(シャッフルビートに乗って二人登場)

博士:わしは、ふぐり蒸太郎博士じゃ。長年ミステリを研究しておる。

りりす:私は、普通の女子高生りりす。

博士:師走で猫の手も借りたいくらいだから、今回は近所の女子高生の手を借りて対話形式でお送りする。

りりす:乱歩「カー問答」の昔から、大井廣介『紙上殺人現場』、石川喬司の連載「地獄の仏」(『極楽の鬼』所収)、最近では木村二郎氏のジロリンタンと速河出版の女編集者まで、対話形式はレヴューの王道よ。

博士:君、いつの時代の女子高生じゃ。

りりす:何とかじゃ、と話すお爺さんに会ったことがないわ。

博士:そういえば、「ヒヒヒ」と笑う老婆にも会ったことがないのう。

りりす:子どもができたと言ったら、眼を潤ませて「やった〜!」と叫ぶ父親にも会ったことがない。

博士:君、何人産んどるんじゃ。

博士:今回は9冊じゃ。うち、国書刊行会の5冊を合わせると、税込み13,824円じゃ。これはぜひ世界の中心で叫びたかった。

りりす:私は、博士から借りて読んだわよ。

喜国雅彦・国樹由香『本格力』

博士:最初は、漫画家にして本棚探偵、喜国雅彦氏と国樹由香氏の「今まで見たことのないブックガイド」。ミステリにまつわる面白コーナーがたくさんあるけど、当欄的には、「本当にお薦めしたい古典ミステリを選ぶ「H-1グランプリ」が最高じゃ。

りりす:現代の読者の立場に立って海外クラシック・ミステリのベストを選ぼうという企画ね。これが坂東善博士と普通の女子高生りこちゃんとの対話で進むわけ。どこかの趣向とそっくりね。

博士:おっ、どうやら、終電が来たようだ。

りりす:真昼間だって!

博士:なんせ古手のミステリファンは、大昔に古典的名作を読んでいるので、ほぼ筋を忘れてしまっているし、名作が一時期にバーンと並んでいたわけでもないから未読作品も多いんじゃ。そんな中、現代の新しい読者にとって面白いのか、改めて読んで吟味するということを、おおむね毎回5点以上、9年かけた全27試合という一大スケールでまとめられたのは、壮挙じゃ。でも、りこちゃんの評が手厳しくてのう。『そして誰もいなくなった』『二人の妻をもつ男』も落選しておった…

りりす:何も、ハゲ隠しで涙をふかなくても……。

博士:最初の頃、博士も怯えていたようじゃが、後半になってくると、ずいぶん博士とりこちゃんの波長があってくる。

りりす:それは、原理上、しかたがないわ。

博士:読んでない本は読みたくなり、読んだ本は読み返したくなるというのが、名ブックガイドの条件だと思うが、本書はまさにそれ。二人のやりとりはあくまで楽しいし。クイーン『エジプト十字架の謎』の技術分析やカー『三つの棺』の密室講義の隠れた意図など、評論家も地団駄を踏む見解もある。わしとしては、バークリーの評価とか、びくりと反応したいところも無論あるが、『自殺じゃない!』『グリンドルの悪夢』が優勝しているのは嬉しかった。勝負の結果に一喜一憂するのも楽しみの一つじゃ。

戸川安宣『ぼくのミステリ・クロニクル』

博士:東京創元社で長く編集者として活躍してきた戸川安宣氏の聞き書き集。一読して思ったのは、個人的なことだが、読者としての大きな部分を戸川氏という「黒幕」に導かれたんだなあ、ということ。わしにとって、創元推理文庫が特に大切な文庫になったのは、戸川氏が企画した〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉やクラシック・ミステリを発掘していった〈探偵小説大全集〉が決定的だったし、〈日本探偵小説全集〉という画期的文庫全集発刊のことも鮮烈に憶えている。その後、〈鮎川哲也と十三の謎〉を企画、鮎川賞に発展させ、清新な新人たちを次々に送り出してきた。戸川氏の編集の軌跡を追うようにミステリを読んできた一群の読者がいるわけだが、黒子に徹したせいでその業績はおぼろげにしか判らなかったのじゃ。今回、この本で、一連の仕事を詳しく教えてもらって、数十年にわたりシーンを生み出し、その積み重ねとして現在のミステリシーンがあるということがよく判った。

りりす:東京創元社の会長を辞めたあとも、編集の仕事を続けているもんね。私は、ミステリ研究会時代の話や売り手としてミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の話が面白かった。一度行ってみたかったなって。

