みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。緊急事態宣言も解除となり、現時点では新規感染者数も低めキープで経過している北海道です。ワクチン接種が進む一方で、次から次へと現れる変異株にゲンナリしてしまいますが、本日は不謹慎ながらゾンビウイルス作品を二つご用意いたしました。


 一つ目の作品は、『夜行性動物~Zombie Apocalypse』(作/ファンヒ)。こちらは以前(第6回第21回)も紹介した作家さんの最新作となります。地味に動物ずきなワタシ、あらすじも見ずに「動物」という単語に飛びついたところ、思いのほかワタシ好みだったというタナボタ的一冊。

 物語の幕開けの舞台は、テキサス州エル・パソに位置するパソデルノルテ国際橋。メキシコからの移民のみならず、違法薬物搬入の入り口にもなっている。その国境守備隊に勤務するハンナも、かつては薬物中毒者だった。娘のラナは胎児期の薬物曝露により下半身麻痺で生まれた。ラナの父親ジェイコブは「夜行性動物1」と呼ばれる薬物の乱用により言語能力を失い、獣のように唸り、暴れながら警官に射殺された。
 ある日、ハンナはラナにせがまれコリアンタウンのレストランを訪れる。そこに突然鳴り響く銃声。あの獣のような唸り声も聞こえた。ハンナはすぐさまラナを車に押し込んだが、彼女に突進してくる男がいた。下顎からどっぷりと滴らせた血。口元から漂う麻薬臭。黒く腐敗した歯。まるでゾンビである。麻薬乱用のためか、髪がほとんど抜け落ちた女もハンナに飛びかかってきた。必死に応戦するハンナの腕をゾンビの歯がわずかにかすめたが、どこからともなく現れた韓国人男性ハジンに助けられる。ハジンによると、騒動を巻き起こしたのは「夜行性動物1」の改良版薬物「エンドゲーム」の乱用者だったという。
 麻薬ゾンビ騒動に加え、上司が関係する麻薬カルテル騒動にまで巻き込まれたハンナは平穏な日常を求め、自ら捨てた故郷、韓国に戻ることにする。
 韓国に到着したハンナが乗り込んだタクシードライバーによると、ある古代ウイルスを体内に保有している者がある麻薬を使用した場合、ゾンビ化現象が起きるという。そのゾンビ化した人間に噛まれると、麻薬を使用していない人間もゾンビ化するらしい。……が、ハンナもコリアンタウンでゾンビに噛まれたような……?
 一方、帰省した島にある唯一のペク病院には、ヤク中のドンホが収容されていた。ドンホの家から未使用の「エンドゲーム」を発見したガンミン(麻薬取締局員)は、事情聴取のエサとして、本部から「ナゾの青い麻薬」が入ったアンプルを渡されていた。そしてエサをチラつかされたドンホは、青い麻薬入りの注射器をガンミンの手から奪い取り、自分の首にブスリと……。
 これを発端に、のどかな島はそこら中ゾンビが溢れかえることになり、島は封鎖。ラナとはぐれてしまったハンナはラナを探して島を駆けずり回る。旧知の人間が目の前でゾンビに噛まれ、ゾンビ化していく。だが「ゾンビは即刻、片っ端から始末すべき」と銃を手にする集団の主張には納得できず、麻薬の効果が消失し、治療薬ができるまでは、なんとしてでも「元家族」「元友人」であるゾンビを保存(?)しておくべきだと主張するハンナだが……。

 さあ、ゾンビやら麻薬やら銃社会やらから逃れたどりついた故郷でまたもやトラブルに巻き込まれるハンナの運命はいかに。ラナとは再会できるのか? そしてやたらと出くわすハジンは何者なのか。背後に政治やら富豪やらの黒い影も見えたり見えなかったり。
 作者のファンヒは社会問題とミステリーを絡めた作品が特徴の作家で、本作品も「ゾンビを扱った『社会派SFミステリー』」と銘打たれています。


 さて、お次は未来ゾンビウイルスを扱った『ホワイト・ブラッド』(作/イム・テウン)。ゾンビの襲撃に怯えながら地球で暮らしていた人々が、新たな住処を目指し地球を脱出……しようとしたけど、そうは問屋が卸さない物語。

