—— 逃げるはハンザイだが役に立つ

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

­加藤:早いものでもうすぐ6月も終わり。必ずや歴史にその名を刻むであろう2020年の前半が終了です。一日でも早く「あの頃は大変だったね」とか「なんであんなに大騒ぎしたんだろ」とか懐かしがりたいもんですね。

 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」も75回を迎えることができました。いわゆるひとつのスリークオーターです。ここまで続いたのも翻訳ミステリーを愛する皆さんのお陰。心から感謝申し上げます。これからも、皆さんが忘れかけている素人目線とナノテクノロジーの限界に挑む薄っぺらい考察で完走を目指したいと思いますので、最後までお付き合いください。
 そして今回のお題はジャネット・イヴァノヴィッチ『私が愛したリボルバー』。1994年の作品です。

ステファニー・プラムは30歳でバツイチ。バイヤーとして働いていた下着専門店の職を失い、失業中の身だ。家財道具を質に入れて何とか食いつないでいたけれど、もはや限界。手っ取り早く金を稼ぐために飛びついた仕事はバウンティー・ハンター、保釈金を踏み倒して逃げた犯罪者を探し出す賞金稼ぎだ。報酬は保釈金の10%。そして最初のターゲットは元警官のジョー・モレリ。なんとステファニーの幼馴染で、初体験の相手だった!

 著者のジャネット・イヴァノヴィッチは1943年生まれのアメリカ人作家。ロマンス小説でデビューしたのち、自分が書くべきは「ロマンティックな冒険小説」だという天啓を得て(?)執筆した本作『私が愛したリボルバー』が大ヒット。以後、ステファニー・プラムを主人公としたシリーズを中心にヒットを重ね人気作家になりました。詳しくは、翻訳者の細美遙子さんによる「初心者のためのジャネット・イヴァノヴィッチ」をどうぞ。

 僕は『私が愛したリボルバー』というタイトルは知っていましたが、当時よくあったハードボイルドパロディだろうとタカをくくって、これまでスルーしてきました。しかし読んでビックリ、思っていたのとぜんぜん違うじゃん。
「手っ取り早く金が稼げる」という理由だけで、知識も経験もなくバウンティー・ハンターとなった主人公ステファニー・プラムは、ちょっとイケてるイタリア系。コージーっぽいというか自警団モノっぽいというか、舞台となっている狭い街では登場人物のほとんどが知り合い。悪そうなヤツは大体友達という、僕の大好きなノリのやつでした。そんな変な人たちに囲まれ、本人はいたって真っ当な人間のつもりのステファニーですが、彼女もそーとー破天荒。

 そして彼女の初仕事、最初のターゲットは元警官で、故殺の容疑者ジョー・モレリ。よく知る幼馴染だったからビックリです。ステファニーは数年前に、彼に対する憧れと憎しみが複雑にブレンドした自分の感情がよく分からなくなって、発作的に車ではねとばしたという過去があったりします(面白すぎるだろ!)。
 僕にとって、この話のツボはステファニーとモレリの不思議な関係だったな。ステファニーがモレリを捕まえるために危ない場所に行き、結局は毎回モレリに助けられるバカ展開。くそっ、面白いじゃねえかw

 畠山さんは既読だった?

畠山:恥ずかしながら私も初めてのイヴァノヴィッチです。お噂はかねがね伺っておりました。そっと白状すると、ジル・チャーチル作品と混同していたんですが。だってタイトルが……。

 失業して極貧生活中のステファニーは、背に腹は変えられず、物騒な世界に足を踏み入れます。なにせ家財道具は換金し尽くし、冷蔵庫の中は空っぽ(かろうじてビールが1本)、車は錆と傷だらけのポンコツというありさまなのです。唯一の慰めは飼ってるハムスターのレックスくらい。原題は One for the Money で、数え歌の出だしの歌詞らしいのですが、まさに「まずは金だ!」という状況なんですね。
 実は彼女の実家はさほど離れていないところにあって、家族との折り合いが悪いわけでもないのに、意地でも帰ろうとしないのです。過干渉はごめんだわ、という感じ。この強烈な自立心が気に入りました。
 人生の裏街道なんかまるで知らない彼女が、何度も文字どおり痛い目に遭い、少しずつ骨太なバウンティー・ハンターに成長していくその逞しさたるや。
 無茶で、無鉄砲で、めげない女。たくさんのスーパーの袋をぶら下げて歩きながら、つい「たぬきの金玉の歌」を思い出しちゃう屈託のない下品さも申し分なし。素晴らしいよ、ステファニー・プラム!

