みなさん、こんにちは、フランス語の翻訳をしている高野優です。

 今回は、「第7回フランス語短篇翻訳コンテスト」について、評論家の吉野仁さんよりご講評をいただいたので、入賞作品とともにお披露目いたします。また後半では、前回にご紹介した人気シリーズ3作品の今年の最新刊と、この秋、本邦初翻訳となる期待の女性作家をあわせてご紹介します。今回の執筆は「フレンチミステリー便り」の伊藤直子編集長に代わり、竹若理衣が担当いたしました。

 なお、「フランス語短編翻訳コンテスト」についてはこちらをご覧ください。
http://honyakumystery.jp/1486507342
 また、「フレンチミステリー便り」のバックナンバーはこちら。
http://honyakumystery.jp/category/book_guide/book_guide17
高野優

 
■1. 「第7回フランス語短篇翻訳コンテスト」入賞作品と講評■ 
 それではまず、入賞作品の発表からまいりましょう。なお、このコンテストは高野優フランス語翻訳教室の修了生を対象に行なっているもので、評論家の吉野仁さんにコンテストの顧問をお願いし、全作品に目を通していただいております。今回もご講評をいただくことができましたので、この場をお借りして、みなさんにお披露目させていただきます。
 投票はプロの翻訳家を含むコンテストの有資格者が、個々の作品が持つ魅力やおもしろさで評価いたします。読み手の好みは十人十色ですから、どういう作品がより多くの方におもしろいと感じてもらえるのか。安定のベテラン作家から日本未邦訳の作家まで、参加者は毎回、試行錯誤しながら作品を選んでいます。
 第7回は応募総51数篇の中から以下の作品が入賞しました。


1位「完璧な計画」エリック=エマニュエル・シュミット 中島由貴子
2位「エロイーズ」マルセル・エイメ 宮嶋聡
3位「DNAは誰のもの」ピエール・ボルダージュ 練合薫子
4位「メデューサの視線」エリック・ジャコメッティ&ジャック・ラヴェンヌ 湯山明子
5位「284高地の片脚の男」ピエール・シニアック 澤田理恵
高野優推奨作品「デリヴランスー解放ー」クラウディア・ラロッシェル  鎌田早家香
高野優推奨作品「モルグの少女」セドリック・シール 山本怜奈


吉野仁さんからいただいた講評
 それでは、吉野さんからいただいたご講評を、上記の入賞作品のリストとあわせてお楽しみください。

 今回、第一位に、妻による夫殺しを題材にした、エリック=エマニュエル・シュミット「完璧な計画」が選ばれたのも納得でした。スリルのある展開、意外性、そして切ない結末の三つがみごとに語られています。
 51作品のなかで、いちばん「へん」なのは、やはりマルセル・エイメ「エロイーズ」でしょうか。夫のマルタンが夜になると女性のエロイーズになり、昼間はもとの男に戻るというエイメらしい奇想による話。いつしかマルタンとエロイーズが結ばれない恋におちて愛の往復書簡をかわし、妻が「近親相姦だ」と騒ぐあたり、最高です。
 エイメ「エロイーズ」に匹敵する「へん」なバカバカしさの作品をあげると、トニーノ・ブナキスタ「レクイエムの反撃」でしょうか。二階の住人が奏でる音楽の曲名を気にした自殺志願者の物語で、これが芸術的な結末をむかえるのです。
 そのほか、今回、落語のようなおかしさをもった短編がいくつかありました。最初からオチはなんとなく見えているのでミステリの評価は低くなるかもしれませんが、ジャン=クリストフ・ルファン「デルピエトロの山小屋」ミッシェル・ビュッシ「ドロテー」など。また、しっかりもののおかみさんが出てくるジョルジュ・シムノン「メリーの夫」は、「芝浜」風なちょっとした人情噺のようなもので、ほろっとしました。
 挙げていくときりがないのですが、痴呆症の母親をめぐるレイラ・スリマニ「連れて行く」のシリアスな感傷、アンドレ・ミショー「ギャングスター・メモリーズ」のシュールなドタバタぶり、カリーヌ・ジエベル「闇夜の男たち」の底なしの救いのなさ、ラストまでサスペンスに富んでいたクロード・アモズ「亡命者の娘」……、と今回もバラエティに富んだ短編が並び、愉しく読みました。とくに優秀作にあがったものは、多くの人が気にいるでしょうから、広く商業誌などで紹介してほしく思います。
吉野 仁

