今回はシャリ・ラペナの “The End of Her” (2020年)をご紹介します。

 建築家のパトリック・キルガーは23歳のときに妻を事故で亡くしたあと、新たなスタートを切るために、当時住んでいたコロラドからニューヨークに居を移した。
 それから9年、再婚したパトリックは双子の父親となり、妻のステファニーは夜泣きのひどい双子に悩まされながらも夫婦間に問題はなく、仕事の面でも建築事務所の共同経営者として順調な日々を送っていた。
 だがそれも、過去をよみがえらせるエリカ・ヴォスが目のまえに現われるまでのことだった。エリカは最初の妻リンジーの親友だったが、何度か情事にふけった相手でもあった。エリカとはリンジーの死後、連絡をとっておらず、縁が切れたものと思っていたが、ある日、事務所の求人に応募して面接にやってきたのだ。エリカの目的は仕事を得ることではなく、パトリックに接触することだった。事務所ではパトリックと面識のないふうを装っていたが、面接のあと、彼を呼び出し、「わたしは真実を知っている」と告げる。リンジーの死は事故として扱われたが、本当はパトリックが殺害したというのだ。

 リンジーはある大雪の日にパトリックと出かける際、先に車に乗りこみ、エンジンをかけて彼を待っていたところ、排気口が雪で塞がれていたことが原因で一酸化炭素中毒を起こし死に至った。エリカはそれをパトリックの仕業だと主張。しかも殺害の目的が、自分に惚れてリンジーがじゃまになったからだという。そして、このことを警察にばらしてほしくなければ、20万ドル支払うようパトリックに要求した。

 なぜいまになってエリカが脅してくるのか、パトリックは不審に思ったが、エリカはリンジーが死んだときから、いずれパトリックは金銭的に余裕のある生活を手に入れると考え、この機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
 さらにエリカはパトリックのいまの妻、ステファニーにも近づきだす。エリカとの不倫関係もふくめ、すべてを聞いていたステファニーは夫を信じていたが、本当に自分を裏切らないという保証はあるのか、自分もリンジーと同じ目にあわないと言い切れるのかと、しだいに夫への不信の念をつのらせていく。

 エリカはひとことで言うと社会病質者だろう。金に執着があるのか、人の家庭を壊すことに喜びを見いだすのか、あるいはその両方か。彼女はリンジーの死の8カ月後にパトリックの子どもを産んでいるが、出産まえから養子縁組をおこない、相手の夫婦に金を無心していた。出産後は密かに、自分が生んだ子の成長を追っていた。当然ながら、わが子への愛情からではない。子どもの存在を、パトリックへの脅しの材料にするため。そして機を見て、養子先の夫婦を苦しめるためだった。
 エリカの狂気の矛先は彼らだけにとどまらず、パトリックの事務所の共同経営者ナイオールにも向けられる。彼女は妻帯者であるナイオールを誘惑し、円満だった彼の夫婦関係に亀裂を生じさせていく。

 エリカは人の心を操るのが実にうまいが、あっちもこっちも同時進行でそこまでうまくいくものだろうか、とちょっといじわるな思いがたまに頭をよぎるものの、物語はテンポよく進み、エリカの狂気に引きずられるようにページを繰っていける。

  著者のシャリ・ラペナはトロント在住。弁護士や英語の教師の職を経て、2008年、“Things Go Flying” で作家としてのキャリアをスタートさせる。このデビュー作はカナダ人作家を対象にしたサンバースト賞の候補となり、2作目 “Happiness Economics” は2012年、カナダ人作家が英語で書いた作品を対象にしたスティーヴン・リーコック賞の候補になっている。3作目を上梓するまで数年、間があいているが、2016年以降は年に1冊のペースで作品を発表し、本作 “The End of Her” が7作目にあたる。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。訳書にチャールズ・ブラント『アイリッシュマン』、ジョン・エルダー・ロビソン『ひとの気持ちが聴こえたら 私のアスペルガー治療記』、ジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』、ジョン・ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)、ロバート・アープ『世界の名言名句1001』(共訳)など。趣味は海外ドラマ鑑賞。お気に入りは『シカゴ・ファイア』『THIS IS US』

 

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