博士:しかし、幼少期の〈二十面相シリーズ〉の愛読から始まって、これだけミステリ一筋の編集者というのも珍しいはずじゃ。ファン魂を持続しつつ、新しい書き手と読者を開拓し、今もなお、ミステリに情熱を燃やしていることは、ミステリ界には天祐だったとしか思えない。今回は仕事の話が中心だったが、海外・国内を問わない作品論、作家や翻訳家周辺の話などもまとめてほしいものじゃ。

フランシス・M.ネヴィンズ『エラリー・クイーン 推理の芸術』

博士:本書は、クイーン研究の第一人者が資料や関係者証言を収集し、偉大なミステリ作家のデビューから晩年までの軌跡をたどったエラリー・クイーン伝の決定版。本文450頁超、書誌70頁超、それに写真、索引がついた巨弾本じゃ。わしの大好きな作家だから嬉しくてのう。邦訳のある『エラリイ・クイーンの世界』の「増補改訂版」だが、合作の内幕、60年代に量産されたペイパーバック・オリジナル等の新情報も満載されていて、面目を一新したものといっていい。

りりす:クイーンの宣伝体質の部分が面白かった。『ローマ帽子の謎』で危険な毒薬の情報を知らせたとして匿名で新聞に投書して話題になることを煽ったり、覆面でバーナビー・ロスVSエラリー・クイーンとして完璧なリハーサルのもと討論したり、自分の名前がどれくらい知られているか調べるために、わざと、ニューヨーク、エラリー・クイーン宛てで郵便を出したり。ラジオドラマに乗り出したのも、プロモーションの一環的なところもあるし。

博士:そこか。わしは、やっぱり、ダネイとリーの軋轢だな。ダネイがプロットをつくり、リーが実際に書くという合作方式が初期から続いていたわけだが、40年代には、リーが、「僕は何なのだろう。雇い主が設計図を放り投げてくるのを待って道具の前に座っている哀れな下働きなのだろうか?」と書いている。リーの文学規範は、リアリズムであり、ダネイのプロットは「構想の広大さと大胆さがほぼすべて」。小説観の相違は、「僕らは独房でわめく二人の偏執狂で、お互いをズタズタに引き裂こうとしている」というところまで行きつく(引用はいずれもリーの手紙)。この二人だから、前人未踏のミステリが誕生したと軽々しくまとめられないような亀裂の深さ。ミステリ好きのいとこ同士として始まったクイーンの人格内ではキャリアを経るにつれ、激しい争闘が繰り広げてられていたんじゃなあと。いずれにせよ、この本は、伝記的事実や二人の人柄、ときに厳しいが独自の魅力を分析した作品評、映画やラジオとの関わり、EQMMやアンソロジーの内幕などなど今後クイーンを語る上で、汲めども尽きぬ興趣に満ちている。

りりす:でも、本文によると、アメリカ本国では、完全に忘れられた作家になっているみたい。

博士:嘆かわしい。わしに言わせれば、クイーンは、探偵小説という形式を突き詰めていくうちに、なにか途方もない領域に触れてしまった20世紀アメリカの文豪じゃ。『十日間の不思議』『悪の起源』『九尾の猫』『盤面の敵』『第八の日』……。「操り」に関してのオブセッションじみた問いかけは、ナチズムや広告宣伝の世紀でもあった20世紀の問題系と正対すものであり、「操り」は、21世紀の今日、より精緻化され、現代の、われわれの……。おーい——。

マージェリー・アリンガム『クリスマスの朝に』

 小学校時代の同級生ピーターズが病死したという新聞広告を見た、アルバート・キャンピオン。卑劣ないじめっ子を葬儀で見送ってから半年後、殺人事件の捜査に協力を求められた警察署で見た死体に、キャンピオンは驚愕する!

博士『窓辺の老人』『幻の屋敷』と続いたキャンピオン氏の事件簿も、この第三巻『クリスマスの朝に』をもって、いったん中締めのようじゃ。メインディッシュは、本邦初訳の中編「今は亡き豚野郎(ピッグ)の事件」。中編といっても、200頁超え。内容も堂々たる長編仕様じゃ。

りりす:キャンピオンがいじめられっ子だったのにも驚くけど、殺された男が半年前に葬儀で見送ったはずの当人、というのは魅力的なすべり出しね。では、埋葬されたのは誰だったのかということになるわけだけど、怪しげだったり、奇天烈だったりする登場人物が次々と登場して事態は混乱。村人たちの憩いの地を俗悪なリゾートにしようとするたくらみが背景にあるようだし。全体に霞がかかったような事件なのに、キャンピオンの謎解きで一挙に視界が晴れ渡るのは快感でした。従僕ラッグの出番が多いのも嬉しいし。

