(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「瓢血祝融」の合本版)

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 これまで年一回ほどのペースで刊行を続けてきた「現代華文推理系列」ですが、先月11月15日に発売となった第三期3作において、一応の完結を迎えました。これまで応援してきてくださった皆様に感謝いたします。

 ……何のことだか知らないぞ、という方のために説明しますと、この「現代華文推理系列」は私、稲村文吾が中国語ミステリの短篇を翻訳し、AmazonのサービスKindle Direct Publishingを利用して個人で電子出版する、というプロジェクトで、これまでに二期、計8作を紹介してきました。

 以前に発売した作品の詳細については、毎度このブログへお知らせの文章を掲載して頂いていますので、そちらも併せてお読みください。

 第三期の刊行作品について触れる前に、この「現代華文推理系列」を今回で完結とした理由について少し話しますと——華文ミステリはまだ多くの方にとって未知の世界ですが、そこへと接触できる窓口を増やす、という当初の目標において、ひとまず最低限のラインナップを揃えられたかな、と思ったのがまず一つ。

(風狂奇談倶楽部・刊の同人ムック『現代中国・台湾ミステリビギナーズガイド』シリーズに寄稿した(紙版のみ)翻訳も足すと、今までの中短篇紹介が13作になってキリがいい、というのも少しあります)

 もう一つの理由は、現地での出版状況と私個人の読書習慣の変化です。

 まず台湾において、華文ミステリ単行本の出版はこれまでせいぜい年間数冊だったのが、ここ数年で急激に刊行ペースが上がり年20冊程度がコンスタントに出る活況を見せています。また中国大陸でも、阿井幸作氏の連載(中国ミステリの煮込み – 第27回:新星出版社の新作中国ミステリ紹介)で報告されている通り、雑誌を中心に短篇や連載形式で作品を発表してきた作家が、去年あたりから続々と単行本を出すようになっています。台湾で開催されている島田荘司推理小説賞も、大陸ではなかなか受賞作や入賞作が出版されない状況が続いていましたが、昨年開催の第四回から大陸での入賞作の刊行が再開しました。

 これらは当然、中国語ミステリの発展と多様性を示す喜ばしい現象ではあるのですが、読む側としては嬉しい悲鳴でもあるところです。いきおい読書は長篇、単行本が中心になり、今まで行ってきた、短篇単位での翻訳を前提に作品や作家を探索する——という方向の読書は優先順位を下げざるを得なくなっています。そのために、「現代華文推理系列」を継続的に発表するための作品のストックも減っており……これは言い訳でしかないのは重々承知で、もちろんその中でも新作の短篇や掘り起こしたい作品の情報は増えていますし、有望な新人も登場しているので、私の能力の許す限り短篇作品の蒐猟も続けていきたいと思っています。

 なお、このような中華圏ミステリ界の最新の動向にご興味のある向きには、前述した阿井幸作氏の連載の他にも、南雲堂から毎年刊行されているムック『本格ミステリー・ワールド』の「台湾ミステリー事情」(陳國偉氏)や「中国ミステリー事情」(阿井幸作氏)、また風狂奇談倶楽部『現代中国・台湾ミステリビギナーズガイド』シリーズにおける翻訳家の張舟氏の寄稿が非常に充実しています。ぜひご一読ください。

 弁解が長くなってしまいましたが、ここからは今回、第三期刊行作として出版する作品について紹介いたします。

 このシリーズは毎度、特に共通のテーマなどは定めずに一期ごとの作品を選んできましたが、思い出してみるとある程度の繋がりが見えてくるようにも思います。第一期は、ミステリ賞の授賞作を中心に、中華圏の外へも名前の伝わっている作家たちをピックアップ。第二期は、第一期よりも数年後の作品を中心にし、現代華文ミステリ界の多様な広がりを少しでも垣間見れるように。そして第三期は、偶然ながら地域色、お国柄の強く感じられる3作が並ぶことになりました。それぞれの背景設定の個性も含め、楽しんでいただければ幸いです。

