田口俊樹

  申し込んだ指定席が奇蹟的に当たったので、競馬仲間で同じ長屋の住人の鈴木恵さんを誘って先日の日曜日、ジャパンカップ・デー、府中に出陣してきました。久しぶりに会うと、鈴木さん、いつになく厳しい顔をなさっています。どうした? と訊くと、懐から帯封をひとつ取り出しました。貯金をおろしてきました、今日はこれをぶっ込みます! おお! と思わず声をあげ、鈴木さんの顔を見上げる私。秋晴れの富士山を背景に、普段にも増してフォトジェニックなご尊顔。前回の天皇賞と同じく今回も有力馬が三頭で、その三頭の三連単を百万円買おうというのです。男ですねえ。上位人気三頭なので高い配当は望めませんが、それでも17倍にはなります。結果は……なんと鈴木さんの予想通り、2−7−4! えええ、1700万円! とまあ、私、あまりにびっくらこいてしまい、そこで急に眠気に襲われ……はい、寝ちゃったんですね。はいはい、ナイツの漫才のパクリです。でも、ということは、1700万は現実?! 急に心配になってきました。なわけないよね、鈴木さん?

〔たぐちとしき:ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀〕

 


白石朗

 このところ仕事のあいまの息抜きに少しだけ読もうと思っても、おふたりそれぞれの楽しげな語りに乗せられてほかの部分も拾い読みしてしまうのは、瀬戸川猛資・松坂健『二人がかりで死体をどうぞ』(盛林堂ミステリアス文庫)。1970年代のミステリ界の沃野をかいま見る気分。今後もおりにふれてページをめくる一冊になりそう。  余談ですが、パートごとの中扉にあしらわれた原書棚写真は松坂さんの書庫でしょうか。山口雅也さんのエッセイ扉の写真では、スティーヴン・キング『恐怖の四季』『デッド・ゾーン』『ナイトシフト』のペーパーバックにはさまって、まだRの字が入っているころのディーン・R・クーンツ『殺人プログラミング』の原書があるのを見つけてひとり楽しんでいます。 

〔しらいしろう:老眼翻訳者。最近の訳書はスティーヴン・キング&オーウェン・キング『眠れる美女たち』。〈ホッジズ三部作〉最終巻『任務の終わり』の文春文庫版につづいて不可能犯罪ものの長篇『アウトサイダー』も刊行。ツイッターアカウントは @R_SRIS

 


東野さやか

  先日、ひとつ仕事が片づいて、ちょっとだけ羽をのばそうと、午後は好きなだけ読書してもいいことにしたのですが、意外とはかどりませんでした。罪悪感というか、やらなければいけないことをサボっている感じがして、集中力がつづかないのです。ま、サボっているのは事実なんですが、もっとオンとオフの切り替えが上手になりたいものです。けっきょく、お風呂のなかがいちばんはかどりました。
 で、このときに読んでいたのが、いまさらですが、マーサ・ウェルズの『マーダーボット・ダイアリー』(中原尚哉訳/創元SF文庫)。小学生のころはSFもファンタジーもけっこう読んでいたはずなのに、いつの間にかどちらのジャンルにも苦手意識を持つようになったわたしですが、これはツボ。主人公のヒト型ロボットのこじらせた性格がかわいくて、楽しく読めました。つづきも絶対に読みますよ〜。

〔ひがしのさやか:最新訳書はジョン・ハート『帰らざる故郷』(ハヤカワ・ミステリ)。その他、チャイルズ『ラベンダー・ティーには不利な証拠』、クレイヴン『ストーンサークルの殺人』、アダムス『パーキングエリア』、フェスパーマン『隠れ家の女』など。ツイッターアカウント@andrea2121

 


加賀山卓朗

  芸術的にそうとう高度なことをしながら、大衆に広く受け入れられた人にとても興味がある。自分に身近なところで言えば、谷崎潤一郎とか、指揮者のカラヤンとか。だが思えば、ジョン・ル・カレもそうなのかもしれない。いまどきあれだけ難解な文章を書いて、これほど世界じゅうで読まれている作家もいないだろう。やはり根本のところにエンターテインメントがあるからだろうか。その気になれば、おそらくなんでも書ける「知」の人ではあったが。

 亡くなってもう1年がたつ。いまだに実感が湧かない。このたび、家族が探して見つけたという遺稿を訳させてもらった。『シルバービュー荘の男』がそれで、毎日祈るような気持ちで仕事をした。いつまでもそうしていられればよかったが、締め切りというものがある(かつ家計上の要請も)ので、なんとか送り出した。作品としての良し悪しは、没入しすぎたのでよくわからないけれど、まちがいなく幸せな読み物だと思う。
 日本版には息子のニック・ハーカウェイによるあとがきがついていて、これも秀逸。どうして父親がこの作品をずっと抽斗にしまっていたのかについて、彼なりの推論を述べている。個人的にはもっと別の理由ではないかという気もするけれど、皆さんはどう思われるだろうか。年末年始にお愉しみいただければ幸いです。

〔かがやまたくろう:ジョン・ル・カレ、デニス・ルヘイン、ロバート・B・パーカー、ディケンズなどを翻訳。最近の訳書はスウェーデン発の異色作で意欲作、ピエテル・モリーン&ピエテル・ニィストレーム『死ぬまでにしたい3つのこと』〕

 


