皆さま、こんにちは。高野優です。翻訳ミステリー大賞の発表も間近に迫ってきました。投票結果、楽しみですね。

 さて、「フレンチミステリー便り」では、第1回で「フランス語未訳短篇発掘プロジェクト」とそれに伴って実施されている「フランス語短篇翻訳コンテスト」のご紹介。第2回では2015年に翻訳大賞の小部屋企画で行なわれた「フランスミステリ座談会」の模様をお届けいたしました。

 今回は2014年度、2015年度の「フランス語短篇翻訳コンテスト」の上位入賞作をご紹介し、コンテストで人気だった作家の関連情報をお知らせします。ご案内役は「フランス語未訳短篇発掘プロジェクト」事務局の竹若理衣が務めます。

 それから、いちばん最後に、第2回のコンテストで第1位を獲得したボワロー&ナルスジャックの短篇「爺さんと孫夫婦」(川口明百美 訳)をお届けします。どうぞお楽しみください。

■フランス語短篇翻訳コンテスト 第1回・第2回 受賞作品

=高野優推奨作品)

  • 2014年度 第1回
    • 1位 ジャン・モラ「列車の中の見知らぬ女」那須英子 訳
    • 2位 ジャン=フランソワ・コアトムール「新婚旅行の夜」吉野さやか 訳 
    • 3位 ジャン・マザラン「殺し屋の話」江副琴美 訳 
    • 4位 マルセル・エイメ「三つの事件」島津智子 訳   
    • 5位 ブリジット・オベール&ジゼル・カヴァリ「コレットのお返し」宮嶋聡 訳
    • 同率5位 ルイ・C・トーマ「上には上が」広野和美 訳
    • 同率5位 コアトムール「太陽の男・ボン・オンム・ソレイユ」中村忍 訳  
    • ピエール・ヴェリ「クローゼットの中の神」宮嶋聡 訳
    • フレデリック・ファジャルディ「狼の耳をつかんで」白瀬コウ 訳
  • 2015年度 第2回
    • 1位 ボワロー&ナルスジャック「爺さんと孫夫婦」川口明百美 訳 
    • 2位 ピエール・シニアック「フォレスティエ氏の午後」澤田理恵 訳 
    • 3位 ピエール・ヴェリ「緑の部屋の謎」竹若理衣 訳 
    • 4位 エリック=エマニュエル・シュミット「駄本」江村諭実香 訳 
    • 5位 ピエール・シニアック「いいはなし」川瀬順子 訳 
    • ジャン=バプティスト・バロニアン「向かいの女」森田有美子 訳
    • フランソワ・プリウール「マーブル模様のコーヒー」光森ちづこ 訳

 当プロジェクトでは、企画に参加資格のある人たちによる投票によって優秀作品を決定してきました。第1回開催で圧倒的な人気を集めたのが、ジャン・モラ作「列車の中の見知らぬ女」(Jean Molla 原題:L’inconnues du train)という作品でした。1958年生まれのモラは、非常に面白い経歴の持ち主。最初は養蜂家としてスタートし、その後クラシックギターの教師と美術館のガイド係に。さらにその後、“たまたま縁があって”中学校の教師になったという変わり種。その教師をしている42歳の時に、作家デビューをしたのでした。これまで数多くの児童書を手がけ、Prix des Incorruptibles という児童文学を対象にした賞も授賞しています。この作品は、出版社が企画したオムニバス本向けに書いた1篇でした。奇想天外な展開やトリックがあるわけではありませんが、子供向けと侮るなかれ。オチにいたるまでのしっかりと読ませる作品になっています。

 版権の都合で作品訳はご紹介できないので、簡単にあらすじをのせておきます。

 私立探偵のアントワーヌは、人気作家ヴァンティヤムからかつて依頼された調査について恋人に語りだした。病いで余命宣告されていたヴァンティヤムは、死ぬ前にもう一度、25年前に駅のホームで見かけた美しい女性に会いたいとのことだった。名前も年齢もわからないその女性を探しだすアントワーヌ。身元が判明するが、その女性は作家が語った容貌とはまったく異なっていた……。

 ジャン・モラは現代の作家ですが、これまでのところコンテストでは往年の作家の作品が底力をみせて上位に食いこみました。

 第1回で応募の多かった作家が、マルセル・エイメ(1902〜1967)でした。エイメは、『壁抜け男』や動物シリーズのイメージが強いですが、エイメ独特の“おかしみ”はミステリとの相性も悪くありません。第1回で入賞した「三つの事件」は、「ミステリマガジン」誌の2015年5月号に掲載されました。このほか、入賞はしませんでしたが、みなさんにご紹介したい隠し球の短篇が数多くあります。引き続き良作の発掘を続けていきたい作家です。

 往年の作家で言うと、第2回に最多得票数を誇ったのがピエール・ヴェリ(1900〜1960)でした。日本では弁護士プロスペール・ルピックの活躍を描いた『サンタクロース殺人事件』(晶文社 村上光彦 訳)が訳されており、古本でなら今でも手に入ります。いかにもフランス風といったウィットに富んだ作風が特徴で、なかにはこれぞバカミスといった短篇も多く残しています。1930年代に活躍した作家ということは昭和初期になりますから、ひと昔ではきかない時代の作家ですが、ユーモアミステリ好きのみなさまには、エイメ同様、今の時代でも楽しんでいただけるのではと思います。ご紹介できる機会をなんとか作りたいものです。