 
 吉野仁さん、細やかなコメントをありがとうございました。
このコンテスト企画において、「へん」という吉野さんのお言葉は最大の褒め言葉になっております。企画を立ち上げた当初は、エントリーする参加者も、投票する者も、どうしてもトリックの巧妙さやストーリーの緻密さこそがミステリーではという意識が強くありました。ですが吉野さんにフランスミステリーの特徴というものをご指導いただき、そしてこの「へん」だけど面白いという感想のおかげで、参加者の意識が変わってきました。今ではすっかりこの「へん」が浸透し(もちろんいい意味です)、作品選びにも影響が出ているように思います。これからも勇気をもって、こうした特徴ある作品の鉱脈も探っていけるよう精進してまいります。

■2.最新の翻訳フレンチミステリー作品の紹介■
 続きまして、前回にご紹介した人気シリーズ3作品の最新刊をご紹介しましょう。


 まずはもはや何のご説明もいらないピエール・ルメートル。今年はルメートルを刊行する2つの出版社それぞれから刊行されています。文春文庫からは『僕が死んだあの森』(橘明美訳)。12歳の少年が、隣家の6歳の男の子を殺害という衝撃的な始まり。犯行の発覚に怯える少年。そして村を襲う嵐。抜群のサスペンスはさすがルメートルです。
 そしてもう1作品、早川書房から『われらが痛みの鏡』(平岡敦訳)。『天国でまた会おう』『炎の色』に続く3部作の完結編。ドイツの侵攻を前にしたパリを舞台に、『天国でまた会おう』で顔を半分失ったエドゥアールが下宿する家の娘で小学校の教師のルイーズ、フランス兵たちや詐欺師デジレなどを描く群像劇。ミステリー度は高くないですが、最後までじっくり読ませられます。


次にご紹介するのは、同じく人気シリーズとなったベルナール・ミニエ『夜』(ハーパーコリンズ 伊藤直子訳)。『氷結』(土居佳代子訳)、『死者の雨』『魔女の組曲』(坂田雪子訳 参照記事:訳者自身による新刊紹介)に続き、“こじらせ警部”セルヴァズが活躍するシリーズ4作目の長編です。ノルウェーでおきた殺人事件。しかも被害者の職場からシリアルキラー、ハルトマンのDNAがみつかります。そこで、フランスにやってきたオスロ警察の女性刑事シュステンとセルヴァズの合同捜査が始まるのです。
 全仏ベストセラー第1位を獲得し、累計300万部を記録するシリーズと成長しました。シリーズものではありますが、この巻から読まれても大丈夫。フランスではNetflixでドラマ化もされておりますので、今のうちにお手にとられてはいかがでしょうか。


 お次はナチスを舞台に秘宝の争奪戦を描いたエリック・ジャコメッティジャック・ラヴェンヌ『亡国の鉤十字』(竹書房 大林薫監訳)です。3部作、『ナチスの聖杯』邪神メシアの覚醒』の完結編。ヒトラーとムッソリーニ――ふたりの独裁者を狙った暗殺計画が発動。その混乱に乗じて、ヒトラーの元から鉤十字スワスティカを頂く聖遺物が盗まれます。世界大戦の裏で繰り広げられる壮大な聖遺物争奪戦最終章。果たして最後に勝ったのは誰なのでしょうか。ぜひ本書でご確認ください。


 最後に、この秋本邦初翻訳となる新進気鋭の女性作家、アメリー・アントワーヌ『ずっとあなたを見ている』(扶桑社海外文庫 浦崎直樹訳)をご紹介させてください。
 アントワーヌは、1984年生まれ。2015年に自費出版で初の小説を発表したところ、これが評判をよび、大手の出版社であるロベール・ラフォン社からあらためて刊行されました。フランス本国のみならずアメリカでもヒット。以降、精力的に書き続けています。本書は、妻クロエと幸せな日々を送っていた銀行員のガブリエル。その最愛の妻が溺死したところから始まります。悲しみにくれるガブリエルの前に、報道カメラマンを目指すエマが現れ、そこからガブリエルの世界が歪みだすのです。展開が全く読めずドキドキ感たっぷりの心理サスペンス。続きはどうぞ本編にてお楽しみください。

 いかがでしたでしょうか。秋の夜長にこうした作品の数々がみなさまのお供になることを願い、これからもフランス発の作品をご紹介していきたいと思います。

竹若理衣(たけわか りえ)
 フランス語翻訳家。ひょんなことで調べたのをきっかけに、すっかり馬術の沼に。おかげで某サイトのカートは、馬絡みのミステリー、一色です。




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