先日のトークイベントはいかがだったでしょうか。多くの方にご視聴いただいたようで心から感謝を申し上げます。2時間弱で十数冊の本を紹介するということで、かなり足早に進んだ感じでしたが、このイベントで年末年始に読む本をチョイスしていただけたら大変ありがたいと思っています。また、読者賞が近くなったら同様のイベントを考えていますので、その時はまたどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、今回はそのイベントで私が紹介させていただいた作品、ジェフリー・ディーヴァー『ネヴァー・ゲーム』(池田真紀子訳 文藝春秋)を改めて紹介しようと思う。プレゼンに与えられた3分では伝えきれなかった本作の魅力について、こちらで少しでも補うことができたらと考えている。

 本作は、懸賞金ハンターのコルター・ショウが主人公のシリーズ第一作である。懸賞金ハンターは、いわゆる賞金稼ぎとは異なり、失踪人などの捜索により発見あるいは発見につながる情報を提供した場合に家族などが懸けた懸賞金を受け取るという免許制の職業らしい。日本では個人が懸賞金を懸けることが認められていないので、免許制というのにピンと来ないところもある。しかし「懸賞金ハンターが職業」というショウのキャラクターが、作品の方向性を決定づけているとも言えるので、この点はまずしっかり押さえておきたい。

 物語の舞台はシリコン・ヴァレー。失踪した娘を探してほしいという依頼がショウに舞い込み、調査を進めていくと失踪ではなく誘拐だったことが判明。警察の怠慢さに悩まされつつも監禁場所を突き止め救出に向かうショウだが、この救出劇から物語は思わぬ展開に。さらに続く誘拐事件との共通項がビデオゲームにあることを突き止めたショウは、さらなる誘拐被害者の居場所を突き止め救い出すべく捜査を続ける。誘拐監禁を繰り返す犯人の正体は? 目的は? なぜビデオゲームを模倣するのか? さまざまな謎を散りばめつつ、明晰な頭脳と推理力、そして父親から仕込まれたサバイバル技術を武器に、誘拐事件の真相に挑むコルター・ショウの姿を描いてゆく。

 以下、本作の魅力を4つに分けてご紹介したい。

1)主人公のキャラクター
 先に述べたように、コルター・ショウは懸賞金ハンターなのだが、自宅のあるフロリダにいることはほとんどなく、失踪人探しのためキャンピングカーのウィネベーゴでアメリカ中を駆け回る、いわば流浪の探偵である。「コンパウンド」と呼ぶ、シエラネバダの広大な自然のなかで、両親、兄、妹とともに暮らした過去を持っている。きょうだいすべて両親からサバイバル術を徹底的に仕込まれており、特に、ショウの懸賞金ハンターとしての仕事に役立っているのは父親の薫陶である。

脅威に対抗するとき、タスクに取り組むときは、発生しうる事態すべてについて確率を見積もり、もっとも確率の高いものから検討して、最適な計画を立案する(40ページ下段より)

 ショウはこの父親のアドバイスに従い、さまざまな決断の必要に迫られたときには、起こりうる事象とその発生確率を計算し、その数値に従って行動を選択する。どんな状況でもけっして焦らず冷静に状況を判断する能力がなければこのような芸当はできないわけで、このことから父親のショウに対する(サバイバル術を含めた)教育レベルの高さが伺える。

 父親譲りの怜悧な頭脳と類まれなるサバイバル能力、このふたつの能力を余すところなく用いる職業として懸賞金ハンターを選んだということだが、その能力はすなわち探偵に必要な能力でもあり、彼の名探偵としての能力は幼いころから培われていたのだと言える。

2)父親をめぐる謎
 ショウの父親は大学教授だったが、他人との交流を避け、十五年前に亡くなるまで家族とともにシエラネバダでひっそりと暮らしていた。ショウは懸賞金ハンターとしての仕事の傍ら、十五年前の父親の死について調査しており、これが物語の縦糸として存在している。おそらくこの謎がシリーズにおけるメインの謎となるのだろう。

3)脇を固める登場人物
 本作に登場する脇役にも注目したい。序盤でショウの足を引っ張る刑事ダン・ワイリーと、その上司ラドンナ・スタンディッシュ、最初の誘拐事件の捜査中ショウの前に突然現れた赤毛の女性マディーなど、魅力的な脇役がこの物語を彩っている。スタンディッシュはショウのバディとしての役割を果たしているし、ダン・ワイリーとショウの関係性の変化には打たれるものがある。シリーズキャラクターとして次作以降も続けて登場したって不思議ではない、魅力あるキャラクターが揃っているのだが、本作の性格上次作に登場する可能性は薄いかもしれない。

4)流浪の探偵
 これがこのシリーズ最大の特色と言えるだろう。本作では連続誘拐事件を通して地域特有の問題――住民間(IT企業関係者と、もとから住んでいる人たち)の生活格差、地価の高騰、ビデオゲーム業界の裏側など、シリコン・ヴァレーという土地ならではの問題に切り込んでいる。流浪の探偵たるショウがこれら地域の問題にコミットすることはないが、次作以降もショウが訪れる土地の隠された顔が描かれるであろうことは想像に固くない。四肢麻痺の名探偵リンカーン・ライムが「静」だとすれば、懸賞金ハンターとして全国を飛び回るコルター・ショウは「動」の名探偵だと言えよう(「静」とはいえライムもまったく移動しないわけではないのだがとりあえず)。

 ディーヴァーといえば、リンカーン・ライムキャサリン・ダンス、二人の名探偵が活躍するシリーズで人気を博しているが、シリーズが長期になればなるほど未読の読者が手に取りにくくなる、ということはないだろうか。「シリーズの途中だけどここから読んでも大丈夫」と言われても、やはりその作品を十分に味わうには1作めから読んだほうがいいと思っている人も少なくないだろう。この『ネヴァー・ゲーム』は、そういった理由でまだディーヴァー作品に触れたことのない人にぜひオススメしたい作品である。2段組400ページ弱の本作をまさに「一気読み」する体験を味わったら、きっとリンカーン・ライムやキャサリン・ダンスにも会いたくなるはずである。そうしたら過去の作品を順にじっくり味わっていけばいい。ディーヴァーにまだ触れていない人にはそんな楽しみが残されている。

 訳者あとがきによれば、来年秋のディーヴァー新作は本シリーズの第二作となる予定とのこと。また、著者オフィシャルサイトでは第三作の刊行が予告されている。これらも楽しみにして待ちたい。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。