ネットでネタを探していたら『流言偵探:活着的死者』(デマ探偵:生きている死者)なる中国産ノベルゲームのニュースを見つけました。

(参考サイト: http://xin.18183.com/201706/867675.html

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 これは、8人の若者が大学時代に亡くなった友人を偲ぶために雲南省の僻地にある村に集まろうとしたところ、全員が死んだはずの友人から奇妙なショートメールをもらい、村に来てからはその友人が生きているとしか思えないような事件に立て続けに遭遇するというストーリーです。プレイヤーは名探偵Nとなって、8人のうち誰が死んだ友人を騙っているのか、彼らと対話をして真相を明らかにする、と言った内容のようです。

 興味深いのは、プレイヤーが微信(Wechat・中国版LINE)に似たアプリを使ってNPCのAIと自由(?)に会話ができるという点です。ノベルゲームだと、ゲームから提示される決められた選択肢からプレイヤーが回答を選んでストーリーを進めるのが一般的だと思いますが、これは各キャラクターと会話をする中でそこから嘘や矛盾点を見つけていくのだと思います。

 ニュースにはこのゲームの開発者の「彼は『逆転裁判』シリーズの大ファンで、遊べるミステリノベルゲームを自分でも作ってみたかった」というコメントが掲載されています。

 私は日本のゲーム業界にも疎いので自信がありませんが、このゲームのようにキャラクターと自由に会話ができるノベルゲームとは珍しいのではないでしょうか。

 このゲームの発売日はまだ未定ですが、環境が許すならちょっと遊んでみたいです。

 さて、今回は久々に衝撃を受けた作品のレビューを掲載します。

今回のレビューは作品のネタバレを含みます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 その作品は紫金陳『長夜難明』(2017年)。タイトルを日本語訳するなら「長い夜は明けない」とかシンプルに「長い夜」だけでもいいかもしれません。

 タイトルから察せられる通り未解決の冤罪事件を扱った本作は事件を解決するために活躍する警察官なり検察官なりが出てきますが、その模様が決してスマートではなく、また努力が必ず報われるといった因果応報や勧善懲悪を書いているものでもないので、読書中は一体誰のための捜査なのかという虚しさに襲われます。

◆あらすじ

 2013年、地下鉄で酩酊した男の持っていたスーツケースから死体が発見される。スーツケースの持ち主は敏腕弁護士の張超で、死体は彼の元教え子で、賄賂や賭博などの黒い噂が絶えない検察官の江陽だった。取り調べに協力的な張超の自白によって事件はスピード解決を見せたが、法廷で張超は供述を翻すとともに鉄壁のアリバイを提示し、自分がやった犯罪は死体遺棄だけで江陽の殺害には関与していないと主張する。

 思わぬ難関にぶち当たった公安の趙鉄民は元公安のエリート刑事で現在は数学教授の厳良の助けを借りて事件を捜査する。そこで彼らは10年前にある田舎で起きた冤罪事件解決に向けて江陽が並々ならぬ努力を払っていたことに気付き、その事件の再調査をする。

◆なりふり構わない正義の執行人

 今作も紫金陳『推理之王』『無証之罪』『壊小孩』)シリーズに登場する数学教授・厳良が登場しますが、今作では彼の推理パートは特になく、主人公はあくまでも江陽です。2013年の現代を舞台にしたストーリーでは厳良らが張超や江陽の事情を探る中で10年前の事件の真相を解き明かし、10年前を舞台にしたストーリーでは若かりし江陽らが友人の冤罪を晴らすために土地のヤクザやヤクザの手下になっている警察官、そして共産党員を相手に勝ち目のない戦いを挑みます。

 本書を途中まで読んだ読者は二つのことに気付くはずです。一つは、正義感溢れる江陽が10年後に賭博や賄賂で問題になる悪徳検察官で有名になり、誰かに殺される結末を迎えることになるとは到底思えないということ。もう一つは、江陽らが冤罪を晴らすために行動したことは10年後何も実を結ばなかったということです。

 紫金陳の作品には「目的のためなら手段を選ばない」極端な思考の犯罪者が出て来てきます。例えば『無証之罪』(2014年)では誤って人を殺してしまったカップルを助けるために、駱聞という元法医学者の男が彼らのためにニセのアリバイを用意しますが、実はその行為は単なるボランティアや献身ではなく、駱聞のある目的を成就するためだったことが明らかになります。また、『高智商犯罪』(高IQ犯罪)シリーズの『化工女王的逆襲』(化学工場の女王の逆襲)(2014年)では『化工女王』の異名を持つ甘佳寧が夫を殺した警察官らに復讐するために自分もろとも彼らを爆殺し、彼女の同僚である陳進が彼女の遺族を守るために警察官の遺族を殺していくという話でした。

 これらの作品から明らかになるのは、彼らがもはや警察組織や社会正義に絶望し、正当な手段を使って世間に訴えることを諦めているということです。

そして本作の江陽もまた「目的のためなら手段を選ばない」人間であり、江陽が取り組んでいる冤罪事件の背後には警察やヤクザばかりか省の人大代表(共産党員)までいて、生半可な証拠は全て握り潰されてしまうことを理解した江陽は最後、世論を味方につけるしかないと考え、犯罪者を法律で裁くという正義を実現するために自らの命を差し出したのです。

◆希望のない『人民的名義』

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 中国では今年、『人民的名義』(原作小説は2017年出版)という汚職官僚を取り締まる反腐敗をテーマにしたテレビドラマが大ヒットしました。この作品では侯亮平という高潔で有能な人物が仲間や党上層部の助けを得て党内部の腐敗を一掃する模様、および共産党は絶対に腐敗を許さないというポーズを見事に描いています。

 しかし『長夜難明』に侯亮平はおらず、人一人の命を使ってようやく虎(汚職官僚)一匹を退治したに過ぎません。『長夜難明』『人民的名義』も出版時期が同じなので影響を受けたということはないでしょうが、『長夜難明』『人民的名義』ブームに盛り上がる中国人へ冷静に現実を見せつけていると言っても過言ではありません。

◆中国の「恐ろしさ」を描いたミステリ

 私がよく恐怖する中国人の特徴の一つに、彼らの粘り強さがあります。

 例えば、「上訪」(陳情)のために村から北京に来て何年も居座り、ついにはコミュニティすら作って集団で暮らす農民たち、人買いに攫われた子供を取り戻すために自分がホームレスになっても探し続ける母親など、傍目から見たら絶対に叶わない夢のために自分の全人生をかける彼らには狂気を覚えます。本作の江陽も冤罪事件解決のために自身の青春、家庭、将来、名声など全てを犠牲にしますが、何が何でも正義を求める姿には読んでいて恐怖を感じました。

 本書は中国社会の矛盾、民衆の怒り、何事にも諦めない人間の良心と正義の他、絶対に妥協しない中国人の性格を描いた中国大陸的な社会派ミステリと言え、またトリックはまったく書いていないものの、中国ミステリが現在どの程度まで表現することができるかその発展度合いを知る上での良い資料でもあります。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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