 時は21世紀末。特殊狂犬病ウイルスの世界的パンデミックにより、当たり前の日常生活を送れなくなった地球人が、憧れの星「カナン」への移住を計画する。
先発隊として4万4千人が搭乗した超豪華宇宙船ゲルソムがカナンへ向けて旅立つが、目的地のはるか手前でナゾの漂流状態となる。
先発隊から遅れること40年。カナンを目指す後発隊が乗ったオンボロ宇宙船エリエセルには、ボディガードも兼ねて「ホワイト・ブラッド」たちが乗りこむことになる。ホワイト・ブラッドは骨格や血液などを特殊なものと交換する施術を受けることにより、強靭な肉体と特殊能力を手に入れた強化型改造人間である。その施術の成功率は極めて低く、本来、宇宙船に搭乗する権利のない貧民たちに対し、「ホワイト・ブラッド」になることを条件に搭乗を許可することになった。中でも、貧民街で育ち、戦士だった母親から生きる術を教わって生きてきたイド、彼の首を狙う少年キラーのボテロと、冷徹、冷静、頼れる女ガンマンのカディヤは一流のホワイト・ブラッドで、エリエセルのAIマリーはこの3人にゲルソム探査を命じる。シャトルに乗りこみ、ゲルソムに近づくイドたちの目の前をゲルソムの脱出ポッドが高速で通過した。動体視力に長けたカディヤが呟く。
「人が乗ってたわ。0.5人。上半身がぶっ飛ばされた誰かさんの下半身がね」

 ゲルソムの中央管制室の壁と天井には大量の血痕が残されていたが、床にはシミ一つない。栽培区域には人工太陽光に照らされ勢いよく生い茂る樹木、そして彼らの足下には、植物にとって堆肥並みに有益な…………死体(と思われるモノ)がゴロゴロ。
 研究室の片隅には透明のタンクが不気味な存在感を放っていて、その中には緑の培養液……と誰かが浮いていた。ボテロがタンクをコツコツ叩くと、腐乱死体のようなそいつが目を開き、船内で起きた事件をポツリポツリと語り始めた。
 冷凍睡眠状態で宇宙を旅していた彼らは、20年に一度、冷凍睡眠から覚醒することになっていたが、徐々に覚醒期間の食事に不満をいだくようになった。人工肉ではなく、ホンモノの肉を食べたいのだと。その欲求は次第に強まり、抵抗する力のない幼児を攻撃する事態にまで発展した。乗員たちは、カナン到着後に解凍するはずだった豚遺伝子のサンプルを解凍し、培養することにした。それで問題は解決されたように見えた。が、さらなる災難が訪れる。ゾンビウイルスが入り込んだのだ。地球で起きたことが、閉鎖空間である宇宙船の中で繰り返されようとしていた。
予想外に長期化する宇宙旅行。それによる食糧難。食肉に対する渇望。助けが来るまで「いい夢を見ながら」カプセルの中で冷凍睡眠状態になることを選択した乗客たち。イドは無数に並ぶカプセルを、そこに眠る人物の顔を一人一人覗きこみながら歩き回った。まるで誰かを探しているかのように。そして、ひょんなことから出会った人物(というかAIというか……)から、こんな言葉を聞く。
「カプセルの中を確認しただって? ただの一人でも首から下を見てみたか? いい夢を見るために必要なのは、脳ミソだけなんだぜ」
 必要なのは脳ミソ……首から下は不必要……食糧難……。

 ……素敵なグロ具合と人情劇が融合したゾンビSF作品。字数の都合で割愛せざるをえないのが残念ですが、かつては人でもゾンビでもバッサバッサと切り倒してきたイドにまつわる人間模様が実に心温まる作品でもあります。
 作者のイム・テウンは1985年生まれの若手作家ながら、2005年に文学コンテストで銅賞受賞、2007年にもSF長編小説『Eternal Mile』で優秀賞を受賞するなど、ゾンビ小説、SF、ファンタジーなど幅広いジャンルで活躍する実力派イケメン作家でございます。6月には短編集も出た! 新作も収録! またどこかでご紹介できれば幸いです。

藤原 友代(ふじはら ともよ)
 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。
 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。
 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。
 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。



















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