みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。今年も引きこもりなGWになってしまいましたが、いかがお過ごしでしょうか。感染防止対策についてモノ申したいことはいろいろありますが、とりあえず「同居家族以外との外食は控える」とか、同居家族から感染が広がったケースもゴマンとありますよね? そういう油断が危ないんじゃね? もはや家族さえ信じてはいかん! ……と感じる今日この頃ゆえ、今回は身近なところに敵がいた作品をご紹介。

【写真上】『おやすみ、ママ』

 1冊目は、ついに出た! 以前ご紹介した『おやすみ、ママ』の続編となる『あらゆる秘密に名前がある』(ソ・ミエ)。レビューを書く上で、ネタバレのさじ加減が一番難しいジャンルだと思われる「ミステリー」……の続編のレビューということで、あっちのネタバレをせずにはこっちのレビューが進まない、という箇所が多々あるため、不本意ながら前作のネタバレをせざるを得ない状況が発生しております。どうぞご了承ください。
【写真上】『あらゆる秘密に名前がある』

 前作では、両親の離婚により祖父母宅に身を寄せていた少女ハヨンが火災で家もろとも祖父母を失い(実母は離婚後に他界。死因については前作で言及)、後妻となるソンギョンと再婚した実父ジェソンの家に転がりこんだもののサイコぶりを発揮して騒動を巻き起こす……という流れでしたが、今回の設定はその5年後。中学3年生になったハヨンが登場します。が、冒頭でクローズアップされるのは、ある少女の身に起きた不幸な事件。

 母子家庭で育った中学3年生のユリは、母親のヘソクリを手に家出を決行することにした。ことあるごとに「おまえさえいなければ」と毒づき、娘の日常などにはまるで関心のない母親にはうんざりしていた。ところが町を出るバスを待つユリの身に、思わぬ災難が降りかかる。夜のバス停に一人たたずむユリを見つけた同じクラスのチンピラどもが、現金の詰まったユリの鞄を奪い、いつも通りに彼女に暴行を加えたつもりが、いつもとは違う結果を招いてしまう。
 一方ユリの母親は、娘の家出にうろたえるでもなく、失踪の理由に思いを巡らせるでもなく、ただ、死に物狂いで貯めてきたヘソクリを奪われたことに怒りを募らせるばかりだった。どうせ金が尽きれば戻ってくるだろう。そうタカをくくる母親だったが、ユリの身に何が起こったのか、まだ知る由もない。
 夏休みのある日、ハヨン一家はその小さな町に転居した。ジェソンが父親から譲り受けた別荘に移り住んだのだ。ソンギョンの妊娠をきっかけ(というより口実)に転居の決断を下したのはジェソンであり、ハヨンとソンギョンにとっては寝耳に水。特に環境適応能力に問題を抱えるハヨンは激しい拒否反応を見せたがジェソンの意思は固く、ハヨンは中3の夏休みという微妙な時期に転校を強いられることになった。
 夏休み中で時間を持て余していたハヨンは裏山へ散策に出かけ、雨上がりの地面に足をとられて斜面を滑り落ちる。そこには巨大な洞窟が口を広げており、なぜか学生用の鞄が置き去りにされていた。中には衣類、日記帳、財布に学生証などがあり、学生証に記された名前はイ・ユリ。誰が、なぜ、こんなところに鞄を置いたのか。日記帳には、いじめに苦しむユリの胸の痛みが長々と綴られていた。
 二学期が始まり転入生として登校したハヨンは、クラスメイトの間に存在する強烈な主従関係を目の当たりにする。さらに自分に割り当てられた机がいじめの被害者のものであり、その被害者がイ・ユリであること、ユリが現在行方不明であることを知り、真実を暴いてやろうとチンピラどものボスに接近する。

