暑中お見舞い申し上げます。
 みなさま、こんにちは。いよいよ夏本番ですね。いかがおすごしですか?
 夏休みもなく、どこにも行けない予定のわたしは、読書で外国旅行気分を味わうことを計画中。英米、北欧、ヨーロッパ、アジア……なるべくいろんな国の作品を読もうと思っています。七月の読書日記はアメリカの作品ばっかりになってしまったので、その反省の意味もありまして。へへ。ていうか反動かしら。
 ではその七月の読書日記です。

■7月×日
 LS・ホーカー『プリズン・ガール』は、だれを信じたらいいのかわからない、過酷な状況でのボーイ・ミーツ・ガールもの(と解釈してもいいよね?)。サスペンスとアクション満載の、国際スリラー作家協会新人賞ノミネート作品です。

 三歳のとき母が亡くなってから、十八年間自宅に監禁され、父に銃器の扱いや対人戦術を叩き込まれてきたペティ・モシェン。暴君の父の言うことは絶対で、学校にも通わせてもらえず、刑事ドラマだけが友だちだった生活がある日一変する。父が急死したのだ。父から解放されたらあれもしよう、これもしようと夢見てきたのに、父の友人と称する男から聞かされたのは、耳を疑うような父の遺言だった。どうやらこれから先も生活を支配されるらしい。
 ペティは不当に奪われた父の遺品を弁護士のオフィスから盗み出し、逃亡。たまたま配達に来た食料雑貨店のデリバリーボーイ、デッカー・サックスは巻き添えを食って、彼女に同行することになる。最初はペティにふりまわされているだけだったデッカーだが、彼女の窮状を知って力になるうちに、いつしか彼女に惹かれていく。

 子供のころに誘拐されて、何年も監禁されていたエリザベス・スマートやジェイシー・デュガードのような状況なのかと思いきや、監禁していたのは父親で、部屋の外から鍵をかけられるのは夜間だけ。昼間はごみ集積場で粗大ごみを持ってきた人からお金を取る仕事をしていた、というか、させられていたペティ。普通の生き方をしたいという彼女の切実な夢、初めての恋心へのとまどい、出生の秘密をめぐる闇、おぼろげな母の記憶、父への複雑な思い。十八年まえに何があったのかを探る旅はスリリングでせつない。そして、命がいくつあってもたりないほどハードだ。

 わたしも賞味期限切れ覚悟で言わせてもらいます。タフでまっすぐなペティが〝マジかっこいい〟! 育てられ方からして、もっと常識ないのかと思ったけど、そうでもないし。運命の荒波にもまれつづけるペティをそばで支えるデッカーも、どんどん魅力を増していきます。何より普通なのがいい。だってペティは普通に憧れてたんだもんね。

 まあちょっとやりすぎなところもあるけど、細かいことは気にせずに、スピーディな物語に身をまかせよう。読んだあとはスカッと爽快な気分になれます。

■7月×日
 警察犬マギー&スコットと私立探偵エルヴィス・コールの共演。こんな夢のようなことがあっていいのだろうか。いや、刑事ハリー・ボッシュとリンカーン弁護士ミッキー・ハラーも共演したんだから、同じ街に住んでさえいれば、何が起こっても不思議はないのだ。
 そう、ロバート・クレイス『約束』のことです。マギー&スコットとコール&パイク、ふた組の相棒たちの夢の共演。これはもう鉄板でしょう。

 コールが依頼を受けて向かった家で、殺人事件が発生。そこで逃亡犯を追跡していたスコットとマギーに出会う。家で死んでいたのは逃亡犯だった。コールは捜査に協力することを余儀なくされるが、依頼内容を明かせないため、警察からあやしまれてしまう。

 今回はマギーの視点が少なめでちょっと淋しかった。それ以前に、スコットとマギーはたまたま巻きこまれた感じで、主役はどちらかといえばコールたちのほうかも。でも、スコットの正義感と、マギーのスコットへの愛はさらに増し増し。ふたりのコンビ愛は永遠です。
 そう、本書は『容疑者』の続編であるとともに、コール&パイク・シリーズの十六作目でもあるんですね。

 そもそもコールの登場が久しぶりすぎて、ちょっととまどった。この人こんなにかっこよかったっけ? 「わたしが本気で愛敬を振りまけば、効果は絶大なのだ」とか一人称で言うからちょっとうさんくさいけど、訳者の高橋さんが理想の男というのもわかる。それなのにパイクは「おしゃれ感ゼロ」って、ちょっとかわいそう。まあ、コール視点だからね。それにしてもジョンが気になりすぎる。傭兵だから強いのはわかるけど、いったい何者なの?