博士:クリスティが書いた著者への追悼文も収録されており、その中でアリンガム作品の特徴として、「幻想性と現実感の混在」を挙げているが言い得て妙じゃ。登場人物たちは皆リアルなわけではないが、いきいきとして確かにそこに存在しているようでもある。そういった小世界をつくるのが実にうまい。その世界では、トリックが無理筋などということは些末にすぎない。

りりす:同じ村が舞台の「クリスマスの朝に」も、しっかりミステリもしていて、クリスマスにふさわしい話だったしね。

博士:まだ、短編はあるので、続巻を期待しておこう。

シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』

エリザベス・リッチモンドは内気でおとなしい23歳、友もなく親もなく、博物館での退屈な仕事を日々こなしながら、偏屈で口うるさい叔母と暮らしていた。ある日、止まらない頭痛と奇妙な行動に悩んだすえ医師の元を訪れる。診療の結果、原因はなんとエリザベスの内にある、彼女の多重人格だった。ベス、ベッツィ、ベティと名付けられた別人格たちは徐々に自己主張をし始め、エリザベスの存在を揺るがしていく……

博士:今年は、生誕100年ということもあって、シャーリイ・ジャクスンの当たり年だったのう。

『日時計』『絞首人』の初訳に続き、本書『鳥の巣』(1954)と、『絞首人』の別訳(『処刑人』)が出て、異色作家短編集『くじ』が文庫化。(ついでに言っておくと、『処刑人』の深緑野分氏の解説は、作中のタロットカードを手がかりに作品に新たな照明を当てていて必読じゃ)それだけ、「魔女」と呼ばれた作家への関心が高まっているということじゃな。

 中でも、本書『鳥の巣』は、強烈な異色作だ。1950年代半ばには、多重人格を扱った作品がミステリやホラーがポツポツと出てくる。わしが魔女と呼んでいる作家がみな、この時期、同じテーマを扱ってのは、奇縁じゃ。この本は、多重人格小説の黎明期の作品だが、ここまで真正面から取り組んでいる小説は珍しいだろう。といっても、多重人格という恰好の素材を得て、誰にでも巣食う人間の孤独とコミュニケーションの不全を描いたというのがわしの見立てじゃ

りりす:能書きはいいけど、この本には、ひきずりこまれたよ。平凡な博物館職員がある日、匿名の「おまえはにげられない」という手紙を受け取るオープニングからザワザワして。ライト医師の催眠術治療を受けるうちに、邪悪な人格ベッツイが現れ、家出してニューヨークへ。大都会で困惑するベッツイに少し同情したり。さらに、予想を裏切る展開があり、どこに連れていかれるんだろうと。あちこち怖かったり、こっちの神経に触れてくるところもあるけど、医師がそれぞれの人格と対話するところは、むしろコミカルだったり。なんとなく時代からズレている医師のキャラもいい。そして不思議なことに何か清々しいものが残るの。

博士:前作『絞首人』が自伝的要素を帯び主人公の少女の心理に寄り添ったもので、時に息苦しかったのに対し、こちらは、主要人物のキャラクター設定や複数の語りのスタイルからも、作家としての成熟を感じさせる。皮肉を効かせた登場人物の描き方や分裂した人格の対立には、黒い笑いも感じさせて、これが『日時計』にもつながっていくわけだ。随所に出てくるマザーグースの童謡の使い方も効果的じゃ。

りりす:粗野で狡猾なベッツイにしても、囚われ人なんだよね。

博士:ここでは各人格が、ゴシックロマンスの塔の中の姫君のように囚われている。いかにも、この作家らしい。そして、人格が一筋縄でないのは、エリザベスだけじゃない。博士は、医者としての使命で治療に熱中するが、むしろ、エリザベスの中の好きな人格と関わりたいという好奇心の方が強く見える。囚われの姫君を救う騎士=治療者だったはずが、フランケンシュタイン博士のように、「怪物」を生み出してしまう。エリザベスの叔母は、偏屈極まりなく姪を縛りつける一方で、ユーモアに富み彼女に寄せる愛情は本物だ。本書においては、登場人物もまた、分裂的存在なんだ。

