「ネタバレ」は、映画やドラマ、小説などあらゆるジャンルの作品を紹介するに当たって、絶対避けなければならないこととされている。確かに、作品に触れる前にその内容がすべてわかってしまったら、その作品を楽しむ余地が大きく狭まることになるだろう。ネタバレを受けた側にとっては、作品のおもしろさを味わえないばかりでなく、作品に対して低評価を与えてしまいかねない重大事である。作品側から見れば、本来の価値と無関係に低評価を受けるのだとしたら、とんだもらい事故ではないか。

 しかし、ネタバレにはこれといった基準がない。ある人にとってはネタバレでも別の人にとっては特に問題がないということも少なくはない。帯の「大どんでん返し」という文句にさえ敏感な人もいれば、「犯人はヤス」と言われたところで平気な人だっている。ましてや、ネタバレが作品のおもしろさを必ずしも損ねるわけではない、という研究結果もあるらしいなんてことを聞いてしまうと、じゃあどうすればいいんだよ、と思ってしまう。

 とはいえ、作品紹介でネタバレをやってしまうと、紹介そのものを読んでもらえる機会が減る。たとえ最初に予告しようが、ネタバレ部分に多くの改行を挟もうが、やはりこれは極力避けねばならないことなのだと改めて思うのである。実はこの読者賞だよりでも、過去に一度だけネタバレをしたことがある。改行はもちろん入れたし、その必要があると感じたからこそやったわけだが、読み手を制限してしまうという意味では、やはり禁じ手だったのだろうといまは思っている。

 と前置きをしておいて、今回ご紹介するのは、サラ・ピンバラ『瞳の奥に』(佐々木紀子訳 扶桑社ミステリー)。カバーの作品説明にはこう書かれている。

意想外の展開が読者を翻弄する驚天動地の心理スリラー。結末は、決して誰にも明かさないでください。

 帯にも「ネタバレ厳禁」の文字が見え、ちょっと紹介をためらってしまう作品ではあるのだが、読み逃すには惜しい作品なので、なんとかネタバレなしで紹介したい。

 本作の主要な登場人物を先に紹介する。まずロンドンの精神科クリニックで秘書として働くシングルマザーのルイーズ。そのクリニックに新しく着任した医師のデヴィッドとその妻アデル。最後にアデルの友人ロブの4人である。

 ルイーズデヴィッドの出会いは職場ではなくバーだった。友人との約束をすっぽかされたルイーズが一人で飲んでいると、同じく一人で飲んでいたデイヴィッドに声をかけられる。意気投合し、キスまでまで交わした二人だったが、その後彼が新しい上司であり、しかも既婚と知ったルイーズは、罪悪感から、あの夜のことは忘れましょうとデヴィッドに申し出る。しかし、彼女はすでにデヴィッドに惹かれており、デヴィッドもまた同様であった。互いに惹かれているという気持ちを抑えつつ、二人はクリニックでともに仕事をこなしていく。

 アデルは裕福な家に生まれ育ったが、十代のときに火事で両親を失った。その火事からアデルを救い出したヒーローが若き日のデヴィッドであり、彼はその時からアデルにとって運命の人となる。アデルは両親を失ったことによる心的ダメージから睡眠障害を患い、しばらくの間施設で過ごすこととなったが、施設から出て家に戻るとデヴィッドとの結婚生活をスタートさせる。

 ある日、ルイーズが息子を学校に送った帰り、曲がり角で、ある女性と出会い頭にぶつかってしまう。その女性こそデヴィッドの妻、アデルであった。ルイーズはデヴィッドが着任した初日に同行してきたアデルを見ており、ぶつかった相手が誰なのかすぐに気づいたものの、アデルはルイーズのことを知らないし、デヴィッドとの間に起こった出来事にももちろん気づいていない。ルイーズは自分が何者かを明かし、ぶつかったことへの謝罪をしてその場を立ち去ろうとするが、アデルはこの偶然に乗じてルイーズをお茶に誘い、ルイーズもそれに付き合うことになる。このことをきっかけに、友人としての関係を深めていくアデルとルイーズ。一方でルイーズはデヴィッドとも関係を深めており、奇妙な三角関係を続けていくなかで、アデルとデヴィッドの関係がどこかおかしいことに気づき始める。

 ストーリーは、アデルルイーズそれぞれの視点が交互に描かれることで進んでいくが、その合間にアデルの過去の回想が随時挟み込まれる。そのメインとなるのは、施設で唯一といっていい友人だったロブとのやりとりである。

 ルイーズのパートでは、アデルとデヴィッドそれぞれと関係を深めつつ、二人の言動に気をもみ、翻弄される姿が、心情描写も豊かに描かれ、基本的にストーリーの進行を担うパートとなっている。一方アデルのパートでは、デヴィッドへの強い執着と、密かな企みを抱いていることが序盤から読み取れるようになっている。

 ほぼ全編、翻弄されるルイーズ、なにかを企むアデル、苦悩するデヴィッドを描写し続けるばかりで、読み進めていっても解決する気配が一向に感じられない。また、過去のパートがどのように現在に絡んでくるのかもなかなか見えてこないので、読む側もいささか冗長さを感じるのではないかと思うが、とにかく我慢して最後まで読んでいただきたい。残り数十ページについては当然ここで書くことはできないが、これだけは断言できる。この結末を予測できる人はいない。長いウォーミングアップの先に突如襲ってくる激しい衝撃とでも言おうか。

 本作は、小説刊行の少し前にNetflixでドラマが公開されたので、もう先にそっちを見たよという方も多いだろう。そのような人にも、この原作版はオススメだ。結末を知ってから改めて読むと、初見でよくわからなかった登場人物らの言動の意味がよく理解できるからである。そして、読み終わったときに感じる怖さは、小説のほうが一枚上手ではないかと思うのだ。

 

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。