みなさんこんばんは。第3回のミステリアス・シネマ・クラブです。このコラムではいわゆる「探偵映画」「犯罪映画」だけではなく「謎」や「秘密」を含んだすべての映画をミステリ(アスな)映画と位置付けてご案内しております。

 さて、8月です。もちろん大人にもサマーリゾートや休暇の楽しみはあるとは思うのですが、やはりこの時期は何といってもこどもたちの夏休みの季節。山に行っても海に行ってもショッピングモールに行っても普段以上に泣いたり笑ったり走ったりに全力のこどもたちを見かけて、夏はこどもの季節だなあとしみじみ思う今日この頃。思い返せば私自身が小学生の頃に夏に感じていた、普段行かない場所や体験しない出来事の「ひみつっぽさ」へのワクワク感や、そのくせ不安で心もとない気持ちはミステリアスなことへの興味・興奮の原体験のひとつだったように思います。そう、夏のこどもと奇妙な出来事や冒険はとても相性が良い。本日はそんな夏にふさわしく、こどもたちが主役の「わるいこ だれだ?」のクライムコメディをご案内いたしましょう。

 この夏の話題作『スパイダーマン:ホームカミング』のジョン・ワッツ監督の前作、『COP CAR/コップ・カー』です。

『COP CAR/コップ・カー』 (COP CAR) [2015.米]

あらすじ:悪ガキ仲間の少年ふたり、トラヴィスとハリソンはただいま家出中。いつもなら怒られる汚い言葉も使えるし、やっちゃいけない遊びもできるもんね!とテンション高く荒野の外れまで出てみたところ、空き地で見つけたのは一台のコップ・カー。おっかなびっくりで近づいたところ、中に人は乗っていない、しかもキーも見つけてしまう。まあもちろん運転せずにはいられないよね!と車を公道で暴走させて大はしゃぎの二人。そのコップ・カーの持ち主がただの保安官ではない悪党で、しかも最悪なタイミングで盗んでしまったとも知らずに……!

 草むらを歩く少年ふたりの最初の台詞のやりとりでいきなり心を掴んでくるなあとニヤニヤしているうちに、あっという間にこの映画の「世界」に引き込まれていたのです。家出してきたハイテンションで「わるさ」が楽しみで仕方ない子たちが「最高にわるいこと(コップ・カー泥棒)をしている!」という状況に興奮が止まらなくなる、その小学生男子のハイギア入れっぱなしバカ騒ぎがクレイジーなクライムコメディとして加速していく。もうとにかく少年たちが危なっかしく、その危なっかしさそのものが見事なエンターテインメントとして昇華されている作品だと感じました。

 自然の中の少年たちの冒険と謎の男との遭遇を題材にした映画や小説はこれまでたくさん描かれてきたものだと思います。観る前には私の大好きなジェフ・ニコルズ監督の南部少年文学映画『MUD-マッド-』の裏アレンジ版に「あいつが僕を追ってくる」悪夢譚の永遠の名作『ヒッチャー』要素を添えるような映画なのかしらと思っていました。で、実際今作は確かに説明するとしたらそういいたくなってしまう話ではあるのですが……なんだか微妙にノリと倫理観がヘン。

 この映画、話自体はシンプルなのにどうもすべてがスチャラカですっとぼけています。おうちがだんだん遠くなるの感傷だったり、行きはよいよい帰りはこわいの不安だったり、そういう「こどものせつなさ」のフィクションはもうやり尽くされていますし、といわんばかりに、「わるいこどもとわるいおとな」の間の噛み合わなさのほうに尺を割いて、ただただ「面白くしたるで」の根性でひた走っていくのが楽しいったらありません。追いかけてくる悪徳保安官にケヴィン・ベーコンを配したという点も魅力のひとつ、いやむしろ最重要ポイントのひとつといえるかも。あらゆる映画ジャンルと予算規模をクロスオーバーし、長いキャリアにもかかわらず決して重厚一辺倒になることなく真面目に不真面目なB級の軽みを変わらず保ち続けるケヴィン・ベーコンがこのセンス・オブ・ワンダーに溢れた追走劇に加われば、それはもう最高としかいいようがない微妙におかしな世界に……!

