今回はジェイソン・カスパーのデビュー作で、〈American Mercenary〉と題されたシリーズ1作目でもある Greatest Enemy(Severn River Publishing/2016年)を取り上げます。
 実は最初に読んだカスパーの作品は The Night Stalker Rescue(2020年)で、これは主人公のデイヴィッド・リヴァーズがCIA(米国中央情報局)と契約した工作員のチームを率いて反政府ゲリラが支配するフィリピン共和国の島に潜入する短編でした。
 読後にこの短編は〈Shadow Strike〉というシリーズの第1作である長編、The Enemies of My Country(2021年)の前日譚にあたることが分かり、次にその作品を読んだところ、デイヴィッドはこのシリーズに先駆けて執筆された〈American Mercenary〉にも登場していることが分かり、慌てて Greatest Enemy を読んだ次第です。


 高校卒業と同時に陸軍に入隊してアフガニスタンとイラクへ派遣されたデイヴィッドはその後士官学校への入学を許可されたものの、自殺願望を抱えながらベースジャンプ(建造物や断崖などの高所からパラシュートを背負って飛び降りるスポーツ)を繰り返す日々を過ごしていた。
 しかし恋人のライラはデイヴィッドがPCに残していた日記を読んでしまい、彼の許から去る。更には卒業を目前にして健康上の理由から任官できないことが明らかになる。
 そして友人でベースジャンプの師と仰いでいたジャクソンも事故で亡くなり、デイヴィッドは今もライラに嫌がらせを繰り返している彼女の元恋人、ピーター・マカリスターの殺害を決意する。
 ところがことを終え、自ら命を絶つつもりで潜伏していたモーテルに戻ったところを三人組の男に拉致される。ピーターを始末する機会を狙っていた男たちはデイヴィッドの経歴を知って仕事を手伝う気はないか、と持ち掛ける。
 それは警備の厳重な高層ビルに侵入してある人物を暗殺し、屋上からベースジャンプで脱出する無謀ともいえる計画だった。数日間の訓練を経て辛くも計画を遂行したデイヴィッドはボス、マッツ、オーフィーと名乗る三人の男たちのチームの見習いとして迎えられ、次の仕事の準備に取り掛かる。
 ボスが率いるチームは〈調教師〉と名乗る男と契約して〈5人組〉と呼ばれる犯罪組織を壊滅させるべく行動しており、麻薬の密売に手を染めていたピーターを排除することもその一環だった。
 次の標的である〈5人組〉の幹部の隠れ家を急襲した4人は激しい銃撃戦の末に標的を仕留め、組織が資金洗浄に利用している銀行の口座情報も手に入れる。〈調教師〉はその情報を餌に〈5人組〉へ手打ちを呼びかけ、生き残っている首脳陣が一堂に会したところを襲撃するよう、ボスに指示する。
 しかしボスたちに標的の情報を提供したフリーランスのアナリストであるイアンは、抗争が終わればボスたちは用済みとなって抹殺されると危惧していた。〈調教師〉が雇ったチームの中には消息を絶ったものもあるというイアンの情報を重視したボスは、〈5人組〉の生き残りを始末して行方を晦ますべく襲撃の準備を進めるが……
 
 実はこの作品は唐突な結末を迎えます。デイヴィッドがどうなったのか、慌てて2作目を読むと、今度は第3作でどう展開されるのかが気になるような終わり方でした。しかもクリフハンガーが続くだけでなく、いくつもの伏線があちこちに張り巡らされていて、結局は長編6作と短編1つをまとめて読むことになった次第です。
 ホームページによれば著者は2001年に陸軍入隊、その後士官学校を卒業、2016年から作家として活動しています。デイヴィッドと同様にベースジャンパーとも記載されていますが、そのおかげで作中の戦闘やベースジャンプの迫力は相当なもので、読み手が息苦しくなるほどです。
 デイヴィッドが加わるチームのメンバー全員が元軍人という設定で、襲撃前の訓練や準備は細かく描写され、舞台もソマリア(シリーズ第2作)、ブラジル(第3作及び第5作)、ミャンマー(第4作)、そしてロシア(第6作)と目まぐるしく変わり、第1作では米国内での犯罪組織の抗争を描いた犯罪小説と思われた内容もどんどん国際的な陰謀小説へと変貌していく展開も勢いがあって読み応え充分です。
 自己破壊の衝動と向き合う主人公の地獄巡りがどこに行き着くのか、読み始めたら止まらなくなってしまうシリーズでありました。
 
〈American Mercenary〉 シリーズ
1. Greatest Enemy(Severn River Publishing/2016年)
2. Offer of Revenge(同上/2017年)
3. Dark Redemption(同上/2018年)
4. Vengeance Calling(同上/2018年)
5. The Ranger Objective(同上/2018年/短編)*
6. The Suicide Cartel(同上/2019年)
7. Terminal Objective(同上/2020年)
*:デイヴィッドが初めて参加した戦闘を描いた作品。

〈Shadow Strike〉シリーズ
1. The Night Stalker Rescue(Severn River Publishing/2020年/短編)
2. The Enemies of My Country(同上/2021年)

寳村信二(たからむら しんじ)

昨年クラウドファンディングで横浜市の〈ジャック&ベティ〉という映画館を支援、いただいた鑑賞券で『レンブラントは誰の手に』(ウケ・ホーヘンダイク監督/2019年)を鑑賞。レンブラントの作品が楽しめただけでなく、後半からの物語の展開に驚きました。

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