書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 今月も書評七福神がやってまいりました。五月晴れ、というのでしょうか、本日私は徒歩で箱根山を越えております。えっちらおっちら。

 例によって宣伝ですが、本のサイトbookaholicにおいて二分の七福神である川出正樹氏と杉江松恋が、その月に読んで最もおもしろかった翻訳小説(ミステリー以外の場合もあり)を三作ずつ紹介するという対談をしております。ポッドキャストで音声配信もしているので、書評七福神と併せてお聞きくださいませ(これは前回分)。通学・通勤のお供にダウンロードをして聴いていただければ幸い。こちらの連載との被りなども予想していただければおもしろいと思います。毎月やっておりますので、公開収録も一度覗いてみてください。

 ではでは、始まります。

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

北上次郎

『楽園』キャンディス・フォックス/富田ひろみ訳

創元推理文庫

 シドニー州都警察殺人捜査課シリーズの第2作だが、前作『邂逅』はホント、すごかった。新刊時に読み逃がしたので書評の機会を逸してしまったが、こんな異色の警察小説、読んだことがない。それに比べれば今回はやや普通だが、それは前作と比べるからそう思うのであり、これもまだまだ異色。あのハデスが健在なのだから。刑事の養父が死体処理を請け負う闇の社会の実力者というのは、それだけで異色だろう。そのハデスが何者かに見張られていると訴えてきて、その真相を探るというのが今回の筋。いや、もうひとつあるか。若い女性の失踪事件が相次ぎ、その捜査のために農場に身分を隠して潜入するという話と並行して語られていく。それにしても、前作の書評を書きたかったホントに。2016年最大の痛恨だ。

川出正樹

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

 舞台は旱魃にあえぎ、ただでさえ殺伐としている上に、過去の事件に対する疑惑からいまだに住民たちが探偵役に憎悪を抱き続けているオーストラリアの閉鎖的な田舎町。帰郷した探偵が、過去と現在の事件を調べるうちに、自らのアイデンティティを再確認し、自分を見つめ直す。言ってみれば定番なんだけども、とても面白い。それは、この作品が、入念に布石が打たれ、伏線が敷かれ、意外な真相へと至る堅固なフーダニットだからだ。

 妻子をショットガンで射殺した後、自らの頭を吹き飛ばしたとされる旧友ルーク。彼とともに少年時代に巻き込まれた少女の死に関して、故人の父親から「ルークは嘘をついた。君も嘘をついた。葬儀で会おう」という思わせぶりな手紙を受けとった連邦警察官フォークは、かつて石もて追われた故郷を二十年ぶりに訪れ、ルークの死の真相を調べる羽目になる。シリーズ一作目となるデビュー作ということで、今後、注目したい新人だ。

 今月は、同じくオーストラリア人作家であるキャンディス・フォックス『楽園 シドニー州都警察殺人捜査課』(創元推理文庫)も堪能しました。キャシー・“氷の天使”・マロリーやリスベット・“ワスプ”・サランデルに惹かれる方に、エデン・アーチャーによる、犯罪者がたむろする灼熱の農場への潜入捜査行をお薦めします。

千街晶之

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

  苦い過去を背負った主人公が、新たな事件の発生を機に故郷に帰り、改めて過去と向かい合う……という展開自体はよくあるが、その故郷が、何年も雨が降っていない日照りに悩まされている町という舞台設定と、それが醸し出す殺伐とした空気が本書の出色な点だ(原題はずばり“THE DRY”)。この設定があるからラストが盛り上がる(同じ日照りミステリという点で、ジム・ケリーの『火焔の鎖』を思い出した)。意外かつ腑に落ちる真相も見事で、新人のデビュー作としては水準以上の出来映えだ。

霜月蒼

『Gマン 宿命の銃弾』スティーヴン・ハンター/公手成幸訳

扶桑社ミステリー

 銃撃戦の巨匠、ひさびさの快作。時代は1930年代。ギャングや強盗団が法執行機関とガチで殺し合いを続けていた時代。ハンターが書き続けているガンマン、ボブ・リー・スワガーの祖父の物語であり、トンプスン短機関銃やコルト・ガヴァメントといったトラッドな銃たちに加え、魔改造されたフルオート拳銃までもが登場、オールド・ダッド・スワガーとFBIの男たちがジョン・ディリンジャーやプリティ・ボーイ・フロイドやベイビーフェイス・ネルソンと銃撃戦を行なうのである。冒頭で射殺される二人組の名前が明かされた瞬間、ある種の読者の気持ちはブチアガるはずであり、ブチアガったその気分は最後まで持続するだろう。上巻おしりあたりで訪れる「アウトローの爽快&痛快感」は、この時代のこういう物語がもたらしてくれる最高の気分でもあり、さすがハンター翁、よくわかってらっしゃる。