 状況を茶化すような音のつけ方にも何ともいえないユーモラスな感覚があります。グロッケンとタンバリンの使い方が楽しいスコアが印象的なのですが、スリリングなクライマックスに近くなるとじっとスコアレスでこらえていて、息をひそめるような雰囲気になってくる、そんな音使いも見事なので、そこにも注目していただけたらと思います。

 男子たちのテンション下がらない大はしゃぎと「やばいやばいやばい」が加熱していく保安官。いまひとつ緊張感に欠ける奇妙な追っかけっこ事態はやがて大変なことになっていくわけですが……センチメントにはほとんど頼ることのない作品ですが、ごく短い台詞の中に込められた少年たちの日常の状況についての想いとラストに差し掛かったところの描写にある種の「ハードボイルド的な詩情」があるということもお伝えしておきましょう。90分を切るランタイムも好ましい、夏にぴったりの1作です。


■よろしければ、こちらも その1/『僕のまわりの悪魔』Les Démons[2015.カナダ]


「わるいこ だれだ?」がスリリングな追いかけっこ活劇の構成要素になっているのが『COP CAR/コップ・カー』ですが、「わるいこ だれだ?」が「ぼくはわるいこだからこわい」という恐怖に結びつくのが『僕のまわりの悪魔』。カナダ(ケベック)の少年サバービアホラーの佳品です。10歳の少年フェリックスの恐怖の原因は両親の離婚危機、どうにもならない自分の恋心、近所の怪しい人、自分を慕うチビのアレックスとの秘密、近くの町で子どもが殺されたり行方不明になったりしているらしいこと……フェリックスがいじめられっこではなくいじめっこであること、年の離れた兄姉から聞きかじった言葉で罪悪感がどんどん頭の中で膨らんで怖くなることを丁寧に描き出し、幼さゆえの残酷と恐怖のかたちに生々しく迫っている作品です。「フェリックスの視界の外で起きていること」が描かれるパートにはある種のミステリ要素も。夜道の異様なおぞましさや陽光の下のプールが映し出されるだけで不気味な撮影にもご注目を。


■よろしければ、こちらも2/『なんでもない一日』シャーリイ・ジャクスン


 わるいこたちの冒険や恐怖譚も良いものですが、そんな「わるいこたち」の暴走にヒヤヒヤさせられっぱなしの大人の視点として、シャーリイ・ジャクスンの短編集『なんでもない一日』に収録されている《男の子たちのパーティ》や《不良少年》などの育児エッセイをセットで読むのも一興。「あいつらまじでやばい……ホント何するかわかんない……なんでそういう理屈なんだ……不条理……あとときどき本気でこわい……おもしろいけど……こどもとは……こどもめ……」という溜息と冷や汗とドライな笑いに満ちた家族エピソードの数々、どこかひんやりとした日常エッセイの中の「わるいこ」像は今読んでも全く古びることのない面白さです。全てが実際起こったことそのままではなく、シャーリイ・ジャクスンらしいシニカルなフィルターを通したアレンジがなされていると思うのですが、なんともいえないリアリティと常に微妙に不穏な気配が行間に滲んでいるのがたまらない。「わるいこと」「ひみつ」大好きなこども像の描出は同作収録の初のひとり旅をしている少年が指名手配の女性と出会う短編小説《レディとの旅》でも鮮やかです。

 改めて考えると大人になっても私は「わるいこと」と「ひみつ」の話が大好きです。つまりはミステリやホラー、ということなのですが。こどもの頃にひそかに感じていた「(取り返しのつく範囲で、ちょっとだけいつもと違う)わるいことしてみたさ」がいつしか形を変えてミステリアスなフィクションへの耽溺になっただけかもしれないなあ……なんてことを考えながら、それでは、今宵はこのあたりで。また次回のミステリアス・シネマ・クラブでお会いしましょう。

今野芙実(こんの ふみ)
 webマガジン「花園Magazine」編集スタッフ&ライター。2017年4月から東京を離れ、鹿児島で観たり聴いたり読んだり書いたりしています。映画と小説と日々の暮らしについてつぶやくのが好きなインターネットの人。
 twitterアカウントは vertigo(@vertigonote)です。







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