書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 各種ベストテンも出そろいました。私、杉江松恋も主宰するbookaholic認定ということで川出正樹氏とベストテンを選んでみたのですが、ご覧いただけましたでしょうか。豊作の2016年であったことを改めて痛感いたしました。さて、今年最後の更新となる七福神をお届けします。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『氷結』ベルナール・ミニエ/土居佳代子訳

ハーパーBOOKS

 本邦初紹介の作家だが、これが第1作で、「才能豊かな新人作家に贈られるコニャック・ミステリ大賞を受賞」と著者紹介にある。フランス・ミステリに詳しいわけではないが、そんな賞があることを初めて知りました。なんだかなあと思って読み始めたが、しかしこれが面白い。標高2000メートルのところで馬の首なし死体が吊るされているという冒頭から、あれよあれよと一気読み。もっともこの長編の面白さの大半は、そのストーリーにはない。ネタバラしになるので詳しくは書けないが、特に珍しい話ではないからだ。それでもここまで読ませるのは、登場人物が個性的で、とても印象深いからにほかならない。特に主人公の幼い日の挿話は忘れがたい。もう一つは、ラスト近くに、おやおやっという展開を示すこと。こういうのを最後に出すかね。こうなると次作を猛烈に読みたくなる。

吉野仁

『メソッド15/33』シャノン・カーク/横山啓明訳

ハヤカワ文庫NV

 これは、拉致監禁された少女が持ち前の能力を発揮し、脱出のためのアイテムをあつめて計画を練り、犯人一味へ復讐するという異色サスペンスだ。近年邦訳された海外ミステリの傑作には、誘拐・監禁ものがやたらと目立っており、作中の一部で扱われているものも含めると何作も挙げることができる。同時に、理不尽な仕打ちや過酷な現状に対して果敢に戦うヒロインの力強い物語も多い。すなわち本作はそうした(いわば)旬な要素が盛り込まれているのだが、決してそれだけじゃない。その「だけじゃない」ところもあわせてぜひぜひ読んでほしい。

酒井貞道

『氷結』ベルナール・ミニエ/土居佳代子訳

ハーパーBOOKS

 マージェリー・アリンガムの至芸を堪能できる『クリスマスの朝に』でも良かったけれど、個人的により興味深かったこちらを選ぶ。ピレネーの山麓で起きる連続惨殺事件、その現場には、近くの研究所に隔離されている連続殺人鬼のDNAが残留してた。捜査を担当する刑事の個人的なエピソードも北欧ミステリばりに多く、サイコ・サスペンス型刑事小説の色が濃いといえよう。しかし、全体的にはどうもフランス・ミステリっぽさが滲み出ている。最初の死体が人間のものではなく馬という意表を突く発端。巨大企業が背景に控えているのに、組織の巨悪ではなく、経営者個人がクローズアップされていく非社会派ぶり。犯罪者を隔離する研究所では、犯罪者よりも管理者の方が不気味。ピレネーの美しい景色が強調される一方で、そこに派手な猟奇犯罪および追跡劇がぶちまけられる。他にも「ん?」と思わせる要素はある。一つ一つは「まあ、そういう作品もあらあね」程度のクセなのだが、こうも集まると、結構強めの個性に転じるようだ。私はこれをフランス・ミステリっぽいと感じたわけである。波乱万丈の、息がつけない展開も◎。フランク・ティリエはどぎつ過ぎる、でもフランスには興味がある、というミステリ・ファンには特にオススメである。

千街晶之

『クリスマスの朝に』マージェリー・アリンガム/猪俣美江子訳

創元推理文庫

 名探偵アルバート・キャンピオンの事件簿の三冊目である本書の大部分を占めるのは、中篇(というか、長篇と呼んで良さそうな分量の)「今は亡き豚野郎の事件」。半年前に死んで埋葬された筈の男が他殺死体となって発見される……という不可解さ満点の事件に始まり、アリバイのある容疑者たち、増え続ける謎、意外な展開、そして驚愕の真相と、本格ミステリの面白さが凝縮された一篇だ。他に、この季節に読むのに相応しい珠玉の短篇「クリスマスの朝に」を収録。「クリスマスにクリスティーを」とはアガサ・クリスティーの作品を販売する際に版元が考えた惹句だが、本書収録の追悼文「マージェリー・アリンガムを偲んで」を書いたクリスティーなら、それを流用して本書を「クリスマスにアリンガムを」と薦めても許してくれるのではないか。