 ステファニーのキャラはたぶん、祖母のメイザおばあちゃんのDNAですね。このおばあちゃん、ド派手な格好でお葬式に行ってみたり、ほんの手違い(?)で食卓で銃をぶっ放してみたりと、やることなすことメチャクチャで、口を開けばどこまで本気かわからないすっとぼけぶり。彼女を愛さない読者はいないんじゃないかな。

 バウンティー・ハンターは滅多にないとしても、まったく未経験の世界にえいやっ!と飛び込んでみることは、誰でも少しくらい経験があるんじゃないでしょうか。かれこれ10年くらい前ですかね、加藤さんが「読書会なるものに行ってみる!」と言ったのは。一晩中飲んだくれてウザいハードボイルド論を吐き散らかす輩が、ピザを食べながらコージーミステリーを語る会(☞ こちら)でなにをするつもりなのか、ぶち壊し発言でお出入り禁止になるのではないかと、こっちのほうが心労で倒れそうだったわ。

加藤:心配してくれてありがとう。今度会ったら首絞めてやるからな。
 でも、最初の読書会は本当に楽しかったなあ。直に好きな本の話をする機会なんて、それまでなかったもんね。
 そういう畠山さんこそ、第一回目の札幌読書会の前にビビりまくってたのを、僕は昨日のことのように覚えてるぞ。「あたしに出来るかな、誰も来なかったらどうしよう、大雪が降ったらどうしよう(夏でした)」って。思い出すと笑えてくる。そんな可愛いキャラだったっけw
 リアルな読書会がいつ再開できるのか分からないけど、初心を忘れず、初参加の人やビギナー読者の方が楽しめる優しい読書会でありたいですね。

 さて、ステファニーの仕事「バウンティー・ハンター」とは、借りた保釈金を踏み倒してトンズラした悪いやつらを探し出す賞金稼ぎ。それが職業として成り立つのが、さすがアメリカですね。
 ちなみに、もうすっかり忘れられている感じのするカルロス・ゴーン氏の保釈金は15億円。バウンティー・ハンターの取り分は10%なので、ゴーン氏を捕まえれば1億5千万円が手に入る計算です。なんて美味しい仕事! ってステファニーが飛びついたのも分からなくもない。「貧すれば鈍する」ということわざの用例として、辞書に載せたいくらいです。

 僕はこの話を読みはじめた当初、失踪人=逃亡者を探すという意味で、やっていることは私立探偵と変わらないじゃないかと思いました。主人公が逃亡者を探すために関係者から話を聞いているうちに、意外な事実が浮かび上がり……みたいな話だろうと。

 でも、読んでみるとちょっと違った。バウンティー・ハンターはずっとドライというかクール。逃亡者にどんな事情があろうと、もしかしたら無罪かもしれなくても、そんなの関係ねえ。あえて彼らの人生に立ち入ったり感情移入したりはしない。そんなところがカッコいい。

 もう一つ本作の美点に上げたいのが、著者ジャネット・イヴァノヴィッチの、ミステリーのフォーマットにとらわれない展開ですね。単に書き慣れていなかっただけかも知れないけど。上手に伏線を張ったり、ミスリードを仕込んだりということにあまり気を使っていないというか。そこに逆に騙されたりして、そんなところも面白かったなあ。
 あと、本作にはついに自動車電話が登場します。携帯電話の登場もそう遠くないはず。

畠山:『私が愛したリボルバー』の最大の魅力は、キャラクターの面白さかなと思います。ナンセンスギャグの塊みたいなステファニーの家族はいわずもがなですが、仕事を割り当てながら気軽に情報もくれる保証会社の秘書さんとか、面倒見のいい家電屋のお兄さんとか、いかにも小さな町の気安さみたいなものがあって、ホッコリできます。そして街角で商売する二人の娼婦も、優しくてチャーミングで強い人たちだった。ちょっと泣けちゃった。
 とにかくみんなが生き生きとしていて、小さなことにクヨクヨせず、行き当たりばったりでもなんとか乗り越えるパワーを持っている。本当に気持ちのいい世界です。

 そして忘れちゃいけないのがジョー・モレリとレンジャー・マニョーソの男性二人。
 まずはジョー・モレリ。最初はステファニーと敵対していながらも、徐々に共闘するようになっていく彼のキャラを、女性読者はどう思うかな? ちゃっかりステファニーの家に入ってサクッと料理の腕をふるうあたりは、まんざらでもないのだけど、「オレにかかって堕ちない女はいない」みたいなあの自信家ぶりは、好みが分かれそうだなあ。もし私が子供の頃の電車ごっこ(日本でいうお医者さんごっこ?)をニヤけてネタにされたりしたら、立ち上がれなくなるような七年殺しを見舞ってやるね。ああ、だからアタシのPCは必ず「漏れり」って変換するのか。
 それより私はレンジャー・マニョーソが断然よかったなあ。腕利きのバウンティー・ハンターで、ステファニーに仕事のいろはを教えてくれるマッチョな男。自分の儲けにもならないのにせっせと面倒をみてくれるのは、紛れもなく下心アリアリだからだろうけど、モレリよりずーっと紳士じゃない? この3人の今後の展開は、めっちゃくちゃ気になるわ。