 もうひとり、というよりもうひと組ですが、ボワロー&ナルスジャック(ピエール・ボワローとトーマ・ナルスジャックが共同で創作活動をした時のペンネーム)も忘れてはいけません。このふたりは『悪魔のような女』『めまい』といった映画化された作品を始め、数々の長篇作品を残しておりますが、短篇集としては、ハヤカワポケットミステリから『贋作展覧会』(トーマ・ナルスジャック 稲葉明雄、北村良三訳)が刊行されています。これは様々なミステリ作家の手法をパスティーシュした『Usurpation d’identit?』(原書はボワロー&ナルスジャック名義)の全18篇から7篇を抜粋したもの。残る11篇のうちいくつかは「ミステリマガジン」誌で紹介されていますが(アガサ・クリスティをパスティーシュした「ブリス湖の怪物」、ウィリアム・アイリッシュ風の「ブラッキー」など。ほかにレオ・マレやジェラール・ド・ヴィリエのパスティーシュもあり。高野優訳)、まだ未訳のまま残されているものが数篇あります。今回の記事では、そのうちの1篇で、第2回短篇コンテストで1位に輝いた「爺さんと孫夫婦」(原題:ACROCHE−TOI,PÉPÉ)をいちばん最後にご紹介します。

 マルセル・エイメやピエール・ヴェリほど古くないものの、ボアロー&ナルスジャックと同時代か、その少しあとくらいから活躍した作家の作品も多く入っています。ここではコアトムールルイ・C・トーマを簡単に紹介しておきましょう。

  • ジャン=フランソワ・コアトムール(1925—)

「新婚旅行の夜」(La nuit de noce 第1回コンテスト第2位)、「太陽の男・ボン・オンム・ソレイユ」(Bonhommes soleil第1回入賞)。コアトムールの既訳作品はこれまで何度か、「ミステリマガジン」誌にも掲載されており、「葬送爆弾」(1983/11)、「余分な二回転」(2003/7)、「別離」(2004/11)、「ガストンが死んだら」(2008/4)などがあります。長篇には『血塗られた夜』『引き裂かれた夜』『真夜中の汽笛』(いずれも角川文庫、長島良三 訳)。

  • ルイ=C・トーマ(1921ー2003)

『上には上が』(A farceur farceur et demi第1回入賞)。既訳作品としては、「ミステリマガジン」誌で紹介された「つき」(1966/5,1984/3)、「闇の中の目」(2003/7)、「名高いヴィエロ氏の復活」(2006/11)などがあります。長篇は『悪魔のようなあなた』『カトリーヌはどこへ』『死のミストラル』など(いずれもハヤカワポケットミステリ 岡村孝一 訳)。

 またこれまで日本では邦訳されていない作家では、フレデリック・ファジャルディ(1947ー2008)がいます。1979年 Tueurs de flics(警官殺し)でデビューし、マンシェットと共にネオ・ポラールの旗手とされた、ノワールの重要な作家です。自らの思想を作風に色濃く反映させた作品を数多く書いているのですが、全300篇を越える短篇がまったく手つかずのまま未訳で残されていますので、こちらもコンテストを通じてみなさまへご紹介できる作品を発掘していこうと思います。

 第3回の入賞作品については、来る4月22日の第八回翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションのなかで行なわれる第3回「フランス語短篇翻訳コンテスト表彰式」で発表後、このサイトでもまた機会をいただいてご紹介したいと思います。過去2回とは作家陣の顔ぶれがだいぶ変わり、現在活躍中の作家が入ってきました。翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの当日の会場では、ご紹介資料を配布させていただこうとも考えております。今後も新しいフランスミステリのご紹介できる機会が少しでも出来ますように。どうぞその時をお楽しみに。

 では、最後に第2回短篇コンテストで1位に輝いた「爺さんと孫夫婦」(川口明百美 訳)をお届けします。これはシャルル・エクスブライヤ(1906ー1989)をパスティーシュした作品。エクスブライヤは、日本ではそれほど紹介されていませんが、『パコを憶えているか』(ハヤカワポケットミステリ、小島俊明 訳)『火の玉イモジェーヌ』(ハヤカワポケットミステリ 荒川比呂志 訳)『死体をどうぞ』(ハヤカワポケットミステリ 三輪秀彦 訳)を始めとして、いくつかの傑作、秀作が訳されています。コミカルな中にもシニカルな味わいのある作風で、フランスでは90篇以上の作品がいまだに愛読されている人気作家です。

 それでは、ボワロー&ナルスジャック「爺さんと孫夫婦」(川口明百美 訳)。どうぞお楽しみください。

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高野優(たかの ゆう)

 フランス語翻訳家。高野優フランス語翻訳教室主宰。白百合女子大学大学院非常勤講師。訳書にヴォートラン『パパはビリー・ズ・キックをつかまえられない』『グルーム』、カミ『機械探偵クリク・ロボット』『ルーフォック・オルメスの冒険』ほか多数。

●マルセル・エイメ「三つの事件」収録

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