 さて、(ソンギョン視点で見ると)前作の不審人物はサイコ疑いのハヨンだけでしたが、今回は夫のジェソンが実に怪しい。転居を勝手に決めたり、ソンギョンの私物を勝手に捨てたり、ハヨンの学校選びも独断的だったり、ひとこと異論を唱えようものなら人が変わったようにキレたり。さらには、職場に通っているのか疑わしい出来事があったり、衣類から見慣れない砂が出てきたりと、とにかく怪しいことばかり。夫はいったい何を企んでいるのか。ソンギョンは真実を探り始めますが、かつてこの別荘でジェソンの前妻の身に起きた悲劇を知ってしまいます。そしてついにソンギョンの身に魔の手が伸びてきて、もう誰が善人で誰が悪人なのか、人間の本質はどうやって見分けるんだ! と頭を抱えてしまいながらも、意外な助っ人の登場に、ちょっと明るい未来も見え隠れする作品。
こちらは三部作となる予定で、第3弾では成人したハヨンに会えるとか。そしてそこにはもちろん、サイコ疑いのハヨンにとってハラ違いの妹がいるはず。第3弾も乞うご期待。

【写真上】『あなたでなくちゃ』

 次は、『あなたでなくちゃ』(チョン・ヘヨン)。こちらは、アンソロジーに収録された短編小説を200ページほどの短め長編作品に膨らませた作品です。

 放火癖のある少年が、体中からきな臭さを漂わせながら真夜中に帰宅。翌朝、通報メールを頼りに自宅を訪れた刑事らが少年の部屋を捜索すると、防犯カメラに映っていた犯人が身につけていたものとよく似たアウターとライターが発見される。
「殺人及び現住建造物等放火の容疑で逮捕する」
 少年は体を震わせながら抗議した。
「殺人だって? おれがやったのは放火だけだ!」

 ……と冒頭でいきなり投入される放火殺人事件。短編バージョンは事件の解決がゴールですが、長編バージョンでは、放火少年の父親ジェホ、事件を担当したミン刑事の親友ジェウク、ミン刑事の、そして殺人犯(≠ミン刑事)の息子となってしまったユヌ、ジェホの妻スジョンなど、主要登場人物それぞれが各章の主人公となり、見事な肉付けを施しています。

 ジェホの章では、幼い息子が残忍性や放火癖を初めて見せたときの衝撃を回想。「ぼくをこわがる目がかわいいから」と動物を虐待する息子を見たのは、まだ小学校入学前。その後も友だちの鞄や、よその飼い犬に火をつけるなど問題ばかり起こしてきた息子だが、ある意味、息子より手に負えないのが妻だった。放火を繰り返す息子をかばってばかりで、更生させる気がない。そんな妻とは縁を切り、心機一転、再起をかけて渡米しようと考えたジェホだが、空港へ向かう途中、耳をつんざくような轟音とともに目の前に一台の車が飛び込んできて……とジェホの章はここまで。
 続くジェウクの章では、同僚であり親友でもあったミン刑事が殺人事件に関与したこと、それを知るに至った経緯や、両親(ミン刑事夫妻)が投獄されてしまったミン刑事の息子ユノとの交流が描かれる。ミン刑事とは親友として過ごしてきたが、歳月の流れとともに彼の人間性が変わり、ドラ息子であるユノの言動も気に入らず、ついには拘置所でうなだれる彼を前に、こんな不幸に見舞われたのが自分ではなくコイツでよかった、とほくそ笑む。
 そして、両親が起こした不祥事のせいで高校を自主退学したユノは父親の車で交通事故を起こし(……ん?)、夫の事故の知らせを受けて病院に駆け付けたスジョンは、憔悴しきった泣き顔のまま化粧室の鏡の前に立ち、「あの日、あのとき、あそこにいたのが、あなたでよかった」とイヤな笑みを浮かべるが……さて、その笑みの意味とは。
 正直、ラストシーンの第一印象は、そのイヤミス的幕引きに少々ゲンナリしましたが、改めてタイトルと併せて考えてみると、ナルホド、上手い! と思わず膝を打ちたくなるような仕上がり。登場人物たちをぐるりと巧みに繋ぐラインの存在に感心してしまいます。

 ちなみにこちらの作者、チョン・ヘヨンのミステリー『誘拐の日』がハーパーBOOKSから出版される予定(米津篤八訳)。頭脳明晰な天才少女と、少々マヌケでお人好しのオッサンが繰り広げるドタバタミステリーです。書店で見かけましたら、ぜひご一読を。

【写真上】『誘拐の日』(原書)

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。


















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