2022年1月10日(月・祝)、『短編回廊』(ローレンス・ブロック 編 田口俊樹他 訳)を課題書として、大阪翻訳ミステリー読書会をオンラインにて開催いたしました。

「アートから生まれた17の物語」というサブタイトルのとおり、前作『短編画廊』と同じく、『短編回廊』にもアートから着想を得た物語が17編収められています。

 ただ、前作『短編画廊』はどの短編もエドワード・ホッパーの絵がテーマとなっていましたが、『短編回廊』は作家たちがそれぞれ好きな作品を選んだため、ラスコーの洞窟絵画からジョージア・オキーフの「レッド・カンナ」まで、ミケランジェロのダヴィデ像から葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」まで、まさに古今東西の芸術がモティーフとなり、前作以上にバラエティに富んだ短編集になっています。

 参加者のみなさまには、「いちばん好きな作品(複数回答可)とその理由を教えてください」とお願いしていたのですが、非常に個性豊かな短編が集まっているため、かなりの難題になったようです。私もぎりぎりまで悩みました。

 そして、みなさまが挙げてくれた短編を集計したところ、ベスト5は以下のような結果になりました。(参加者は12名で、「好きな作品」として挙げられた短編は1票とし、「(いくつかあるなかで)いちばん好きな作品」として挙げられた短編は2票として計算しました)

1位:ジョナサン・サントロファー「ガス燈」(芹澤恵 訳) 8票
2位:ニコラス・クリストファー「扇を持つ娘」(芹澤恵 訳) 6票
2位:デイヴィッド・マレル「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」(浅倉久志 訳) 6票
3位:ジョイス・キャロル・オーツ「美しい日々」(芹澤恵 訳) 4票
3位:ローレンス・ブロック「ダヴィデを探して」(田口俊樹 訳) 4票

 見事1位に輝いた「ガス燈」は、不穏な気配に満ちた心理サスペンスです。
「いちばん好き」「おもしろかった」という意見のみならず、主人公と夫の関係、主人公の両親をめぐる謎、主人公の周囲で起きる事件の解釈をめぐって、かなり議論が盛りあがりました。「韓国ミステリー『種の起源』を思い出した」という方もいらっしゃいました。
 この短編のモティーフとなったのは、ルネ・マグリットの名画「光の帝国」(本の表紙にもなっています)ですが、「昼と夜が共存する不思議な雰囲気が、この短編をうまくあらわしている」という指摘もありました。

 2位の「扇を持つ娘」は、ゴーギャンやゴッホが共同生活を送った「黄色い家」を舞台として、時代の異なる物語が交錯する短編ですが、「ヒネリがきいている」「『月と六ペンス』を読んだときは、ゴーギャンの人となりに好印象を抱かなかったけれど、この短編でイメージが変わった」「ドラマ性が高い」などの意見がありました。

 同じく2位の「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」は、芸術家の苦悩とSFの美しいマリアージュと言うべき作品で、「30年前に書かれた物語だけど、時代がこの作品に追いついた」「浅倉さんが訳されているからか、ユーモラスな要素も感じられた」との指摘がありました。ありえないような事件が起きるのですが、モティーフとなったゴッホの「糸杉」を見ていると、真実かもしれないと思えてくる物語です。

 3位の「美しい日々」は、芸術の罪深さと芸術に魅了された人間の業を描いた物語です。「ジョイス・キャロル・オーツの筆力に圧倒された」「この物語のモティーフとなっているバルテュスと、『扇を持つ娘』のゴーギャンの描かれ方のちがいが興味深かった」など、さまざまな意見があがり、ハーパーコリンズ社のサイトで訳者の芹澤恵さんも語られているように、芸術をめぐる問題について考えさせられました。