りりす:これ以上利いた風な口をきいたらお前を食っちまうぞ!/でも、博士のことを信頼していないなんて思わないでね。

博士:人前で「鳥の巣」ごっこはやめろ。

ピエール・ボアロー『震える石』

 列車内で暴漢に襲われた娘を助けたことをきっかけに、私立探偵アンドレ・ブリュネルはブルターニュ地方の古めかしい伯爵邸を訪れる。次々と起こる奇怪な事件。ブリュネルは謎の襲撃者に翻弄されながら、邸の人々を守り、真実を掴もうと苦悶する。

博士『震える石』(1934)は、フランスの合作コンビ、ボワロー&ナルスジャックの片割れボワローのデビュー作。ボワローは、不可能犯罪をメインにした謎解き物で知られている。『殺人者なき六つの殺人』では、密室の謎などが満載だった。不可能犯罪ファンには、嬉しいプレゼントだろうて。メインの謎は二つ。密室状況にある浴室からの襲撃者の消失と、犯行を察知した探偵がごく短時間で駆けつけたのに襲撃者も被害者も消えているという不可能状況。

りりす:190頁弱と短いから、すぐ読めた。でも、不可能犯罪がメインというより、全体には、ルパンシリーズのよう。次々に犯行を重ねる見えない犯人の動きがすごくて、周囲の人を救えない探偵ブリュネルさんの苦悩も深い。あまりなじみのないブルターニュ地方でのカーチェイスも迫力あったわよ。

博士:のちに、ボワロー&ナルスジャックとして贋作シリーズを書いているくらいじゃから、ルパン物は、作者の血肉となっているはずだ。久しぶりに、名探偵VS名犯人が拮抗する大活劇が楽しめた。背景にあるのは、名家のお家事情というのもクラシカルだし。でも、この本で、最もインパクトがあったのは、深夜、ブリュネルが塔の階上から、当主親子の会話を盗み聞きするシーンじゃ。

りりす:二人が会話するようでいて、実は互いに同じセリフを何度も何度も繰り返しているところね。あそこは薄気味悪くて、さきを早く読みたくなった。パンチラインっていうやつかな。

博士:不可能犯罪の絵解き自体は、隠された事情が効きすぎていて、それほどでもないが、ケルトの伝統が息づくブルターニュの地方色も豊かで、ルパンや明智小五郎の長編が好きな人は楽しめると思うぞ。

S・A・ステーマン『盗まれた指』

 幼い頃に両親を亡くした娘クレールが、唯一の血縁の伯父が住むベルギーの片田舎の古城で遭遇した謎の二重の死。殺された伯父の小指は、切り落とされ、持ち去られていた。マレイズ警部が辿りついた真相とは。

博士『盗まれた指』(1930)は、『六死人』(1931)や『殺人者は21番地に住む』(1939)などで知られる作家ステーマンの久しぶりの登場じゃ。『黄色い部屋の謎』がありながら、フランスでは、謎解きミステリは長く根付かなかったが、英米の作品が流入してきて、20年代の後半から10年ほどの間に、盛んに書かれるようになる。その謎解き物の隆盛を担ったのが、(ベルギー出身だが)ステーマンや、ピエール・ヴェリイ、さっきのボワローなどじゃ。『六死人』などは堂々たる謎解き物だった

りりす『本格力』にも「もっと光が当たっていい作家」と書いてあるしね。

博士:といっても、英米の本格物とは、風合いが違うことも、また事実で、その辺りもフレンチ本格の読みどころといえのではないかと思う。本書の場合も、読者への挑戦めいた仕掛けも含めて謎解きミステリといっていいんじゃが、幕開けは、ゴシック・サスペンス風で……

りりす:ストーップ! その続きは『盗まれた指』ストラングル・成田さんの解説を読んでみてね。

博士:ストラングル氏には優しいのう……。

ファーガス・ヒューム『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』

 主人公ヘイガーは、豊かな黒髪と浅黒い肌が印象的なジプシー(ロマ族)の美少女。でも、ある事情から仲間と離れ、ロンドンのけちな質屋に身を寄せ、経営している。気が強くて抜け目ないヘイガーは、また、鋭い勘と鑑識眼の持ち主だった。質草として持ち込まれる様々な物にまつわる謎を、知恵と好奇心で解きあかす。

りりす:びっくりしちゃった。

博士:19世紀後半から20世紀初頭の女性探偵を主役にしたミステリを集成するという、この「シャーロック・ホームズの姉妹たち」の最初が、ヴィクトリア朝のベストセラー『二輪馬車の秘密』の作家の『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』(1898)。なにせ、「少女」で、「ロマ族」で、「質屋」で、「探偵」じゃからのう。同時代の「男性」「白人」「紳士階級」のホームズを「中心」とすると、よくぞ、これだけ「周縁的属性」を持った名探偵が創造されたものじゃのう。

