田口俊樹

 まだ読みかけだけど、バック・シャッツの新作『もう耳は貸さない』(ダニエル・フリードマン著/野口百合子訳)いいですねえ。ほんと、この爺さん好きだなあ、私。それとあと、『もう年はとれない』に『もう過去はいらない』に今回の『もう耳は貸さない』。このシリーズのタイトルがどれも巧い。創元さんはタイトルの巧さに定評があるけど(よいしょ!)これもそうですね。「もう~ない」は老人のキーワードだもん。現実を語れば「もう~できない」なんだけれど、それを「もう~ない」とちょいとひねってあるところ――否定形が老人の情けない泣き言じゃなくて意思表明になっているところ――がすばらしい。もうよけいなことは言ったりもしたりもしない。これですよ、老人のあるべき姿は。老人が日々やっていいのは、まあ、ざんげぐらいなものでしょう……ということで、『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』絶賛(あくまで個人の感想です)発売中!

(たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀)

 


白石朗

 楽しみだった地上波ドラマのあれこれが最終回をむかえたところに初回放送を見たのが「スーパー!ドラマTV」〈ゾーイの超イケてるプレイリスト〉。いや、これはおもしろい。横着を決めこんで紹介文を引いちゃいますが「ゾーイはサンフランシスコに住むコンピュータープログラマー。彼女はある日突然、周囲の人々の心深くに潜む感情や願望が歌を通して聞こえるようになってしまい……」「周囲の人々は内に秘めた心情をただのセリフではなく、ダンスと共に有名ヒットソングの歌詞に乗せてゾーイに歌いかける。オフィスでも、家でも、街の中でも、場所を選ばず突然それは始まるのだ!」というドラマです。この歌とダンスがね、アメリカのミュージカル好きには無類に楽しい。ミュージカルに「人がいきなり歌って踊りだす」不自然さを感じる人もいますが、このドラマはミュージカルシーンを「主人公の特殊能力」が見せる「もうひとつの現実」と設定することで、不自然なのは当然じゃんか、と、ひらきなおっているわけです。なんて屁理屈はどーでもよくて、本日4月1日放映の第2回が楽しみ。上記の放映局サイト内の公式ページには番組内で使用された楽曲のSpotify利用の「超イケてるプレイリスト」もあるので、興味のある向きはぜひ。

(しらいしろう:スティーヴン・キング『アウトサイダー』(文藝春秋)が先月末に発売されました。忌むべ少年凌辱殺害事件の容疑者として逮捕されたのは品行方正をもってなる少年野球コーチ。圧倒的な物的証拠と目撃証言にもかかわらず無罪を主張する容疑者には、一方では証拠に裏打ちされた鉄壁のアリバイがあった……。キング流儀のミステリーをお楽しみください。ツイッターアカウントは @R_SRIS)

 


東野さやか

 一年前から朝夕の検温にくわえ、その日の行動を記録しています。新型コロナウイルスに感染したときに、少しは役に立つかなと思ったのがきっかけです。ぱらぱら読み返してみると、立ち寄り先のほとんどが近くのスーパー、ドラッグストア、図書館で、あとは通院先のクリニック、お気に入りのケーキ屋さん、そしていきつけの食堂の名前がときどきある程度。一年以上もよくがまんしているなあと自分を褒めたところで、気づきました。あちこち出歩けないのはウイルスのせいではなく、仕事が忙しいからだということに。
 忙しくても本は読む、ということで最近読んで強く印象に残ったのが、琉球大学教授の上間陽子さんの『海をあげる』(筑摩書房)。静かな文体でつづられたエッセイ集ですが、理不尽に対する怒りと絶望がひしひしと伝わってきました。

(ひがしのさやか:最近のおもな訳書はクレイヴン『ストーンサークルの殺人』、フェスパーマン『隠れ家の女』。その他、ジョン・ハート、ウィリアム・ランデイ、ニック・ピゾラット、ローラ・チャイルズなどを翻訳。ツイッターアカウント@andrea2121)

 


加賀山卓朗

 だいぶ周回遅れですが、韓国ドラマの『ミセン(未生)』を観ました。囲碁の棋士をめざして挫折した若い主人公が商事会社に入って奮闘する話ですが、文句なしにおもしろい。夜遅くまで会社に残って、ほかの部署の明かりが消えているところとか、妙に懐かしかったりして……。漫画が原作ということもあって、出来事が2割増しぐらい(?)デフォルメされているし、休憩室でそんなに聞こえよがしに社内のゴシップ話さないだろとか、大会社の専務がそんなに社内をうろうろしないだろとか、つっこみどころはいろいろありますが、昼の弁当を食べながら観るには最適。ドラマの成否は上司のオ課長(のち次長)のキャラクターにかかっていたと思うけれど、見事な演技でしたね

(かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』)

 


