——ありそでなさそであったらヤだけどあるかも? な世界

全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋著『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。

「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁

「後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳

今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!

畠山:全国各地から桜の開花宣言が届く時期になってまいりました。毎年「桜ぁ? 北海道はまだ積雪ガッツリあるんだゼ、それどころか時々吹雪くんだゼ、桜、桜ってイヤミかコラ!」みたいな僻んだことを言っていると嫌われますのでね、考え方を変えようと思いますの。窓の外はこんもりの雪ですが、桜スイーツをどっさり買い込んで舌と胃袋は春爛漫でございます。美味しいモノ、それは Justice!

 そして春といえばパン祭り、じゃなくて「翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンション」

 今年の大賞候補作は『熊と踊れ』『その雪と血を』『拾った女』『マプチェの女』『ミスター・メルセデス』の5作です。さて栄冠はどの作品に? そしてフランス語短篇翻訳コンテストの結果は? 読者賞は? 他にも垂涎必至の企画満載。なにより全国の翻訳ミステリーファンとたくさんお話ができるのはとっても楽しいです。個人的には各地の読書会の世話人さんと、情報交換含めて四方山話をさせていただきたいと思っています。

 4/22(土)ゴジラ第2形態の上陸地、蒲田でお会いしましょう!

 さて、杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に取り上げる「必読!ミステリー塾」でございます。今回のお題は、デイヴィッド・イーリイの短篇集『タイムアウト』です。こんなお話。

なにからなにまで“ぱっとしない”歴史学者ガル教授。彼の夢はイギリスに行くこと。ロンドンでの人文学的調査にダメモトで応募した結果、なんと夢の渡航が現実に!ガル教授を含めた40名の調査団は意気揚々とアメリカを出発したものの、降り立ったところはだだっ広くて木も芝生もない茶色一色の荒廃した土地だった。ココハドコ、ワタシハダレ?—「ロンドンへようこそ」「これは不死鳥計画です」…はい?

一体イギリスに何が起こったのか?そして荒唐無稽な計画は成功するのか?(表題作「タイムアウト」他14篇)

 作者のデイヴィッド・イーリイは1927年米国シカゴ生まれ。大学で文学とジャーナリズムを学んだのちに従軍。除隊後に新聞記者を勤めながら執筆活動を始めました。

 1962年「ヨットクラブ」でMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀短篇賞を受賞。それからはイタリアに移住して専業作家となったそうです。

 羽柴壮一氏の解説によると、イーリイの父親はルーズヴェルト大統領の下でニューディール政策を支えた大物行政官だったそうで、“リベラルな姿勢や社会への関心など多くの面で父親から影響を受けている”といえるだろうとのこと。

 まずは久々の自白です。作者の名前も本のタイトルも全く知りませんでした!

 いやー、「知らない宣言」って、言っちゃうと気持ちいいですね。こともなげに「あ、それは読みましたよ」と、文字間から虚栄心を吹き出させることの次に気持ちいいですね。え? アタシだけ?

 というわけでイーリイ入門者、ドキドキしながら読んでみました。

 ……ねぇ、ちょっとナニコレ、気味悪くない?

 どこぞの国で現在進行形で行われていることとシンクロして、共感どころか、ざわっとするんですよ。確固たる教育方針を持った校長ととっても躾のいい生徒がいる学校とか、核で全滅した国を何事もなかったかのように完全に再建しようとするトンデモ計画とか、他人の生活を詮索し突きまわして逃げ場を失わせる似非正義の人たちとか。

 50年近く前に書かれた小説と今現在の状況が似ているというのは、小説がすごいのか我々現代人が愚かなのか。

 しかも、ひどく重たいわけでも残忍なわけでもなく、ときおり明るさすら感じさせるのが、これまたさらに現実感をいや増しています。

 そんな感じで、私は一貫した風刺色を楽しみました。

 加藤さんはどう読んだ?

加藤:いやー、バタバタしているうちに気付けばもう3月も終わりですよ!