りりす:お話の方も、いまどきの「日常の謎」や、お仕事探偵に近い感じ。

博士:そうそう。ヘイガーが営む質屋の客は、ほぼ庶民だし、質草にまつわる謎を好奇心が強いヘイガーが解いていくという設定は、今でも使えそうじゃ。扱う謎は、遺産探しあり、暗号あり、盗難事件あり、殺人ありで、バラエティに富んでいる。ただ、謎解きは軽めで、場合によっては、ヘイガーが狂言回しにすぎない回もある。

りりす「八人目の客と一足のブーツ」はなかなかの謎解き物だったよ。運命を狂わせた裏切りにどう決着をつけるかを描いた「六人目の客と銀のティーポット」はしみしじみとしたいい話。いかにもヴィクトリアンって感じ。ヘイガーは、「女にしておくのはもったいない」といわれて「男になるほど悪人じゃない」と切り返すカッコよさ。

博士:気が強い美少女ってのは、ある種、男の理想像でもあるのう。どうじゃ。

りりす:何がどうじゃじゃ。気の弱い美少女に何を言われても。ヘイガーは、遺言管財人になったから律儀に質屋を経営しているだけで、田園を放浪する生活に帰りたくてしかたがない。好きになった青年が相続人を連れ戻してくれるのを待ちわびる乙女でもあるのよね。

博士:わしとしては、世界各地の宝が裏切りやら不品行やら様々な悪徳をまとってロンドンの掃きだめのようなところに流れ込んでくるが、そこに一人の異民族の美少女がいて、謎を解き、罪を浄化してくれるというおとぎ話めいたつくりがロマンティックで良かったぞ。

レジナルド・ライト・カウフマン『駆け出し探偵フランシス・べアードの冒険』

 今度の捜査を失敗すればクビ!私立探偵事務所に勤務するチャーミングな駆け出し探偵フランシスが挑んだ任務は、ニューヨーク郊外、「メイプル荘」での貴重なダイヤモンドの見張り番。ところが、見張っていたダイヤモンドは消え、殺人事件が起きる!

博士:こっちは、1906年に出たアメリカの女探偵を主人公にした長編ミステリじゃ。

りりす:主人公は、いかにも活発なアメリカ娘って感じ。けど、19世紀末を舞台にしているのに、探偵事務所に雇われている女探偵に、依頼人や周囲の人々が大して驚かないのね。解説によると、実際に女探偵って存在したらしいけど。

博士:地下室の調査で邪魔だから、スカートを脱いでしまう活発さ。当時ぎりぎりのお色気シーン。これが本当のパンチラインじゃな。

りりす:博士も地下室に放り出される前に、そのハゲ隠し脱いだら?

博士:本書のつくりには、驚いてしもうた。宝石が二度盗難されるという謎、続く殺人事件、みずからのアリバイについて固く口を閉ざす容疑者、検死尋問と進行し、フランシスは、事件当夜のタイムテーブルを精緻に再現することによって、意外な犯人にたどり着く。ラストは、関係者を一か所に集めて、さて、という謎解きシーンじゃ。事件関係者の動きを読者の頭に残るよう繰り返し提供していることでも、本書の主眼がフーダニットにあることは明らかだ。こうした骨太の謎解きに、フランシスの片思い、同じ事務所の男探偵との駆引き、事務所との契約がどうなるかといった興味をうまく絡めている。解説によれば、本書の作者は、専業の探偵小説家ではなかったこともあって、海外のレファレンス本でもこれまでほとんど言及されることのない作家だったという。本格ミステリのプロトタイプといえる長編がこの時期のアメリカにあったとは!

りりす:博士的には、そうかもしれないけど、この小説のストーリーは、現代に移しても、何ら古びてないってところが、意外だった。フランシスも勇敢だけど、ドジも踏む普通の女性だし、多少アレンジすれば、いまの時代のコージーなミステリとしてもおかしくないんじゃない? ま、婚約者のいる男に、岡惚れするのは、さすがに天真爛漫すぎるけど。

博士:ん、「岡惚れ」?

りりす:私、普通の女子高生よ。

博士:江戸の普通の女子高生か。

二人:皆さん、よいお年を!

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

 ツイッターアカウントは @stranglenarita

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