歳月推理』などのまともな出版社は良心的な姿勢を崩すことなく、読者を失望させず、作家にチャンスを与え続けて欲しいものです。

阿井 幸作(あい こうさく)

20131014093204_m.gif

中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/

・Twitterアカウント http://twitter.com/ajing25

・マイクロブログアカウント http://weibo.com/u/1937491737

現代華文推理系列 第三集●

(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●

(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

【毎月更新】中国ミステリの煮込み(阿井幸作)バックナンバー

【毎月更新】非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると(松川良宏)バックナンバー