 我が家もこの3ヵ月は大変でした。高校を卒業する長男が、スッタモンダの挙句に離れた大学に行くことになり、下宿探しやら買い出しやら引っ越しやらで大わらわ。

 金に羽が生えたみたいに飛んでいきましたよ。

 もうワケがわからなくなっちゃって、一瞬、オアフ島のペントハウスを売ろうかとすら思いましたもん。よく考えたらそんなもの持ってなかったんですけどね。

 先日も入学式に必要だってんでスーツを買いに行ったら、なんかのCMに出てたような気色悪い店員が満面の笑みで「初めてのスーツですね。皆さん礼服も一緒に買われますよ」とか言ってくるし。

 そして、第8回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの参加募集が始まりましたね。

 こんな折ですが、今年は張り切って上京するつもりですので、事務局の皆さん、参加される皆さん、宜しくお願いいたします。

 そんなこんなで、僕もイーリイは初めてでございました。インリン(オブ・ジョイトイ)は知ってたけどね。

 これまで、このミステリー塾では、短編の名手たちによるミステリー史に燦然と輝く珠玉の短篇集を攻略してきたわけですが(<攻略はしてない)、今回はまた、これまでと一味も二味も違うビターな味わいで、なかなかデリシャスでございましたよ。

 スタンリイ・エリンの『特別料理』の回で杉江さんに教えてもらった「奇妙な味」としか表現のしようがない異色作家の系統だと思うのですが、そこに描かれているのは意外にも、不条理でもヘンテコでもない普通の世界。でも何かがちょっとだけ違うような、いやそうでもないような。

 奇をてらわず淡々と日常を描いているように見せかけて、気が付くとトンでもないところに運ばれている。そんな話が多かった気がします。

 正直に告白すると、最後まで読んで意味が分からなかった話がいくつかあったなあ。何が書かれているのか理解できないというのではなく、そこから何を感じ取ればいいのかがわからず不安になる。

 難解なモダン・ジャズとか現代アートを鑑賞したときのあの感じ。

 わかりにくいというより、ミステリー的な唯一の答えが存在しないというべきかもしれませんね。

畠山:確かにとまどうラストのものがあったよね。

「ミステリーの短編」というと最後の一撃、ラストでの頭を殴られたような衝撃を予想&期待をするんだけど、この短篇集ではおかしな世界に運んで行ってそのままさよならーーーっていうケースもあるし、テイストとしてはSFっぽかったり文学っぽかったりもするので、頭を柔軟にしようと自分に言い聞かせつつ読んでいました。

 でも読了すると、むしろこちらの勝手な「ミステリーの短編」イメージを“忖度”(3月の流行語月間MVP!?)していない感じがいいなぁ、と思うのです。てか、作者自身がそんなにカテゴリーを意識していないんでしょうね。

 なので読者もあまりカテゴリーに囚われず、まっさらな気持ちで読み始めるといいのではないかしら?

 そうすると、あら不思議。あらためてタイトルを見返したら「なんだったの?」と戸惑ったお話しの方が印象に残っているんです。

 そこで一篇あげるなら「ペルーのドリー・マディソン」かな。アメリカのいわゆる“支配層”を風刺しているんですが、あまりのかっ飛び方にこちらもバカ笑いしてしまいそうでした。あれだけ突き抜けていたら、風刺されているほうも怒るどころか「そうね、それは楽しいわね」と手を叩いて喜ぶかもしれない。

 グサッと刺す感じではなく、ふんわりじんわりした社会風刺。時間が経つごとにじわじわきます。

 全作品を共通しているのは登場人物たちが基本的に「善人」だということでしょうか。あ、もちろんその「善」がどう表現されるか、他人からどう見えるかはいろいろありますが。そういう人たちがささいなきっかけで狂気に陥っていく、ほんのちょっと歪んだ未来へ向かっていく。そのバリエーションが驚くほど豊富なので、この短篇集しか読んでいない私は、「デイヴィッド・イーリイってどんな作家?」と聞かれたら答えに窮します。

 も、もうちょっと読みたい。長編も読みたい。いったい次はどんな世界が開かれるのか、新たなページをめくるのにドキドキするような作家です。

 それにしても加藤さん、ご子息がもう大学生ですか! それはおめでとうございます。

 思えば私たちが読書好きが集まるネット掲示板で知り合ったころ、息子クンはまだちびっ子だったんじゃなかった? そして加藤さんは、育児に追われる妻とよちよち歩きの息子を尻目に夜な夜な飲み歩いては午前様、という前世紀の遺物丸出しな日々を送ってたっけね。反省してる? ま、そのツケは仕送りでしっかりお支払いなさいw

加藤:あのチビがいつのまにか大学生とは驚くよ。背丈はとっくに抜かれていたけど。

 つい先日も、いい加減そろそろ酒の飲み方を覚えろってビールを飲ませようとしたら(<5年くらい前から拒絶され続けてきた)、「未成年が飲酒するきっかけとなる原因の一位は親戚からの誘いだって知ってた?」と物知り顔で諭されてしまったよ。

 一体オマエは俺の何を見て育ったのだ?