上條ひろみ

 プチ読書日記。
 ミシェル・バークビイ『ベイカー街の女たち ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1』(駒月雅子訳/KADOKAWA)は、ベイカー街二二一Bの家主ミセス・ハドスンと、ジョン・ワトスンの妻メアリー・ワトスンが探偵コンビを組んで、ホームスとワトスンのコンビ顔負けの活躍をするシリーズの一作目。コナン・ドイル財団公認のホームズ・パスティーシュですが、女子ミスとしても読み応えあり。二作目も出ているので読まなければ。それにしても、ミセス・ハドスンがまだ四十八歳だったなんてびっくり!
 J・D・バーカー『猿の罰』(富永和子訳/ハーパーBOOKS)は『悪の猿』『嗤う猿』につづく〈四猿〉シリーズ完結編で、衝撃の真相はもちろん、見事なまでに風呂敷がたたまれていく様子にのけぞり、しばしボーゼン。これをカタルシスと言わずしてなんとする。某ウィルスとの戦いなど、妙にタイムリーなパートもあり。できれば三作つづけて読むのがおすすめ。長いけど一気に読めます。
 書評七福神につづき、先月このコーナーで加賀山さんも激推しだったアダム・オファロン・プライスの『ホテル・ネヴァーシンク』(青木純子訳/ハヤカワ・ミステリ)は、呪われたホテルの年代記。わたしも好きです。テイストはちがうけど、大好きなアーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』を思い出した。
 第十二回翻訳ミステリー大賞最終候補作のカバーは、みんな赤色がポイントになっていると気づいた(『指差す標識の事例』は上巻のみ)。偶然か、はたまた……本投票は4月18日まで!

(かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』など。最新訳書はハンナシリーズ第21巻『ラズベリー・デニッシュはざわめく』)

 


高山真由美

 翻訳の原稿を進めつつショートスパンの読み仕事をいくつか出して、確定申告をどうにかこうにか終わらせたら、あれれ、わたしの3月どこいった。もう4月って、きっと嘘でしょ。
 ソファに寝そべって短篇雑誌を読む時間も近ごろめっきり減ってしまったのですが、『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』で出会ったシャンクスのことは頭を離れず、ロプレスティさんの短篇だけは毎度きっちりチェックしています。『日曜の~』刊行よりあとにAHMMに掲載されたシャンクス・シリーズの短篇は“Shanks Saves the World”と“Shanks’s Locked Room”の2篇。世界を救う?(いえそんなスケールの大きな話ではありません) えっ、密室?(日本の読者が期待するいわゆる「密室」とはちょっとちがうような)と、若干タイトル誇大広告気味ながらシャンクス節全開のこの2篇、いつかご紹介できるといいなあ。

 ところでみなさま、第12回翻訳ミステリー大賞の本投票はお済みでしょうか? 投票受付終了は4月18日。候補作のなかに未読があってもまだ間に合います(たぶん)。投票有資格者のみなさま、よろしくお願いいたします。

(たかやままゆみ:最近の訳書はサマーズ『ローンガール・ハードボイルド』、ブラウン『シカゴ・ブルース(新訳版)』、ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』など。おうち筋トレ、サボり気味です。ツイッターアカウントは@mayu_tak)

 


武藤陽生

先日、ラジコンが欲しい欲しいと言っていましたが、いつの間にか2台も買っていました。モーターを交換したり、サスペンションの固さを変えてみたり、なかなか奥が深いです。まあ、それで走りがどう変わるかというところまではよくわからないのですが……

以前は子供が公園に行きたいと言い出しても、自分はあまり気乗りしないままついていくような感じでしたが、ラジコンを買ってからはむしろ自分のほうが公園行きたい! と鼻息荒くしています。子供が公園でラジコンしていると別の子供が「かっこいい!」とか言って近づいてきて、それで仲よくなって一緒に遊ぶこともあるようです。おじさんがひとりでラジコンしていても、話しかけてくるのは警官だけですが……

 

(むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者)

 


鈴木 恵

  まもなく発売されるアレックス・パヴェージ『第八の探偵』(拙訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)には、作中にかなり刺激的な殺人ミステリ論が出てくるんですが、それを読んだおかげでもっか、ミステリの構造について考えるのがマイブーム。
 その点で面白かったのは、参考資料として読んだクリスティの『邪悪の家』。クリスティが読者をだますために仕掛けたトリックは、『アクロイド殺し』や『オリエント急行』のような派手な大技でこそないものの、やはり一口で言い表せるような明快な構造を持っていて、切れあじ鋭い小技として愛でたくなります。たぶんその明快さが、わたしみたいなにわか評論家にも取っつきやすいんでしょう。ネタバレを気にせずに誰かと話したい!

(すずきめぐみ:働きものの翻訳者・馬券散財家。映画好き。最近のおもな訳書は『ザ・チェーン』『拳銃使いの娘』『その雪と血を』など。ツイッターアカウントは @FukigenM)