ニューヨークの“バービゾン・ホテル・フォー・ウーマン”(現、バービゾン63)をご存じでしょうか。1927年に建てられ、現在はアメリカの国家歴史登録財に指定されている立派な建物ですが、当初は名前からわかるように女性専用のホテルでした。ホテルといっても旅行者向けではなく、他の地域から社会での活躍をめざして出てきた女性が住まいとして利用していた滞在施設です。かつての住人のなかには、グレイス・ケリーやキャンディス・バーゲン、作家のアン・ビーティ、詩人のシルヴィア・プラスなど、のちに名をあげた人も数多くいます。

 その後、ホテルは2002年に改修されてメルローズ・ホテルとなり、2005年には再度手がくわえられて、コンドミニアム“バービゾン63”として生まれかわり現在にいたります。

 前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するフィオナ・デイヴィスの The Dollhouse は、このバービゾン・ホテルの過去と現在を舞台にした物語です。

 1952年、オハイオ州の田舎町からダービーという若い女性が秘書養成学校に通うために、バービゾン・ホテルにやってきます。住人にはモデルの卵が多く、きらびやかな彼女たちに、地味なダービーはまったくついていけません。戸惑う日々を送るうちに親しくなったのが、コスタリカ出身のメイド、エズミでした。エズミは女優をめざしていますが、生活費を稼ぐために昼間はホテルで働き、夜はジャズクラブで歌手をしていました。

 それからおよそ60年後の2016年、コンドミニアムとなったバービゾン・ホテルに、ローズという名のジャーナリストが恋人と一緒に暮らしています。ここにはローズのように、ホテルがコンドミニアムになってから入居した人たちのほか、バービゾン・ホテル時代からの住人が十数名、旧規約のもと住みつづけています。そのなかに、いつもヴェールをかぶって顔を隠している女性がいました。ローズが挨拶をしても何も言わず、顔もろくに見えません。

 ある日、ローズがドアマンに話を聞いたところ、かつてバービゾン・ホテル時代に、メイドが転落死する事故があったとのことでした。ヴェールの女性の名前はダービー、彼女とメイドとのあいだには何か問題があったとかで、喧嘩をしたさいにダービーは顔に傷を負ったらしいと。

 関心を惹かれたローズは、ダービーとバービゾン・ホテルの歴史を記事にしたいと思い、調査をはじめます。

 本書では、ダービーとローズの話が交互に語られます。

 ダービーはまじめに秘書養成学校に通うものの、夜になるとエズミに引っ張られるように、彼女の仕事場であるジャズクラブに通い、そこで知りあったサムという男性とつきあうようになります。しだいに勉強がおろそかになり、ついには学校から退学を命じられます。オハイオの実家に戻る気にはなれず、ニューヨークに残って仕事をさがそうと決めたダービーは、コンビを組んで一緒に歌わないかというエズミからの誘いに乗ることにしました。しかしその後、芸能界への道を着実に進んでいるというエズミの話が嘘だったとわかります。

 いっぽうローズは、バービゾン・ホテル時代からの住人に話を聞いたり、資料にあたったりして、昔のホテルの様子やダービーの人間関係を探っていきます。そうこうしているうちに、ダービーが麻薬の売買にかかわっていたらしいという話が耳にはいり、さらにはヴェールの女性がエズミで、転落死したのがダービーではないかという疑念も生まれます。ローズの知るダービーはいったい誰なのか、メイド転落死事件の真相はなんなのか、謎が深まっていきます。

 サブストーリーとして、ローズの私生活が描かれます。ローズはコンドミニアムの住人とはいえ、部屋の所有者は離婚歴のある恋人のグリフ。数カ月まえにグリフから一緒に暮らそうと言われて引っ越してきたのですが、ある日、彼から元妻のもとにいる娘が精神を病み、彼女のために元妻と娘と同居せざるをえなくなったと告げられます。おまけに、数日後に元妻たちが移ってくるので、それまでに出ていってほしいと。

 いきなり宿無しになったローズですが、ひょんなことから、家をあけているダービーの飼い犬の面倒をまかされ、彼女の部屋に無断で寝泊まりすることになります。調査に協力している同僚をコンドミニアムに招き入れるわけにはいかない、ダービーが帰宅する日も迫るというなか、ローズは調査に何かしらの結論を見出せるのか、謎は解明されるのかが本書の読みどころのひとつになっています。

 著者が女性だからか、女性の描き方が巧みで、読んでいるとモデルの卵たちに気おされておどおどしているダービーや、現代女性らしく男性と同じ土俵で仕事に邁進するローズの姿が、ダービーはセピア色で、ローズは鮮やかな色で浮かびあがってきます。

 女性の社会進出がいまよりも難しかった時代に成功への階段を駆けのぼった人や、ニューヨークという都会に翻弄されて夢破れた人たち、60年という時を経た時代の変化に想像をめぐらせながら読むのも一興でしょう。

 ミステリファンだけでなく、女性の物語が好きという方にもお勧めしたい一作です。

高橋知子(たかはしともこ)

翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。一日三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『クリミナル・マインド』『NCIS ネイビー犯罪捜査班』。訳書にジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』他。

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