 話をイーリイに戻すと、僕のお気に入りは表題作の「タイム・アウト」。

 アメリカとソ連が冷戦の最中に間違ってイギリスとアイルランドを核で消滅させてしまった世界。慌てた両国は力を合わせ、世界に内緒で何事もなかったように再建するというお話でした。

 たまたま出たばかりのル・カレの回顧録(『地下道の鳩』)を並行して読んでいたので、可笑しかったなあ。

 設定からして馬鹿っぽくて大好物なんだけど、筒井康隆みたいなドタバタ展開や、カート・ヴォネガットみたいな深そうで深くなさそうでやっぱり深いみたいな話かと思ったら、そのどちらでもなくって、まさに奇妙な味わいでございました。

 イーリイの短編って、世界観というか設定が徐々に明らかになってゆくというのが、大まかに共通したパターンみたいですね。小出しにして最後にストンと落とすのではなく、じわじわ染みてくる感じ。

 だから、話の内容を知っていても何度も楽しめるし、初読、再読、三読目とそれぞれ味わいが違うんじゃないかな。実際、この短い期間に何作かは再読しちゃったもん。

 そんなこんなで、初イーリイを堪能いたしました。

 そーいえば畠山さん、札幌読書会の「奇術師×奇術師」は凄い企画だったね。アイデアは浮かんでも実現するのはなかなか大変そうだもの。レポートを楽しみにしています。

 それにしても、最近、各地の読書会が素敵に脱線しているのが心配です。

「十分に成熟した読書会では、もはや本の話はオマケである」みたいなことになってきてない?

 まあ、札幌と名古屋には言われたくないだろうけど。

■勧進元・杉江松恋からひとこと

 ご子息の入学おめでとうございます。「理想の学校」が収録されている『タイムアウト』の話をしながらその件に触れられたので一瞬、ええっ、となってしまったことを告白します。学校は寄宿制ですか。

『マストリード』に収録する短篇集は結構選定に時間がかかっています。MWA最優秀短篇賞を受賞した「ヨットクラブ」が本書には収録されているわけですが、この作品は発表当時たいへんな衝撃を周囲に与えたわけです。その驚きに匹敵するものはシャーリイ・ジャクスンのあの短篇しかない。しかし、短篇集全体のミステリー度ではこっちが上かなあ、といった具合に。あれこれ候補を検討した末に残った一冊が本書でした。

 イーリィの作品で初めて作者名を意識しながら読んだのは『大尉のいのしし狩り』に収録されている「緑色の男」だったように思います。なんと気持ち悪い、でもその気持ち悪さが癖になるの、と雑誌のバックナンバーをひっくり返しながら読み続けました。イーリィの短篇には、読むと悪意の粒のようなものが体内に侵入してくるような感覚があります。その悪意の粒は俗物根性と至って相性が悪く、世の中に充満している美談主義のようなものとも激しく反応します。気がつけば自分もすっかり辛辣な物の見方をしていたりして、一度感染すると大袈裟ではなくて人生が一変するほどの力をイーリィ作品は持っています。「切れ味」とか「どんでん返し」とかを求めるのもいいのですが(そしてそれもイーリィ作品は備えていますが)「世界の見え方を変えてしまう不安の種」も短篇の大きな魅力だと思い、最終的には『タイムアウト』を選んだ次第です。本書を読んでおもしろかった方、ぜひ他の短篇集も読んでみてください。いわゆる〈異色作家短篇集〉の味が好きな方には絶対のお薦めです。

 さて、次回はドナルド・E・ウエストレイク『ホット・ロック』ですね。これも楽しみにしております。

加藤 篁(かとう たかむら)

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愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)

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札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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