今回は、ヘザー・グッデンカウフの This Is How I Lied (2020)をご紹介します。

 1995年、アイオワ州の小さな町の洞窟で、地元民である16歳の少女イヴ・ノックスが惨殺死体で発見される。発見者はイヴの妹であるノラと親友のマギーだった。その後、警察が懸命に捜査したものの、犯人は特定できなかった。

 それから25年、長じて刑事になったマギーの心には、いまだ解決されていないイヴ殺害事件が重くのしかかっていた。イヴが殺害された日、マギーとイヴとノラは洞窟で一緒に遊んでいたのだが、マギーはイヴと喧嘩になり、先に帰ってしまったのだ。妹のノラもまた、イヴを残してその場を去っていた。マギーはイヴを置き去りにしたことが事件の一因になっているのではないかと、長年のあいだ、自分を責めていた。

 そんなある日、洞窟で遊んでいた少年が、岩の隙間に落ちていた子ども用のブーツの片割れを見つける。少年の母親が、イヴの事件を知っていたため、ブーツは警察に届けられ、それがイヴのものだと判明する。事件から歳月が過ぎ、科学技術が進歩した今なら、DNAを採取し、何か新たな手がかりが得られるのではないかと、警察は事件の捜査を再開する。

 事件当時、第一容疑者として警察が目を向けたのは、イヴのボーイフレンドのニックだった。裕福な家で育ち、人当たりのいいニックはまわりからの評判もよく、イヴの母親もふたりのつき合いを喜んでいた。しかし実のところ、ニックは非常に横暴で、イヴにたびたび暴力を振るっていた。母親に言っても信じてもらえそうになく、イヴは嘘をついてその事実を隠していたが、ノラはニックの暴力的な一面に気づいていた。くわえて、イヴは殺害される数日まえにニックに別れを切り出していたが、ニックはそれを承知せず、彼女を恨んでいる節があった。だが、ニックを犯人だとする確たる証拠は出ず、逮捕には至らなかった。ニック以外にも、近隣の住人や、ときおり町に現われては短期間滞在したあと、ふらりと消える流れ者、さらには妹のノラまで容疑者として名前が挙がるが、いずれも決め手を欠いていた。

 事件当初から、よそ者の犯行とは考えられておらず、真犯人は町の住人であり、住人の誰かが真相を知っているのはほぼ間違いがなかった。マギーは過去の事件ファイルを見直し、解決への道を探る。

 小さな町で殺人事件が起き、住人の多くが秘密を抱え、意外な人間関係が明らかになる、という設定の小説は数えきれないほどあるが、本書も同様だ。ヒラリー・ウォーの小説ではないが、まさに“この町の誰かが”状態である。同じような設定で、その著者ならではの物語を創りあげるって、プロの作家というのはすごいなとよく思う。それぞれの作品の個性や優劣を決めるのは、本筋の善し悪しは当然のことながら、登場人物の魅力と、その人たちの活かし方だろう。
 本書でその鍵を握るのは、イヴの妹ノラだ。ノラはかなりの変わり者で、問題もたびたび起こしている。現在は獣医となり、姉の殺害犯が見つかることを切に願っているが、マギーから捜査再開の知らせを受けても、協力的な姿勢をまったく見せず、マギーに敵意を示す。
 事件の真相が明らかになる経緯だけでなく、ノラの人となりや心の内を追って読むのも一興だろう。

 本書は著者ヘザー・グッデンカウフの9作目にあたる。デビュー作の The Weight of Silence は、2010年、エドガー賞処女長編賞にノミネートされている。惜しくも受賞は逃したが、これ以降、グッデンカウフはアイオワ州の町を舞台にした作品を書きつづけている。個人的に、狭い社会での人間関係を描いた作品は好きなので、過去の作品も読んでみたいと思う。

 

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。訳書にチャールズ・ブラント『アイリッシュマン』、ジョン・エルダー・ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記』、ジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』、ジョン・ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)、ロバート・アープ『世界の名言名句1001』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『NCIS』『シカゴ・ファイア』

 

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