全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 最近の小説や映像作品には、明らかに「あ、これ絶対意識してるな〜」としか思えない、バディ萌え要素がたくさん見受けられますが、今回取り上げるのは今から50年前に刊行された作品、しかも作者があのノワールの帝王! というまさかの本邦初訳、ジム・トンプスン『天国の南』(小林宏明訳/文遊社)をご紹介します。


 語り手である主人公のトミーはわずか21歳にして、放浪者、渡り労働者、賭博師などをしながら、一つところに落ち着くことなく生きてきました。大がかりなパイプライン建設工事の仕事にありつくためテキサスに来た彼は、そこで思いがけない人物と再会します。

 そこにいたのは、三十代半ばの顔だちのいい、長身の男だった。(中略)そして彼は、もの憂い笑みを浮かべて、ウィンクして寄こした。
「トミー」彼は、もっそりと言った。
 おれはちょっと口がきけず、すくんでいた。彼に会えてすっかり驚き、かつうれしかった。やがて、おれの声は叫び声となって出てきた。「フォア・トレイ! フォア・トレイ! フォア・トレイ・ホワイティ!」

 フォア・トレイは殺されたという噂を聞いていたため、トミーは嬉しさのあまり大興奮! そんなトミーにフォア・トレイは21歳の誕生日のプレゼントを渡します。もうしょっぱなからこんなシーンですよ! 弟分の誕生日を覚えてるってすごくないですか!!(興奮)

 彼らはかつてギャンブラーとして組んでいたのですが、大儲けしたせいでトミーがアルコール依存症になり、彼を病院に入れた後、フォア・トレイは去ってしまいます。その後立ち直ったトミーは、今度こそ自分を変えようと決心し、放浪の旅に出てテキサスに流れ着いたところで、懐かしい彼と再会したのです。

 物語には、危険と隣り合わせの工事現場で、しかも劣悪な労働条件で働かざるをえない当時の状況と、前科者を含め、食い詰めて自暴自棄の輩たちからいかに自分の身を守り正気を保っていられるかが、圧迫感を感じるほど熱を込めて詳細に描かれています。しかしそうしたどん底の日々の中、トミーの文学的才能を評価するフォア・トレイは、トミーが作った詩を朗読させ、それをさも幸せそうに味わうのです。この場面が激しく萌えどころなんですよ!!!

 本書はトンプスンが若い頃の実体験を振り返り、40年後に発表した自伝的小説なのですが、驚くことに、みずみずしい青春小説としても読めるんです! その一番の理由は、トミーが出会った美少女キャロルの存在。彼女に対するトミーの純情な思いが、まさに一点の曇りもないほどストレート。トンプスン作品には必須のファム・ファタールであるはずのキャロルも、トミーの一途な気持ちを初々しく受け止めていて、思わず頬が緩みそうになります。トンプスンですが! そしてもちろんフォア・トレイとトミーの信頼関係には、他の作品には見られない暖かさを感じます。トンプスンなのに!!

 とはいえ、後半は一挙にノワール度が濃くなりますのでご安心ください! 幸せだったトミーの日々に突然暗雲が立ちこめ、ひいては親友のフォア・トレイのことも信用できなくなります。恐るべき犯罪計画が恋人同士を巻き込み、のっぴきならない事態に追い込まれた二人は、ある決心をするのです。二人の運命はどうなるのか? ラスト、私はかなり意外でしたが、皆様はどう思われるでしょうか。初恋ノワール・ブロマンス風味の、“トンプスン印プロレタリアン・ノベル(滝本誠氏命名)”、どうかご堪能されますよう。

 さて、昔も今も、一度踏み外した人生を変えるのは大変なこと。おつとめを果たしてやっとシャバに出てきたのに、ムショでのしがらみから抜けられず、さらに地獄を見ることになった男が主人公のハード・クライム映画『ブラッド・スローン』(2017/米)が、9/30から公開になります。

 10年間の刑務所暮らしを終え、仮釈放で出所したジェイコブを待っていたのは、ムショ仲間の“ショットガン”・フランク。祝いのパーティでも口数少なく、喜んだそぶりも見せないジェイコブに、ショットガンはヤバい仕事を持ちかけます。

 筋肉隆々でタトゥーまみれ、見るからに極悪人のジェイコブは、かつて堅気の株式ブローカーでした(なので通称“マネー”――わかりやすい!)。仕事は順風満帆、美しい妻と息子の3人で高級住宅地に住む華やかな人生は、ある晩突然終わりを迎えます。会食した友人夫婦を送り届ける際、飲みすぎたジェイコブは運転を誤り、衝突事故を起こして友人を死なせたのです。危険運転致死傷罪で実刑判決を受けた彼は、飲酒運転による事故を重罪とするカリフォルニア州の法制度により、殺人者を含む凶悪犯罪者が入る最も重警備の刑務所に送られることとなります。

 原題の Shot Caller は、殺しを命じる者、つまりギャングのボスを意味するとか。この映画では前科もないホワイトカラーだった主人公が、法の秩序はおろか暴力が蔓延する刑務所の中で、生き抜くためにどんどんワルになっていく、過酷で悲壮な挑戦が描かれています。血で血を洗うムショ内ヒエラルキーの苛烈さもハンパないのですが、飼いならされた汚職刑務所職員もいれば、猛獣たちをのさばらせないためには違法なことも辞さないという強烈な警官も続々と登場し、最後の最後まで緊張が続きます。

 主役ジェイコブを演じるのは『ゲーム・オブ・スローンズ』のニコライ・コスター=ワルドー。ダチの“ショットガン”役は『パニッシャー』の主役が控えるジョン・バーンサル、保護観察官に『POWER/パワー』のオマリ・ハードウィック、牢名主に『バーン・ノーティス』のジェフリー・ドノヴァン、保安官に『LAW & ORDER』のベンジャミン・ブラットというスーパー豪華キャスティング!!(ですよね?)

 しかもこの映画、1980年に230人以上の死傷者を出した史上最悪の大暴動の現場、サンタフェのオールド・メイン刑務所で撮影されたのです! 脚本も兼ねる監督は監察官として実際に潜入取材もしたそうで、細部にわたるリアルさに圧倒されます。そして受刑者たちのタトゥーにもご注目。白人とヒスパニック系ではモチーフを変える徹底ぶりで、刑期が長引くほど数が増えるのか、ほとんどが耳なし芳一状態で大変だなあと思いました。<何がだ 暴動シーンでは総合格闘技の選手たち、エキストラには実際に前科のある方々を大勢起用したという超こだわり映画、驚きのラストもお見逃しなく!

■基本情報
『ブラッド・スローン』
主演:ニコライ・コスター=ワルドー
監督&脚本:リック・ローマン・ウォー

2016年/アメリカ/121分/PG12/松竹メディア事業部配給

■コピーライト
© 2015 Shot Caller Films,LLC. All Rights Reserved.

■公開表記
9月30日(土)より新宿シネマカリテ他にて全国順次公開

オフィシャルサイトhttp://bloodthrone.jp/
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♪akira
  一番好きなマーベルキャラクターはスタン・リーです。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらったり、「本の雑誌」の新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーを担当したりしています。
 Twitterアカウントは @suttokobucho



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