昨年の12月16日、ツイッターでパーネル・ホールが亡くなったことを知りました。ここ最近は『警察署長』(真野明裕訳/早川書房)や『草の根』(矢野浩三郎訳/文藝春秋)などで知られるスチュアート・ウッズとの共作が順調で、元気に執筆に励んでいるとばかり思っていたので、本当にびっくりしました。びっくりしたといえば、まだまだ若いと思っていたパーネル・ホールも、いつの間にか76歳という後期高齢者の仲間入りをしていたこと。考えてみれば、最初の作品『探偵になりたい』が日本で紹介されたのが1989年、すでに30年以上もの歳月が流れていたのでした。
 今回は追悼の意味もこめて、パーネル・ホールの未訳書をご紹介します。昨年4月に三角和代さんがスタンリー・ヘイスティングズ・シリーズの最新作を紹介してくださいましたので、ここでは本人名義の最後の作品、そしておそらくは遺作となる “CHASING JACK”(2020年)を取りあげます。どのシリーズの続編ではない、スタンドアローンの作品です。

 物語はひとりの男性が、マンハッタンのバーで隣の席にすわった小男に声をかけられる場面から始まります。酒場でのたわいもない会話は小男の「ジャック・ジョーンズを知ってるか?」の問いをきっかけに一変。男性は銃で脅され、小男と、その相棒の大男から自宅で執拗な拷問を受け、ついには死を迎えることになるのです。
 小男サミーと大男レニーのふたり組はその後も同様の犯行を重ね、そのたびにジャック・ジョーンズなる人物について問いただします。被害者の数が増えるにつれ、警察も連続殺人事件として捜査を開始。市警本部に捜査チームが編成されます。そこに参加を命じられるのが主人公のひとり、マーフィー刑事。実はこのマーフィー刑事、直前に医師から癌で余命半年から1年と宣告されています。病気を理由に断ることもできたのに、現実を受け入れたくない気持ちからか、痛みを薬でごまかしながら、捜査にのめり込んでいくのです。
 どの被害者も拷問を受けたのちに殺されていることから、なんらかの情報を引き出そうとしたと考えられますが、被害者同士にはなんのつながりもありません。人種、性別、年齢、職業いずれもまちまち。犯行の目的はなんなのか。読者はもちろん、犯人が残忍で頭の切れる小柄なマニーと少々愚鈍な大男のレニーであることも、目的がジャック・ジョーンズなる人物の情報であることもわかっています。けれども、ふたり組がそこまでしてジャック・ジョーンズを見つけ出したい理由も、被害者とジャック・ジョーンズの関係も見当がつかず、捜査の行方をはらはらしながら見守るしかありません。

 さて、本書に登場するもうひとりの主人公ジャック・ジョーンズですが、かつては《ニューヨーク・タイムズ》の花形記者として調査報道にたずさわっていたものの、先輩記者の不祥事の巻き添えをくって退職、その後は《ニューヨーク・スター》紙に移り、娯楽記事を担当させられています。いまは映画スターのアンジェラ・フォンテインが主演するブロードウェイの芝居の初日が近づいていることから、アンジェラへの密着取材のため劇場に足を運ぶ日々を送っています。
 ふたり組が探しているのは、このジャック・ジョーンズなのでしょうか。でも、新聞記者の彼を探し出すのはそれほどむずかしいことではありませんよね。なにも手間ひまかけて、赤の他人を次々に拷問して殺害しなくてもいいはず。殺人事件とジャックのつながりがまったく見えないまま読み進んでいくと、なぜかアンジェラの身に危険が……。

 控えめ探偵スタンリー・ヘイスティングズのシリーズにくらべ、暴力的なシーンは多いですし、ずいぶんと人も殺されます。ジャックは独身、マーフィー刑事もいまは独り身ということで、ほのぼのとした家庭的なシーンは皆無。それでも、軽妙な語り口と、そこかしこからにじみ出るユーモアセンスと遊び心、ウィットに富んだ会話は健在で、やっぱりパーネル・ホールはおもしろいなと再認識できる内容になっています。
 また、ラストで描かれる劇場での追いつ追われつのシーンは、これだけでもご飯三杯いけるほどのおもしろさです。役者として舞台に立った経歴を持ち、劇場の隅々まで知りつくしたパーネル・ホールならではの芸の細かさで、はらはらさせてくれたり、笑わせてくれたりとサービス精神もたっぷり。ここでは10歳の少女が見せる活躍にもぜひ注目を。

 ところで、実はこの作品、書かれたのは10年以上前だそうで、当時は “STANDALONE THRILLER”、すなわち『スタンドアローンのスリラー小説』という、そのまんまのタイトルでした。本人はそうとう気に入っていたようで、出版を望んだものの、どの編集者も首を縦に振らなかったそうです。その後、移植以外に治る見込みのない肺の病を得たことで、なんとか “STANDALONE THRILLER” を世に出してやりたいと思ったのだとか。その願いがかない、こうして読むことができるのは読者としてうれしいですが、こういう形でなければもっとよかったのにと思わずにいられません。

東野さやか(ひがしの さやか)

翻訳業。最新訳書はローラ・チャイルズ『ラベンダー・ティーには不利な証拠』(コージーブックス)。その他、M・W・クレイヴン『ストーンサークルの殺人』(ハヤカワ文庫)、テイラー・アダムス『パーキングエリア』(ハヤカワ文庫)、ダン・フェスパーマン『隠れ家の女』(集英社文庫)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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