文学刑事サーズデイ・ネクスト・シリーズを紹介する企画もいよいよ最終回。シリーズ7作目の The Woman Who Died A Lot (2012)の世界をご一緒に覗き見しましょう。

 ときは2004年夏。54歳になったサーズデイは、夫ランデンや子どもたちと静かに暮らしています。

 え? 静かに? あのサーズデイが?

 そう、あのサーズデイが、なのです。シリーズ開始以来、サーズデイは大きなけがをしたり、命を狙われたりしながら、まさに満身創痍で文学刑事としての職務を果たしてきましたよね。タイトルにあるように、いくつ命があっても足りないお人ですよ、サーズデイって人は。

 ところが、社会の締めつけに力を注ぐ政権与党と、政権にすり寄って警察内部にも深く入りこんだゴライアス社は特別捜査機関(スペックオプス、SO)の統合・廃止を進め、30ほどあった部局のうち、2004年に残っているのは6部局のみに。サーズデイが所属していた文学局SO−27も縮小の憂き目に遭い、スウィンドン支部のかつての同僚たちの多くは肩書きばかりの名誉職や閑職に甘んじています。

 サーズデイ自身も脚をけがして杖のお世話になっていることもあって休職中。おまけに大けがのあとは以前のように時空を超えてフィクションの世界に移動することができなくなってしまいました。そのせいもあり、本作ではこれまでのシリーズ作品のような文学の裏表のエピソードがあまり見られません。

 サーズデイとしては体が思うように動かないこと、大けが後はフィクションの世界に容易に移動できなくなったことのほかに、もうひとつ大きな心配事がありました。それは、宿敵アシュロン・ヘイディーズ一味に〈マインドワーム〉を植えつけられて幻影を見るようになってしまったこと。現実には存在しない娘ジェニーがいると思いこんでいるのです。サーズデイは、ときおりいま夫と話している自分は本当の自分なのか、あるいは作られた自分なのかと不安になります。そんなとき、優しい夫ランデンは「きみは本物のサーズデイだ」と妻を力強く励まします。そして、この幻影から解放されるために、逃亡中のアシュロン一味を捕らえて〈マインドワーム〉を除去させなければならない、と。

 ある日、SO−27スウィンドン支部の支部長にサーズデイの後任として若く仕事のできるフィービが着任します。まだまだ現役で仕事をしたいサーズデイにとってはそれだけでもおもしろくないのに、なんと、そのフィービから副支局長に就任して自分を助けてもらえないかと打診を受けます。けれども、サーズデイは自信満々のフィービがなぜか好きになれず、その申し出を断ってしまいます。愛する妻がまた文学刑事に戻って無茶をしないようランデンも目を光らせていますしね。

 でも、ああ、いよいよサーズデイは文学刑事から足を洗うのね、もう華麗な文学世界の超時空ワープはないのねと思うのはまだ早い! サーズデイの次の仕事は、文学局時代の上司から紹介されたウェセックス図書館の館長。前任者が蒸発したという何やらわけありな図書館ですが、文学局と比べると楽な仕事になりました。この仕事ならランデンも安心です。それにね、新しい職場が図書館だなんて、サーズデイはやっぱり文学から離れられない運命にあるんですね。

 運命といえば、サーズデイの息子フライデイのもとに〈運命の書〉が届きます。そこに書かれていたのは、「次の金曜日の二時二分四秒にフライデイは妹チューズデイの同級生を殺し、その後も殺人を犯して五十五歳で死ぬ」というフライデイの未来を告げる言葉。

 多少浮き世離れしたところはあるものの、天才的な頭脳を持ち、とくに天文学については比類無い知識量を誇るフライデイ。サーズデイにとっては自慢の息子です。人殺しなんぞさせたくはありませんし、すばらしい可能性を秘めている才能を台無しにさせたくもありません。もちろん、結婚したり、子どもを持ったりと人並みの幸せを味わわせてもやりたい。けれども、運命の金曜日は刻々と近づいてきて……

 文字通り命を賭して文学刑事の仕事に取り組んできたサーズデイですが、本作では54歳というまだまだ元気だけれど体力の衰えを感じる年齢になっています。そのせいもあるのか、家族とのやりとりが増えました。親として子どもたちに何をしてやれるのか、どうしたら彼らを守ってやれるのかを考える場面では、文学刑事というよりもひとりの母親としての姿が強く印象づけられます。サーズデイだって脚は痛いし、手の握力もまだ戻っていないというのに、子どもの心配ばかりして。親ってありがたいものだなあなんてしみじみ思ってしまいました。

 サーズデイの娘、16歳のチューズデイも、父親が投獄されているクラスメートをからかったとか、学校のトイレのドアに下品ないたずら書きをしたとか、クラスメートの男の子に50ペンスと引き替えにおっぱいを見せてあげたなんてぶっとび発言ばかりしているけれど、実は〈マインドワーム〉に悩まされている母親サーズデイをそれとなく気遣っています。うん、やっぱり家族っていいなあ。ね、サーズデイ?

 アットホームなサーズデイ一家の話もいいけれど、アシュロン・ヘイディーズやゴライアス社はどうなってるの? この7作目で決着はつくの? やっぱり巨悪は抹殺しないとね?と気になるあなたに朗報です。

 じゃーん。サーズデイ・ネクスト・シリーズ第8作 Dark Reading Matter が刊行予定! ぱちぱちぱち!

 まだ著者公式サイトにも詳細は出ていませんが、第7作の巻末に小さな字でこっそり書いてあるのを見つけてしまいましたよ。のんびり待ちたいと思います。ちなみにこのサイトでは「スペックオプスTシャツ」や「ジュリスフィクションTシャツ」などが販売されています(後者は売り切れ)。ご興味のあるかたはご覧ください。

 そんなわけで文学刑事サーズデイ・ネクスト・シリーズはまだまだ続く(はず)。

 4カ月にわたる連載企画をお読みいただき、ありがとうございました。

片山奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリーは最新訳書のリンダ・ジョフィ・ハル著『クーポンマダムの事件メモ』、リンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。ときどき短編翻訳やレビュー執筆なども。365日朝夕の愛犬(甲斐犬)の散歩をこなしながら、カリスマ・ドッグトレーナーによる『あなたの犬は幸せですか』、介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本の翻訳にも精力的に取り組む。現在は翻訳をしながら、大学でスピーチ実践授業の非常勤講師をつとめ、大学院で日本語教育の研究中。

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