第34回 中国ミステリ界で活躍する人々(前篇)はこちら

■中国ミステリ・ラインナップ

 それでは、中国大陸にはどのような作品があるのでしょうか。これまで、私自身もこのコラムで中国ミステリを幾度も取り上げて来ましたが、今回は張舟氏に2000年以降に出版された様々なジャンルの作品を紹介していただきましたので、張舟氏のコメントとともにここに載せたいと思います。なお、一部作品には日本語のタイトルを付けていますが、ほとんどの作品が未邦訳であるため、それらは仮訳であることをご了承ください。

【1】本格ミステリ(現代もの)

  • 周浩暉 『死亡通知単』(長編)

→中国本格ミステリの最高峰と思われる作品。サスペンスとしても抜群。

  • 紫金陳「謀殺官員」(官僚謀殺)長編シリーズ

→本格ミステリと社会派ミステリの融合。人物描写が冴える。

  • 水天一色『盲人与狗』(盲人と犬)(長編)

『我這様的人』『おれみたいな奴が』稲村文吾氏により邦訳済み)は倒叙もので、どちらかというとコメディー風の社会派ミステリの性格が強い。その一方、『盲人と犬』は作者の恐ろしい本格ミステリの才能を披露してくれる傑作で、三津田信三にも劣らない伏線の量と質に圧倒される。真相が分かった時、作者の淡々たる語り口に人をひどく悲しませる力が潜んでいることに気付く。

  • 鶏丁 密室ものの作品すべて

→密室ものの創作に専念する、非常にユニークな作者。カーにはまだ及ばないだろうが、「中国のカー」という称号には恥じない。初期作品にはもちろん稚拙なものがあったが、そこから順に読んでいくと作者の成長ぶりが見える。

  • 時晨 『黒曜館事件』(長編)

→お得意のクイーン流ミステリに不可能犯罪の趣向。「島田流!クイーン!新本格!」という非現実的なガジェットてんこ盛りの作風。

  • 陸?華 『超能力偵探事務所』(超能力探偵事務所)(長編)

→ふざけたキャラクターと飛び合うギャグがあり、時々赤川次郎先生の作品を思い出させる。ストーリーは笑えるが、ミステリの部分は笑えない(侮れない)。

  • 河狸 『瑞亜的遊戯』(レアーの遊戯)(短編集)

→ギリシャ神話の神々の名前を題名に取り入れた端正な本格ミステリ短編集。現代中国本格ミステリの黎明期の秀作。個人的にお気に入りの一冊。

【2】時代ミステリ(古代中国を舞台にしたミステリ)

  • 馬伯庸 『風起隴西』(長編)、『三国配角演義』(三国端役演義)(短編集)

→いずれも三国時代が背景となっている。『風起隴西』はスパイもので、スリラーの傑作。『三国端役演義』は中国で数少ない歴史ミステリの傑作。各作品の末尾に作者による入念な解説が付いている。三国時代の史実も少し分かっている日本読者ならもっと楽しめる一作である。

  • 遠寧 「大唐狄公案」短編シリーズ

→ロバート・ファン・ヒューリックのミステリ小説に登場する探偵役・狄仁傑(ディー判事)を主人公とする短編連作シリーズ。ミステリとストーリーのバランスがよく取れていて、安心感を与えてくれる作品集。遠寧氏はミステリ専門誌『歳月推理』の看板作家だった。

  • 陳漸 『大唐泥梨獄』(大唐の奈落)(長編)

→中国古典小説『西遊記』をモチーフとした本格ミステリ「西遊秘史」シリーズの第一弾。どこがどう『西遊記』に絡んでいるかは衝撃の真相が明らかになった瞬間に分かる。

  • 冶文彪 『清明上河図密碼』(清明上河図コード)(長編)

→六部構成の大長編で現在未完結。2017年6月に第四部が刊行される予定。スケールの大きい「真相」を作り上げるとともに、北宋時代の社会全貌図を完成させようとする趣向を持つ野心作。

  • 陸秋槎 『元年春之祭』(元年春の祭)(長編)

→緻密な伏線、驚愕な真相、意外な動機、どんでん返し、ペダンティズム、美少女趣味などなど、作者のミステリへの追求と個人趣味がふんだんに注ぎ込まれた渾身の一作。

【3】武侠ミステリ(武侠小説と融合した中国独自のジャンル)

  • 楊叛 「雲寄桑」長編シリーズ

→特にシリーズ最高作『傀儡の宮』は本格ミステリと武侠小説の激烈なハイブリッド。武侠ミステリオールタイムベスト級の傑作。結末の派手なアクションシーンも見所。

  • 呉? 『冥海花』(長編)

→ミステリと武侠の融合は少々ぎごちないが、トリック好きの読者は十分堪能できる長編本格ミステリの傑作。

  • 三月初七 『緑林七宗罪』(短編連作)