 同じく3位の「ダヴィデを探して」は、マット・スカダーが妻のエレインとフィレンツェへ旅行に行き、かつて関わりを持った男と再会する……という物語です。「男の役はアンソニー・ホプキンズがぴったり!」「フィレンツェという設定もよかった」「告白を聞いても動じないマット・スカダーとエレインがおもしろかった」などの感想がありました。
 こちらも「美しい日々」と同様に、美に囚われた人間の姿が印象に残る作品です。

 この五編以外にも、リー・チャイルド「ピエール、ルシアン、そしてわたし」(小林宏明 訳)には、何人もの参加者が「芸術の真贋ってなんだろう? と考えさせられた」という感想を述べていました。
 また、マイクル・コナリー「第三のパネル」(古沢嘉通 訳)には、「ボッシュの『快楽の園』がすばらしい」「絵の使い方のうまさに感心した」と感服の声があがりました。

 ジェフリー・ディーヴァー「意味深い発見」(池田真紀子 訳)には、「短いページ数で伏線をきれいに回収して、物語をまとめる作者の手腕に舌を巻いた」という意見が多数。
 さらに、ジョー・R・ランズデール「理髪師チャーリー」(鎌田三平 訳)には、「最後の主人公の台詞に胸をうたれた」「『短編画廊』の『映写技師ヒーロー』もこの物語もおもしろかったので、もっと著作を読んでみたい」などの意見がありました。

 上に挙げた作品以外で、私がとくに気に入ったのは、トマス・プラック「真実は井戸よりいでて人類を恥じ入らせる」(田口俊樹 訳)と、ウォーレン・ムーア「アンプルダン」(芹澤 恵 訳)です。
 前者は拳を突き上げている女性像に象徴される、古代から抑圧されてきた女の暴力性を解き放った物語で、後者はダリの絵のような荒涼とした光景をひたすら歩く孤独な主人公を描いた物語で、それぞれの作品の持つ過激さと静謐さにひきつけられました。

 ちなみに、参加者のひとりがソール・ライターの写真を背景にされていたので、そこから「次は写真だ!」と全員の意見が一致し、「第三弾は写真をテーマにアンソロジーを作るよう、田口先生からローレンス・ブロック氏にメールで伝えてもらおう!」と、(勝手に)話がまとまりました。第3弾はわれわれの思惑どおり、写真になるのでしょうか?

 最後は、毎回恒例のオススメ本のコーナーです。今回、参加者のみなさまからご紹介いただいたオススメ翻訳アンソロジーは、以下のとおりです。

『巨匠の選択』(ローレンス・ブロック 編 田口 俊樹他 訳 早川書房)
『厭な物語』『もっと厭な物語』 (文藝春秋)
『呼び出された男―スウェーデン・ミステリ傑作集』(早川書房)
『ミステリマガジン700【海外篇】』(杉江松恋 編 早川書房)
『恋しくて』(村上春樹 編訳 中央公論新社)
『楽しい夜』(岸本佐知子 編訳 講談社)
『ベスト・ストーリーズI ぴょんぴょんウサギ球』(若島正 編 早川書房)

 そのほか、「『短編ミステリの二百年』シリーズ(小森収 編 東京創元社)を読みはじめたところ」という方もいらっしゃいました。そう、このシリーズも必読ですね!
 また、『メッセージ トーベ・ヤンソン自選短篇集』(久山葉子訳 フィルムアート社)もオススメの短編集として挙げられました。

 世界各地の作家による多様な物語を味わうことができ、さらに編者(訳者)のセンスにニヤリとさせられるアンソロジーにこそ、翻訳小説を読む愉しみが結集しているにちがいない……!
 と、大胆に言い切りたくなった読書会でした。参加者のみなさま、ありがとうございました。

 さて、次回こそはいよいよリアル読書会を復活したいと考えていましたが、またも雲行きが怪しくなってきました。コロナめ、ほんまええかげんにせなあかんで~と叱責してやりたい毎日ですが、また次回(リアルかオンラインで)お会いしましょう!