 でもやっぱりわたしの贔屓は、警察犬隊の主任指導官ドミニク・リーランドなのだった。「このすばらしい生き物といっしょに過ごす時間の一秒一秒が、天の恵みなんだ。(中略)こういう信頼関係は全能の神からの贈り物だ、だから全力でそれにふさわしい人間になれ」というリーランドのセリフと、引退後のパートナー犬をドライブに連れていくエピソードを読めただけでも本書を購入したかいがあった。

 マギーのことばにならない「パタパタ」もたまりません。コンソールボックスをまたいで座るのも。運転中にスコットが押すと、押し返すのも胸熱。

 でも、次の主人公はなんとパイクとジョーだそうで、ちょっとびっくり。マギーも出てくるといいなあ。

■7月×日
 もうひとつ、犬がメインの作品を。
 ボストン・テラン『その犬の歩むところ』は、話には聞いていたけど、思った以上に涙腺を刺激する作品だ。本を読んでこんなに泣いたのは久しぶり。もうね、泣きの地雷だらけなんですよ。とくに犬を飼っている/飼っていた人はハンカチのご用意を。

 とあるモーテルで生まれた犬ギヴが、傷ついた人びとに寄り添い、自身も傷つきながら、不条理な世の中を懸命に生きる、愛と救済の物語。

 暴力の詩人といわれたボストン・テランが、犬を通じて人の心に訴えかける。なんだか不思議な感じだけれど、すがすがしく、心地よい。
「犬というのは善意と愛を理解する生きものだ」
「少しでも光がはいる隙間さえあれば、それだけで光が射し込むことが約束される」
「おまえは決して孤独ではない」
 暴力的な世界にあって、希望を感じさせるフレーズの数々が、綺羅星のように存在を主張する。
 それでもギヴは何度も暴力の犠牲になる。9・11とハリケーン・カトリーナとイラク戦争で、アメリカが傷ついたように。そのたびに静かに立ちあがり、傷ついた人たちに寄り添うのが使命であるように。本書はそんなアメリカと、自然災害や暴力に傷ついた人びとの再生の物語でもある。

 つらい旅の果てに、安息の地〈セント・ピーターズ・モーテル〉にたどり着いたギヴ父の歴史が知りたい。ギヴのように数奇な犬生を歩んできたのだろうし、いろいろ背負っていそうだし。「それはまた別の話だ」なんて思わせぶりだけど、続編が読めるのかも。

 人が苦しんでいるときやつらいとき、犬はそれを察知して、「ぼくはここにいるよ」と伝えてくる。それに何度救われ、癒されてきたか。犬と暮らした人ならわかるはずだ。
 ギヴのルックスについての描写がほとんどないのは確信犯だよね。つい、うちのわんこの姿で脳内再生してしまって涙腺崩壊。ギヴのように気高い犬というわけではないのでミスキャストなんだけど、飼い主バカですね。でも、犬好きに悪い人はいません!

■7月×日
 突然ですが、わたしの去年の一位はリアーン・モリアーティの『ささやかで大きな嘘』。幼稚園ママたちの人間関係の裏で、それぞれの家庭の秘密が複雑にからみあう傑作でしたよね。まだの人は今からでも遅くないのでぜひ読んで! 妄想キャスティングも楽しんでね、もうドラマ化されてるけど。
 ダーシー・ベル『ささやかな頼み』も、「ささやか」&「園ママ」つながりで、わたし好みの作品なのではと思って読んでみたら、大正解でした。

 同じ幼稚園に通う息子同士が仲よしということで、急速に親しくなったステファニーとエミリー。未亡人のステファニーはママブロガーとして活躍中、美人でスタイル抜群のエミリーは、高級アパレルメーカーの広報を務めるバリバリのキャリアウーマンだ。ある日ステファニーは、エミリーからささやかな頼みごとをされる。仕事で遅くなるので息子のニッキーを預かってほしいというのだ。そういうことはそれまでもたびたびあり、軽い気持ちで引き受けたステファニーだったが、エミリーはそのまま失踪。幸せな家庭とやりがいのある仕事を持ち、何不自由ない暮らしをしていたはずのエミリーがなぜ? ステファニーはブログで情報提供を呼びかけ、エミリーの夫ショーンの力になろうとするが……

 ステファニーの視点(&ブログ)、エミリーの視点、ショーンの視点と、視点を変えて読んでいくうちに物語の真相が見えてくる構成で、ステファニーの本心とブログの乖離が戦略的。ステファニーとエミリー抱える昏い秘密も、それぞれ別のベクトルでヤバい。人は見た目じゃわからないものですねえ。ハイスミスの『ベネツィアで消えた男』や映画『悪魔のような女』が効果的に配されているのもなんかゾクゾクします。なるほど、これはたしかにドメスティック・ノワールだわ。

 映画化が決定していて、まもなく撮影にはいるとのこと。楽しみ〜! キャストは「トワイライト」のアナ・ケンドリックと「ゴシップガール」のブレイク・ライブリーですよ。さすがハリウッド、ゴージャス&ビューティー! アナがエミリーで、ブレイクがステファニーかな。

『ゴーン・ガール』、『ガール・オン・ザ・トレイン』、ハイスミスが好きな人にもおすすめです!

 上記以外では、オペラの宇宙ツアーの道中と、異星文化間コミュニケーションのむずかしさを描いた『スペース・オペラ』が楽しかった。これでジャック・ヴァンス・トレジャリーをコンプリートしたぞ! 白石さんの訳者あとがきの「ほうっておくと傑作を書いてしまうヴァンス」という表現が愛にあふれていて笑える。エリザベス・ウェインの『コードネーム・ヴェリティ』は、戦火の中で友情を育み、壮絶な日々を生きたふたりの女性の友情が美しい。第二次大戦中に女性パイロットがいたなんて知らなかった。B・A・パリスの『完璧な家』はあまりの怖さに一気読みでした。完璧って恐ろしい。

 

 

上條ひろみ(かみじょうひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はバックレイの〈秘密のお料理代行〉シリーズ第二弾『真冬のマカロニチーズは大問題!』、サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第四弾『恋は宵闇にまぎれて』

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