藍霄「自殺する死体」

 台湾の離島、澎湖生まれの藍霄(ラン シャウ)は、このシリーズで紹介してきた2000年前後デビューの林斯諺冷言たちよりも一世代前に属する作家です。1990年代前半に『推理雜誌』誌を中心に活躍し、その後も本業である産婦人科医としての多忙の傍ら作品の発表を続け、最新長篇である問題作『錯誤配置』は2009年に邦訳が出版されています。日本との関係も深く、雑誌『幻影城』の元編集長であり日本では長らく消息不明とされていた島崎博(傳博)氏が日本と交流を復活させるきっかけを作ったのも藍霄氏でした。

(あらすじ)台中市の繁華街、東海別墅へと遊びに繰り出した大学生の藍霄たちは知人の女子と再会するが、そこに彼女の友人が自殺したとの報が届く。しかし、マンションの屋上から落下し死体で発見された女子大生は、その数時間前すでに息絶えていた。

自殺する死体」は、『錯誤配置』の探偵役である(チン)博士と仲間たちの大学時代を描く作品。台中における当時の大学生の風俗をふんだんに盛り込み、日本の「新本格」の作品群も思わせる清新な書きぶりと堅実な謎解きで、『推理雜誌』誌上で行われた年間の中国語作品の投票でも一位に輝いています。

陳嘉振「血染めの傀儡」

 陳嘉振(ちんかしん、チェン ジァチェン)のデビュー作『布袋戲殺人事件』は、台湾の伝統的な人形劇で、虚淵玄原案・脚本・総監修の『東離劍遊紀』などを通して近年日本での認知度も上がっている布袋戲(ボデヒ)を題材にした作品でした。第二長篇『矮靈祭殺人事件』も台湾の原住民、サイシャット族の祭りを扱った作品で、「相信台灣,堅持本格」を創作のスローガンに掲げる彼は、台湾ならではの題材を取り上げたミステリを作品の中心に据えています。近年は映像の分野にも関わり、脚本に参加したドラマ『C.S.I.C. 鑑識英雄』は2015年の金鐘賞ドラマ脚本部門にノミネートされました。

(あらすじ)布袋戲の劇団の団長が、密室の中で死んでいるのが発見される。その手には、口に血を滲ませた布袋戲の人形が嵌められていた。人形の纏っていた衣装は、彼に捨てられて自殺した女が最期に着ていたものと全く同じだった……

 デビュー作と同じく布袋戲を題材にした「血染めの傀儡」は、布袋戲業界の内幕を描きながら、密室やダイイングメッセージといった道具立てをふんだんに用意した作品です。またユーモアも彼の作品の重要な要素ですが、本作にはジョイス・ポーターの描くドーヴァー警部を意識した強烈なキャラクター、莊孝維組長(警部)が主人公として登場します。

江成「瓢血祝融」

 日本の本格ミステリに強く影響を受け、島田荘司と麻耶雄嵩、エラリー・クイーンを好きな作家として挙げる江成(こうせい、ジァン チェン)は、2010年のデビュー以降、大陸のミステリ雑誌『推理世界』『歳月・推理』誌上において精力的に中短篇を発表してきました。作品数はけして多くありませんが、どれも創意の込められた力作ばかりです。

(あらすじ)武術の門派、衝山派で下働きをする華元清は門人に愛され、その天分を育てていく。しかし門派を率いる掌門の引退の儀へ、強大な力を持つ??派が乱入し、衝山派は危機に見舞われる。衝山派の命運は、華元清が密室殺人の謎を解き明かせるかに懸かっていた。

飄血祝融」は、中華圏で絶大な人気を誇る歴史冒険小説のジャンル、武侠小説とミステリとを融合させる試みの一つです。作品の前半では華元清が知略と武術を用い、戦いの連続を通じて成長していく姿が描かれますが、中盤で殺人が起こることで物語の様相は大きく変わり、最後には入念な伏線に支えられた、哀愁漂う解決編が待っています。

稲村文吾(いなむら ぶんご)

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 中国語翻訳者。国内ミステリばかり読んでいたはずが、いつの間にか現代中国語ミステリを読み進める日々に。訳書に胡傑『ぼくは漫画大王』(文藝春秋)。

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