吉野仁

『渇きと偽り』ジェイン・ハーパー/青木創訳

ハヤカワ・ミステリ

 主人公が久し振りに故郷へ戻ったとたんに事件に巻きこまれる。その背後には過去の忌まわしい出来事が関係していた。おそらく、これと同じプロットの作品はこれまでも何千何万と書かれてきたのではあるまいか。四月刊では、グレン・エリック・ハミルトン『眠る狼』の書き出しがそうだった。ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』も同じ。警察官が旧友の葬儀に参列するため帰郷し、その不審死を捜査していく過程で自らの過去が暴かれる。ありがちなストーリーに加え、善悪のはっきりした人物の登場、さらに真犯人がだれなのか、途中でバレバレな内容である。定番、類型的、陳腐なフーダニット。しかし、しかしである。ページをめくる手をやめられない。現在および過去の事実を小出しにしていくプロットが巧みなせいなのか、読んでいるあいだ、とても面白い。うるさいこと気にせず一気にサスペンスを楽しんでほしい。

酒井貞道

『海岸の女たち』トーヴェ・アルステルダール/久山葉子訳

創元推理文庫

 テーマは社会派、そして主人公は身重であり失踪した夫(ジャーナリスト)を探す話、ということになると、私などは、安直ではあるが松本清張を思い起こす。そして実際、本書でクローズアップされる社会的問題——移民問題とそれに関連しての奴隷貿易——を、主人公は、心理的には非常にパーソナルなレベルで受け止めている。ミステリでは、下手な作家が書くと《社会問題》は妙に大仰な印象を与えるものだが、作者は見事に、主人公自身の物語としても昇華しており、最初から最後まで違和感は微塵もない。ほとんど完璧な社会派ミステリとして高く評価したい。ナラティブも抜群に上手く、読者の興味を惹きつけて放さないストーリー展開も堂に入ったものだ。「大型新人」と断じてしまっても問題はなかろう。

杉江松恋

『12の奇妙な物語 夜の夢見の川』中村融編

創元推理文庫

 本書収録作のキット・リード「お待ち」を読んだ瞬間、厭な音が喉から漏れてきて、以降はこの短篇のことしか考えられなくなってしまった。娘のハイスクール卒業記念で自動車旅行をする母子の物語であり、小さな街に入った彼らがそこから出られなくなってしまうのである。娘はもちろん母親と長い旅行をするよりも友達と遊んでいたい。そのへんの心が判らない、結構おしつけがましい母親だなあ、と思って読んでいると、その母子関係が別な形に見えてくる。大人になった今だからいいものの、これを十代のときに読んでいたら、まして自分が女性だったら一生忘れない悪夢を見たかもしれない。それくらい強烈な印象の残る作品だ。

「お待ち」は浅倉久志による旧訳なのだが、新訳もとりまぜて12編が収められている。いわゆる奇妙な味と呼ばれるべき短篇群であり、「お待ち」と対になりそうなのがロバート・エイクマン「剣」である。前者が若い女性の話だとすれば、こちらは男性の話で、薄暗い部屋で行われた、誰にも明かしたくない過去の思い出について書かれている。結末で立ち上がってくる図柄が素晴らしいエドワード・ブライアント「ハイウェイ漂泊」や日常で感じる些細な違和や不快感を具象化したケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」、ちょっと、今歯医者行ってんだからやめてよ、と言いたくなったクリストファー・ファウラー「麻酔」など、いずれ劣らぬ気持ち悪さで実に楽しい短篇集である。前作『街角の書店』も未読の方はぜひどうぞ。

 新人の作品が目立ちましたが、それ以外も秀作揃いの一ヶ月でした。ますます読書が楽しみになりそうです。さて、次回はどんな小説が出てきますことか。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