 今回初めて読んで、超ファンになってしまいまして、ステファニーがこれからどういう事件に遭遇するのか、メイザおばあちゃんがずっと元気でいてくれるか、加藤さん言うところの「バカ展開」がパワー落ちずに続いてくれるか、続きが気になってたまりません。
 それにコロナ禍で暗くなりがちな気分を、ステファニー・プラムがパッと明るくしてくれて、もう救われたのなんのって。しんどい時こそユーモア小説の出番! てなわけで、既刊本をネットで買い漁ってしまいました(調子に乗って何冊かダブったのはナイショ)。でも、ほとんどが古本じゃないと入手できないのは残念です。心の潤いのためにも、復刊&続刊を期待しています!

 そんなこんなでこの連載も行程の3/4まで辿り着きました。これからもマイペースで毎月の課題を楽しんで読んでいきたいと思います。オッサンとオバチャンのコンビなので、一抹の不安といえば健康でしょうか (笑)。せいぜい用心してまいります。皆様もどうぞご安全に。

 

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 ジャネット・イヴァノヴィッチが「そういう作風」であることに、刊行当時誰も気づかなかったのではないかと思います。だって題名が『私が愛したリボルバー』だもの。この当時、3Fという蔑称がありました。主人公と作者と翻訳者が女性、だったかな。これに読者が女性というのも加えて4Fと言ったり。提唱者にはその気はなかったかもしれませんが、今でも蔑称だと思っています。女性だからなんだっていうわけ。二翻ついて満貫になるの。点ピンで打つか、なんなら。

 それはともかく、パレツキー&グラフトンが切り拓いた女性が主人公を務める私立探偵小説が1980年から1990年代にかけて多く刊行されたのは確かです。原題One for the Moneyにそういう邦題をつけたのは編集部のお手柄だったかもしれません。もし意図的にそうしたのだとしたら、続くTwo for the Doughの題名を『あたしにしかできない職業』にしたのはしてやったりであったでしょう。この題名は女性探偵ものの定番(古典というにはまだ日が浅かった)P・D・ジェイムズ『女には向かない職業』のパロディになっているからです。そして第三作『モーおじさんの失踪』でシリーズ本来のテイストがようやく前面に押し出されます。変人奇人がいっぱいのシチュエーション・コメディというのが本来のステファニー・プラム・シリーズの味です。ステフの家族や親戚は全員強烈なキャラクターで、彼らが順番に準主役の活躍どころを割り振られていく。「サザエさん」と一緒で「波平FX失敗」「フネ怒りの三行半」「ノリスケ死ぬこと以外はかすり傷」とか題名がつく感じ。あれを長篇小説の連続ものでやったのが本作なのでした。

 イヴァノヴィッチはロマンス小説から作家業に入った人です。ステフを巡る二人の男性を登場させ、三角関係で話を進めていくやり方がうまい。マザコンの気があって野暮だけど好感のモレリと得体の知れないアウトローのレンジャーという二人はまったくタイプが違いますが、共通点があります。二人ともトラブルシューターであることです。対するステフは完全なトラブルメイカーで、彼女が何かにかかわるとたちまち大ごとになります。ステフが新車を手に入れると必ず爆発するという繰り返しギャグがあるのですが、そうした事態になったときに、呆れ顔をしつつも事態収拾に手を貸してくれるのがモレリとレンジャーなのです。車の爆発がつきもののスクリューボールという見方もできますね。

 ミステリーとロマンスは愛称がよく、両方を兼ねている作家は多数います。私はロマンス小説は門外漢なのですが、キャラクター扱いの公平さ、時事風俗の折り込み方の巧さという点で、ミステリーはロマンス小説に学ぶべき点が多くあると思っています。イヴァノヴィッチはその代表例と言えるのではないでしょうか。この言い方はあまり好きではないのですが、日本における「お仕事小説」の要素もこのシリーズは持っています。慣れない仕事に挑んでなんとか食べていけるようになる。ステフの場合は何作目になっても一人前のバウンティ・ハンターになったといえるかどうか微妙な感じではあるのですが、いっぽんどっこでやっているんだという気合は見習いたいものがあります。このあとに続々と翻訳されることになるChick Lit、若い女性向け小説と呼ばれるものの先駆けとして『私を愛したリボルバー』は世に出たのでした。私立探偵、あるいはバウンティハンターといった職業にヒロイズムを感じちゃうような世代の方とはもしかするとミスマッチかもしれませんが、読むと楽しいですのでお試しを。このシリーズ、本国では今年第27作が刊行されるというのに、翻訳は中途で止まってしまってとても残念です。どこかで出してくれないものか。

 さて、次回はガイ・バート『ソフィー』ですね。期待しております。

 

加藤 篁(かとう たかむら)

愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?)twitterアカウントは @shizuka_lat43N

 

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