ある条件が満たされる年の10月、そのゲームは開催される。魔道具を手にした者たちが二つの勢力に分かれて相争い、世界の命運を決するゲームが。プレイヤーたちは各々が使い魔を従えている。主人公スナッフもその一匹。鋭いナイフを外套の下に隠し、夜の街を暗躍するジャックの見張り犬である――


『変幻の地ディルヴィシュ』以来、実に二七年ぶりのロジャー・ゼラズニイの邦訳作品となる『虚ろなる十月の夜に』は、彼の死の二年前に刊行された、単著としては最後の長編作品となる。昨今、巷で言われるところの「中二マインド」を刺激するSF・ファンタジー作家として60~80年代の読者たちのハートに火をつけたロジャー・ゼラズニイが最後に取り組んだのは、何とフィリップ・ホセ・ファーマーやキム・ニューマンを彷彿とさせるクロスオーバー世界観──そして、それまでのいくつかの作品において隠し味程度に用いてきたH・P・ラヴクラフトのクトゥルー神話だった。
 
 洋の東西の神話を題材に物語を紡いできたゼラズニイではあるが、吸血鬼の《伯爵》や《名探偵》、町外れで怪しげな実験を繰り返す《博士》などなど、はっきり名指しされぬまでも正体の明白なキャラクターたちが多数登場するタイプのクロスオーバー作品は実に珍しく、あらすじを読んで違和感を感じられた古くからのファンもおられるかもしれない。しかし、悠久の刻を生きる超人、高度な知能を有する非人間、少数の人間たちの行動と世界の命運が密接に連動する世界観、そしてラテン語の警句といった個々の要素は、間違いなくゼラズニイのスタイルだ。そこはご安心いただきたい。
 もっとも、ゼラズニイ作品特有の流麗な文体はどうなのかといえば――登場人物たちのセリフはともかく、いささか趣が異なっている。それもそのはず、この物語の語り手は人間ではなく犬なのである。凝った言い回しの少ない、短文の連なりで構成される特徴的な「犬文体」は、『ドリームマスター』のジークムンドの話しぶりに比べればだいぶん流暢であるものの、「ゼラズニイ」と身構えて読み始めると驚かれる方もいるかもしれない。結果、この文体は一周回っていわゆるライトノベル的な色合いを作品に与えている。表紙イラストに漫画家の広江礼威氏を起用したのも、その点を考慮しての人選なのだ。

 さて――この作品は、作中で「ゲーム」と呼ばれている、ある種の大掛かりな儀式にまつわる物語である。主人公である番犬スナッフとその御主人(マスター)であるスナッフを含め、主要登場人物の大部分はこのゲームのプレイヤーであり、十月一日に始まり、同月三一日――すなわちハロウィーンの夜に待ち受ける《大いなる儀》の準備を営々と進めている。
 ただし、物語の冒頭において読者に与えられる情報はその程度のものであり、ゲームの目的やそのプロセス、勝利条件といった要素については、登場人物たちの会話の端々に示されるヒントから読者自身が読み解く必要がある。
 そもそも、プレイヤーたちは二つの陣営に分かれているのだが、読者たちはもちろん、登場人物たち自身も他の者たちが本当にプレイヤーなのかどうか判別できているとは言い難く、どの陣営に属しているのかも伏せられた状態なのだ。彼らは、互いに敵か味方かもわからないままに、時に協力しあい、時に足を引っ張り合うといった集合離散を繰り返していくのである。
 そうした中で、予期せぬ友情が芽生えることもある。たとえば、歴戦のプレイヤー、ジャックの番犬たる主人公スナッフと、魔女ジルの使い魔であるグレイモークがそうだ。英語圏において、「犬と猫」といえば日本で言うところの「犬猿の仲」に相当し、”It rains cats and dogs.(猫と犬の雨降り)”といえば土砂降りの雨を指す。しかしながら、ゲームの流れとはまた別に、しばしば行動を共にして緩やかに友誼を深めていくこの二匹は実に良いコンビで、その軽妙なかけ合いも含めて、本作の魅力の大きな部分を担っている。
 
 ロジャー・ゼラズニイの「新作」、まずはご堪能いただければ幸いである。
 

森瀬 繚(もりせ りょう)
 ライター、翻訳家。TVアニメやゲームのシナリオ/小説の執筆の他、各種媒体の作品で神話・歴史考証に携わる。翻訳者としては、リン・カーター&R・M・プライス『クトゥルーの子供たち』(立花圭一との共訳、エンターブレイン)など。このほど、年来の企画であるラヴクラフトの新訳作品集(星海社)に着手した。
■担当編集者よりひとこと■

『虚ろなる十月の夜に』が出版に至ったきっかけはTwitterでした。森瀬繚氏から「ゼラズニイの未訳作品で面白いものがあるのですが」というDMが来たときには、「おお、ゼラズニイか!」と即座に飛びついたものです。ですが、あらすじを読んだときには正直困惑しました。自分の知っているゼラズニイのイメージとは違う、と。シャーロック・ホームズやドラキュラなどの有名キャラクターたちが活躍する作品で、しかも犬が主人公とは!
 しかし最初に感じた困惑は、原文を読み進めるうちにたちまち興奮へと変わっていきました。これはまさにいま出版するべき作品だと思い、自分以上に困惑している社内の人間を説き伏せ権利を獲得したのでした。あとは読者のみなさんが、ファンタジーともホラーともつかない、この奇想溢れる小説を楽しんでくれるのを願うばかりです。
 
 これをお読みの海外文学好きの方でも竹書房文庫のことをよくご存知ない方が多いと思いますので、手前味噌ながらここからはこの場をお借りして竹書房文庫の海外作品のご紹介をさせていただきたいと思います。
 現在はジェームズ・ロリンズの〈シグマフォース〉シリーズをはじめとした歴史ミステリ作品を中心に、クリス・ダレーシーのファンタジー作品〈龍のすむ家〉シリーズ、クリス・ライアンらのミリタリー小説にSFやホラーも刊行しております。
 
 SFではブライアン・オールディス『寄港地のない船』(中村融訳)を2年前に出したのをきっかけに、中村融氏による猫SFアンソロジー『猫は宇宙で丸くなる』エリック・S・ブラウン&ジェイソン・コルトバの怪獣パニック小説『KAIJU黙示録(アポカリプス)』(木川明彦監修、平沢薫訳)を今年刊行。来年にはチャールズ・L・ハーネス The Paradox Men(中村融訳)、ルーシャス・シェパード〈竜のグリオール〉シリーズ短篇集(内田昌之訳)のほか、新作SFの翻訳や復刊企画も進行中です。
 
 ホラーでは11月16日にマット・ショー&マイケル・ブレイ『ネクロフィリアの食卓』(関麻衣子訳)が刊行予定。頭のおかしい両親に育てられた食人鬼に生贄として捧げられたヒロインに襲いかかる惨劇を描いた作品です。さらに翌週の11月24日には今年逝去したジョージ・A・ロメロ編著のゾンビ小説アンソロジー NIGHTS OF THE LIVING DEAD(阿部清美訳)も。
 
 書店で自分の会社の文庫棚を見るたびに「どんどん混沌としてくるなあ……」とうれしくなるきょうこの頃です。
 もし機会がありましたら、ぜひ書店で竹書房文庫の棚をご覧になってみてください。あなたがお好きな海外小説が、そこにひっそりとあるかもしれません。

(竹書房文庫編集部M)






 





 




 





◆【随時更新】訳者自身による新刊紹介 バックナンバー◆