上條ひろみ

  仕事の合間や寝るまえに読む本、電車などの移動中や病院などの待ち時間に読む本、そしてお風呂の湯船につかって読む本と、たいてい三冊同時に読むようにしています。お風呂本は全部をお風呂で読むとのぼせるので、お風呂上がりにも読んでしまい、そのまま徹夜本と化すこともあるけど。現在の移動のおとも、リース・ボウエンの『貧乏お嬢さま、追憶の館へ』(田辺千幸訳/コージーブックス)は、みんな大好きデュ・モーリアの『レベッカ』のオマージュ。まだ途中ですが、『レベッカ』を思わせるディテールが随所に出てきてわくわくします。
 十一月に読んだ本でいちばんおもしろかったのは、ネレ・ノイハウス『母の日に死んだ』(酒寄進一訳/創元推理文庫)かな。このシリーズの新作を読むのは毎年秋の楽しみでもあります。今回も手に汗握る展開で、七百ページ近い大作を一気読み。まるで映画のようなラストの派手な展開にはびっくりしました。前回はオリヴァーがつらい思いをしましたが、今回はピアに試練が訪れます。謎解き、アクション、サスペンス、キャラ立ち、構成、すべてにおいて傑作。
 福岡読書会の大木さんお薦めのアイヴィ・ポコーダの『女たちが死んだ街で』(高山真由美訳/ハヤカワ・ミステリ)もよかった。社会的に弱い立場の女性たちの声が大音声で聞こえてきて、ずっしりと読み応えがあります。殺された女性たちはもちろん、残された遺族たちの苦しみにも寄り添い、そしてある意味犯人にすら寄り添う著者の温かさに救われます。謎解き小説としても読み応えあり。

 M・W・クレイヴンの『ブラックサマーの殺人』(東野さやか訳/ハヤカワ文庫HM)は料理業界が舞台で、とても興味深く読みました。単純に食べ物が出てくる作品が好きなんですよね。獄中のカリスマシェフをワシントン・ポーが訪問する対話シーンはたしかに『羊たちの沈黙』風味で、妙にわくわくしました。

〔かみじょうひろみ:英米文学翻訳者。おもな訳書はジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、ジュリア・バックレイ『そのお鍋、押収します』、カレン・マキナニー『ママ、探偵はじめます』など。最新訳書はエリー・グリフィス『見知らぬ人』

 


高山真由美

  11月下旬に東京で文学フリマがありました。さまざまな同人誌の並ぶ即売会場には独特の楽しみがありますよね。なんていっているわりに、わたし自身は田舎住まいゆえなかなか当日の会場に足を運ぶことができず、今回もいただきものや前後の通販で何冊か入手しました。『Murder, She Drew Vol.3』、『翻訳文学紀行Ⅲ』、『BABELZINE2』、『M・P・デア 怪奇短編集』、『Romanian Diary~ルーマニアの港町で働いた90日~』などなど。
 なかでも〈Murder, She Drew〉シリーズが今回はなんとフレドリック・ブラウン特集で、『シカゴ・ブルース』にはじまる〈エド&アムおじ〉シリーズをディープに語り尽くしたものでしたので、たいへん楽しく拝読しました(Vol.3の企画開始直後に拙訳の新版が出たそうで、タイミングはまったくの偶然です)。ぱらりとめくって最初にすごい!と思ったのがシカゴの地図を絵におこしてあるページ。事件の起こった場所や主人公の住まい、アンブローズおじさんが泊まったホテル、二人が立ち寄った店など、作中で言及のある場所が書きこんであるのです。この地図……訳すまえにほしかった……。

〔たかやままゆみ:最近の訳書はヒル『怪奇疾走』(共訳)、サマーズ『ローンガール・ハードボイルド』、ブラウン『シカゴ・ブルース(新訳版)』、ベンツ『おれの眼を撃った男は死んだ』など。ツイッターアカウントは@mayu_tak

 


武藤陽生

 今月はお休みです。

〔むとうようせい:エイドリアン・マッキンティの刑事ショーン・ダフィ・シリーズを手がける。出版、ゲーム翻訳者。最近また格闘ゲームを遊んでいます。ストリートファイター5のランクは上位1%(2%からさらに上達しました。まあ、大したことないんですが…)で、最も格ゲーがうまい翻訳者を自負しております〕

 


鈴木 恵

 小説の台詞を訳すときにはたいてい、これぞと思う役者や知人をキャスティングして訳します。まあ、日本語をしゃべる人物にかぎるのですが、このキャスティングがうまくはまってチューニングがぴたりと合うと、登場人物がその役者や知人の声でしゃべってくれるようになります。これはわたしだけの経験ではなく、ほかの翻訳者からも同様の話を聞きます。いわゆる「声が聞こえてくる」というやつですね。
 本を読むときにも、頭の中でなんとなくキャスティングをしていることが多いのですが、いま話題の『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬/早川書房)を読んでいたら、それがなかなかうまくいきません。わたしの手持ちのキャラのなかに、こういう台詞をしゃべる人物がいないんですね。不思議な台詞だなと思いながら読んでいるうちに、ふと気づきました。これはアニメなのではないか。そう思ったとたんに、多くの台詞がアニメの声優の声(だとわたしが思う声)で聞こえてくるようになりました。新しい経験です。

※わたしがジャパンカップで 1700万をゲットした話は、みなさまどうかご内密に。

 〔すずきめぐみ:この長屋の万年月番。映画好きの涙腺弱め翻訳者。最近見た映画のなかでは、《MONOS 猿と呼ばれし者たち》《モーリタニアン》《アイダよ、何処へ?》が記憶に残りそう。最新訳書はライリー・セイガー『すべてのドアを鎖せ』ツイッターアカウントは @FukigenM