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 読書会の課題書はジャック・ロンドン『野性の呼び声』(深町眞理子訳、光文社古典新訳文庫)。1903年に発表された作品だから、100年以上前の物語だ。
 ゴールドラッシュに沸くカナダ・アラスカ国境地帯。ここでは犬橇が開拓者の唯一の通信手段だった。大型犬バックは、数奇な運命のもと、この地で橇犬となる。力が支配する世界で生きのびていくうちに、やがてその血に眠っていたものが目覚めはじめる……というストーリーが、主人公バックの犬視点で述べられていく。

「最初の一行で胸をワシづかみにされた」
「若い頃に読んだときは、文明批判にもっと賛同したような気が。違う感想を抱くなんて、歳をとったなあと思う」
「3人組が出てきてから面白かった。好きなのは、第3章のオーロラのところ」
「読むのは3回め。犬すげー。訳者の深町さんすげーと思った」
などなど、おおむね、この作品に感動したという感想が。
 問題となったのは「犬の一人称で語られている」点。
「犬視点が気になった。犬に語らせておきながら、人間主義がまじってる」
「犬が読んだら、うさんくさいと思うだろうな」←そりゃそうだ(笑)
「犬の主観は気にならない。スポ根がまじっていて好き」
 あとは、めちゃくちゃ強いバックに対する賛否両論が。
「バック不死身すぎ。自分は、情け無用の原始の世界ではとうてい生きていけない」
「子どものころに、『白い牙』とあわせて読んだ記憶がある。当時も、犬が人間社会に戻る『白い牙』のほうが好きだったような気が」
「バックが野生に戻っていくにつれて記憶がよみがえっていく。動物とはそういうものかも」
 あとは、物語全体に対する感想。
「根っからの悪人はいない。愚かではあるけど、悪人ではない。バックは試練にあってるけど、不幸ではない。人間を悪く書いてない」
「作者の写真を見たら、村上春樹のエッセイに出てきたイメージとちがってカッコよかった」
「最初は乗り切れなかったが、感動物語じゃなくてドライなのでおもしろかった」
「文明社会からはじかれた人々がたくましく生きている、その描写がいい」

 結局、『野性の呼び声』をこの機会に読めてよかったという感想で一致。課題書を推薦してくださった札幌読書会からお越しのマダムKに感謝だ。
 読書会は、薪が置かれた山荘の一室で、カンテラの灯りのもと、座布団の上、車座でおこなわれた。親密でとてもあたたかい雰囲気が広がる空間だった。

 読書会後は全員で調理を開始。S澤氏とK猫さんのご指導のもと、男性陣もトマトやニンジンを手際よく切っていく。ミステリー翻訳家は料理の腕も一流なのだ。圧巻だったのは、巨大鍋でつくる「中華風鶏のカレー煮込み」。20人前つくったのに、食事開始後、あっという間に売り切れ。スパイシーで深みのある味わいが素晴らしい。さすが、S澤氏、さすが、フロスト警部。軽量ダウンの着用が必要なほど冷え込んだ山のなか、みんなでつくってみんなで一緒に食べる食事は極上だ。ビールやワインもあけられ、山の夜は更けていく。

 食後はお待ちかねの星空観賞会。空には、文字どおり満天の星が。
 某隊員のお嬢さんのCちゃんも、この星空を観たくて参加してくださった。中学1年という多感なお年頃なのに、おとな(というか、いい歳をしてはしゃいでいる人たち)に混ざってくれてありがとう。

 この日は、岐阜県多治見市天文台「星クラブ」のみなさんが望遠鏡持参でご参加くださったおかげで、われわれもドラム缶ほどの大きさがある天体望遠鏡で月のクレーターやアンドロメダ星雲を観察させていただくことに。非常に高価な望遠鏡で星を観察できるという貴重な機会だ。「うわあ、見える見える!」「月ってこんなに綺麗なんだね」と、あちこちで歓声があがる。星クラブのみなさんの解説をうかがいながら、9時の消灯時刻ギリギリまで、星の鑑賞はにぎやかに続いた。

 なお、この満天の星の写真は、暗闇と動物の気配におびえつつ、女性ひとりでテント泊を敢行したMさんの撮影によるものだ。

 翌日は朝4時起床。夜明け前の薄暗いなか、富士見台高原山頂を目指す。
 あたりには、美しく神秘的な山の風景が静かに広がっている。整備された道の右側には南アルプスの連なり。そして左側には中津川市街地の灯り。『野性の呼び声』を読んだ直後だったこともあり、「非文明」と「文明」のはざまを歩いているような、ふしぎな感覚にとらわれた。

 そして、待ちに待ったご来光。
 隊員たちのあいだから、思わず感嘆の声があがる。

 写真で見ても、ご来光のまぶしさがおわかりいただけるだろう。いや本当に、感動のひとときだった。そして、この感動をみなさんと共有できていることに、また感動。うう。

 宿に戻って朝食をすませ、下山。その後は希望者で昼神温泉に寄り、汗を流した。ぬるめのお湯にゆったりと浸かり、みんな肌がつるつるになりましたとさ。

 こうして2日間にわたる濃密な星空読書会は無事、終了した。
 事前から当日準備にいたるまで骨を折ってくださったK隊長、Kんた夫妻をはじめとする名古屋読書会登山部のみなさん、お料理の指揮をとってくださったS澤氏、K猫さん、またゆっくりと歩くわれわれのペースにあわせ、幼稚園児の遠足を見守る保護者のようにうしろから歩いてくださったS木氏とKG山氏、本当にありがとうございました。

 最後に叫ばせてください。
「山と読書と仲間たち」、最強かつサイコーの組み合わせだーーーっ!
 名古屋読書会登山部によるイベントが今後もあれば、ご参加なさることを心からオススメします。新たな世界がキミを待っている!

栗木さつき(くりき さつき)

南東京読書会の世話人のひとり。表参道駅近辺の会議室で年に数回、読書会を開催しています。機会があれば、ぜひご参加ください。