→舞台設定の妙/強烈なサスペンス/衝撃のどんでん返しなどで読者に痛快感を与える。

【4】その他

  • 午曄 「罪悪天使」短編シリーズ

→中国では数少ない、現代工作員(しかも女性)を主人公にしたスリラー/謀略小説。

  • 秦明 『法医秦明』(鑑識官秦明)短編シリーズ

→中国では数少ない、鑑識官を主人公にして鑑識現場や微物検査、司法解剖などをリアルに描写するミステリ。それもそのはず、作者本人が現役の鑑識官である。

 主に4つのジャンルに分けて紹介してもらいましたが、分けようとすれば更に分けることができ、例えば『元年春の祭』は「少女ミステリ」のジャンルを開拓し、『超能力探偵事務所』は「ユーモアミステリ」に分けられます。細分化するとまだ1ジャンルにつき1作家のような先駆者しかいないような現状ですが、作家の想像力のたくましさには国によって違いがないことが伺えます。

 現在の中国ミステリの特徴の一つに作家が「若い」という点が挙げられます。また、これは金沢在住の中国ミステリ小説家・陸秋槎氏がトークショーで話していたことですが、日本の新本格ミステリ小説家が自身のミステリ好きが高じて自分も作者になるという成長を遂げたように、陸秋槎氏を含む上述した時晨陸?華らもまた元々熱心な海外ミステリファンであり、読書で培った経験をもとに新本格ミステリを書いています。

 上の紹介を読めば「中国にもミステリがあるんですか?!」という質問に答えられるとともに、「何故面白い海外ミステリがあるのに、わざわざ中国ミステリを読むの?」という、まるで変人を見たかのような疑問にも「中国ミステリならではの魅力があるからだ」と答えることができるでしょう。

 しかし面白い作品とは言え、大部分の作品は中国語がわからないとその妙味を味わうことができません。もっと手軽に中国ミステリを楽しむ手段はあるのでしょうか。その点に関しては稲村文吾氏の活躍が非常に大きいです。氏は中国大陸、香港、台湾の短編ミステリを収録した作品集『現代華文推理系列』を電子書籍の形で現在3シリーズ目まで出しており、上述の水天一色鶏丁を含む個性的な作家の作品を日本語で読むことができます。

(参照:第29回:『華文推理系列』第三集で気付かされた中国ミステリーの魅力

 また、中国語がわかり、そして最新の中国ミステリを読みたいという方にオススメなのが華斯比氏が編集し、毎年刊行されている『中国懸疑小説精選』です。

(参照:第32回:2016年版、読むべき中国短編ミステリ

■終わりに

 本稿ではなぜ「中国にミステリはないのか?」という誤解が生じる原因、そしてその実際の状況を識者のコメントを引用して書きましたが、それでは今後、中国ミステリはどのように成長して行くのでしょうか。

 稲村文吾氏は大陸と台湾の状況を比較し「刊行点数の豊富さに支えられた、いわゆる『本格ミステリ』の扱い方の多様性──台湾ミステリの現況をこうまとめると、ここ最近の大陸ミステリにも同じ流れを感じる私は、『中国にミステリはない』問題もそう悲観的に捉えることはないのではないかと思っています」と述べています。

 しかしそれには依然として作者、読者そして出版社の努力が不可欠です。張舟氏は「年末に当年度刊行されたミステリのベスト10を選出するイベントを起こす、業界を盛り上げる推理小説賞をいくつかつくる(現在0というわけではなく、島田荘司推理小説賞や華文推理大賞賽などがある)、毎年どのような作品が刊行されたのか情報をまとめる機構をつくるなどのような業界内の活動を提案しています。

「中国にはミステリはない」という思い込みが蔓延(はびこ)っている現在、張舟氏、稲村文吾氏、華斯比氏らのような「物好き」の体系的な活躍は思い込みをなくすのに一役買っているのは間違いなく、彼らの存在が即ち中国ミステリの存在を実証しています。作家も作品も存在しているのにあまり顧みられていない現在において、彼らのような「物好き」の数を増やして「中国にもミステリはある」という認識を常識に変えていくことが、今の中国ミステリに求められているのです。

 ちなみに、私事の報告でありますが5月11日に西日本新聞で中国ミステリに関する記事を掲載していただきました。中国ミステリが今後どのように発展を遂げるのか、表現規制などの問題と合わせて日本からミステリ業界以外でも考えられていけば幸いです。

『今天中国〜中国のいま(33)「名探偵」はご法度?』(西日本新聞サイト)

今回の協力者のみなさま
 張 舟
  • 上海出身、福岡在住の日本ミステリ翻訳者
  • 訳書:麻耶雄嵩『翼ある闇』、『隻眼の少女』。三津田信三『首無の如き祟るもの』、『凶鳥の如き忌むもの』、『水魑の如き沈むもの』。吉永南央『名もなき花の』。松本清張『強き蟻』。岡嶋二人『クラインの壷』。権田萬治『日本探偵作家論』など
 華斯比
 稲村 文吾
阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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