霜月蒼

『メソッド15/33』シャノン・カーク/横山啓明訳

ハヤカワ文庫NV

 17歳の女子高生が何者かに拉致され、監禁されるところからスタートする本作、ありがちな「女性監禁もの」ではない。性暴力が登場しないからではありません。主人公の女子高生が、恐ろしくクールで理知的な、一種の天才少女だからである。粗暴な犯人を巧みにやりすごしながら、何やら逆転のための策を練る彼女。冷静な一人称の語りは、ときにディック・フランシスを思わせ、あるいは天才的な殺し屋を描いた名作『Mr.クイン』を彷彿させる。暴力と性的アピールに寄りかかりがちな監禁サスペンスとは、一線を画しているのだ。

 彼女が助かることは1ページめですでにわかっているものの、物語が最後にたどりつくのは、ちょっと予想できなかった地点。ありふれたカタルシスさえも裏切る結末と言えばいいだろうか——あるいはダーク・ヒーローの誕生と言えばいいか。シリーズ化を望みたい。

川出正樹

『氷結』ベルナール・ミニエ/土居佳代子訳

ハーパーBOOKS

 あな嬉しや喜ばしや。フランス・ミステリ界からまた一人、大型新人のお目見えだ。舞台は雪と氷に閉ざされたピレネー山脈。物語は、標高2千メートルにある水力発電所へと通じるロープウェイの山頂駅で、皮を剝がれ首を切断されて吊された馬の死体が発見されるセンセーショナルなシーンで幕を開ける。しかも現場には、山腹の精神医療研究所に厳重に隔離されているシリアル・キラーのDNAが残されていた。そして、連続殺人が始まる。

 マーラーを愛聴しラテン語の明言を暗唱する、馬と山と高所とスピード恐怖症のバツイチ警部セルヴァズが、アウトドア派の美しき憲兵隊大尉とコンビを組んで、厳冬の冬山と谷間の小さな町を命懸けで奔走する。

 ぞくぞくする猟奇性と、本格ミステリ・ファンが思わずニヤリとしてしまう真相とを兼ね備え、頻繁に視点を切り替えてテンポ良くスピーディーに展開するストーリーに、ジャン=クリストフ・グランジェ『クリムゾン・リバー』を思い出した。やや盛りすぎの感はあるけれどもデビュー作でこれだけのものを提供してくれるのなら文句はありません。ピエール・ルメートルの《ヴェルーヴェン警部シリーズ》完結ロスにショックを受けている方、ぜひ、『氷結』を試してみて下さい。

杉江松恋

『ウインドアイ』ブライアン・エヴンソン/柴田元幸訳

新潮クレスト・ブックス

 前著『遁走状態』を読んだときから気になって仕方なかったエヴンソンの、待望の第二短編集である。純粋なミステリーを志向したものではないのだけど、懐かしの〈異色作家短篇集〉などにこれが入っていてもおかしくないだろうと思わせる出来映えで、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。ジョナサン・リーセムも「エドガー・アラン・ポーの末裔」と賛辞を送っているし。表題作は、かつて存在したはずの妹に関する主人公の記憶について書かれた短編で、読み終えると同時にただならぬ喪失感に襲われる。世界から欠落した何か、あるいはあらかじめ失われていたものについての作品集ということもできるだろう。私のお気に入りは「死の天使」で、死へ向かって突き進んでいく人間の存在を端的な形で表したような内容だ。各篇があまりにも強烈なので、一気に読まずに少しずつ味わうことをお薦めしたい。黒い風景が心に刻まれ、二度と消えなくなってしまうかもしれないけど。

 フランス・ミステリの新人や探偵小説の古典、濃厚なサスペンスなど方向性の別れた一月でした。2016年の更新はこれで終わりですが、また来年も当欄でお会いしたいと思います。2017年もぜひ七福神をごひいきに願います。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